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再会




それは時間にしてほんの数秒の短い映像でしか無かったが、僕は確信していた。


身長160センチ。

銀色の髪に、同じ色の瞳。

性別こそ違うが、僕と全く同じ顔。


「何やってんですか、少尉殿……」


その場でしばらく呆けたあと、我に返った僕は真っ先に少尉殿のA3へと接続を試みた。半ば予想通りだったが、前回と同様にそれは失敗に終わった。致し方なく、少尉殿への連絡手段をこの世界のネットから探し出す事にする。


A3に搭載されている『副脳』を経由して、僕はネットへと接続を試みる。この世界が電磁波を通信媒体にしていると気づくまで時間が掛かったし、機器の確保にもかなり手間取った。昨日にしてようやく準備が整ったものの、いざ接続してみれば通信性能があまりに低い。これでは目と口を封じられて手探りで会話するようなものだ。


そんな閉塞感に耐えながらもネットに潜っていけば、少尉殿の携帯端末へとたどり着く事自体はさほど難しくなかった。端末にメッセージを表示させると、後は焦りを抑えながらひたすら待つのみである。


半刻ほどが過ぎた頃、少尉殿の端末に集合場所と時刻の指定だけが入力された。掴みどころのない彼女らしく、極めて事務的な内容だ。こちらは製造されてから最大級の衝撃を受けているというのに。十日ぶりに再会した彼女がこの世界で既に職を得ていたなど、想像できなかった僕を誰も責められないと思う。


僕は忌々しいネットとの接続を解除すると、渋谷駅を後にして歩き出した。





少尉殿から指定された時刻は、午後四時だった。

僕は指定された北赤羽駅へと徒歩で移動し、定刻通りに到着した。


駅の改札近くに、少尉殿は一人佇んでいた。彼女を見間違える事は絶対にないが、かつては肩までの長さだった銀髪は肩甲骨あたりまで伸ばされていて、それが彼女の印象を大きく変えている。

服装は上がゆったりとした白い薄手の服、下は黒の非常に短いズボンで、そこからあらわになっている真っ白な脚部を挟んで黒いショートブーツを履いている。僕の戦闘服とはあまりに違っていて、やはり自分の装いは異端なのだなと思い知った。


僕に気付いた彼女が顔を上げ、こちらへといそいそと歩いてくる。


「久しぶりだな、軍曹。歩いて来たのか」


同じ形なのに、何故か自分よりも大きく見える銀色の瞳。それが緩やかな弧を描き、落ち着いた声も喜びを湛えていた。僕はその声を心地よいと思った。戦場でこの声に何度、そしてどれだけ救われたか分からない。



人のまばらな通りを抜けてしばらく歩き、やがてたどり着いた公園のベンチに、僕らは腰を下ろした。狭い公園内では幼児たちが一つの遊具を巡って使用権を争っており、それをよそに二人の女性が会話に興じている。その声を耳にしながら、僕は少尉殿から手渡された水の入った透明なボトルを傾けた。隣では、同じく前を見たまま少尉殿がボトルを開封している。


「来てもらってすまん、私が渋谷に行くとなると、大勢のファンが寄ってきて騒ぎになるからな」


僕はその言葉に片眉を上げた。


「そうでありますか?ここまで誰も寄って来ませんでしたが」

「………………」


長い沈黙のあと、少尉殿はペットボトルをベンチに叩きつけるように置いてから言う。


「相変わらずだな、軍曹」

「十日と少し程度では、さほど変化は起きません」


ボトルを置く僕を見ながら、少尉殿はため息をつく。


「お前とってはそうでも、私には三年振りの再会なんだ、手加減してくれ」


そうなのだ。この世界に来てから、少尉殿は既に三年もの時を過ごしている。それは少尉殿の個人情報を抜いた時に分かっていた事だが、改めて考えると衝撃を感じる。僕がこの世界に出現した時点とはあまりに大きな差である。他の隊員がいつ現れるのかなど予想のしようもない。


「……あいつらは無事なんでしょうか」


僕の言葉に少尉殿は少しばかり俯き、それでも力を込めて呟いた。


「絶対に無事だ」





それからかなりの時間を、少尉殿はこの世界の事について延々と語り続けた。お陰でネットでは知り得なかった知識をいくつも得る事ができたが、情報交換の機会として評価すると全く有意義な時間とは言えなかった。


C小隊はなぜ、僕らごと施設を攻撃したのか。

あの時、僕らに何が起こったのか。

そして何よりも、これからどのようにして小隊を再集結させるか。


どれも正解は得られないかもしれないが、僕はこれらの事についてどうしても少尉殿の考えを確認したかった。だが、彼女の態度は軍や小隊に関する話をする気が全く無い事を示している。少尉殿のA3のありかについても、面倒そうな態度をするばかりで答えてはくれなかった。


時間だけが無為に過ぎ、気が付けばとっくに日も傾いて辺りは暗くなり始めていた。淡い公園の照明に舞い散る花びらが照らされ、そこだけ雪が降っているように見える。

やがて少尉殿は、スーパーで割引シールが貼られ始める時間が近い事を理由にベンチから立ち上がった。落胆している僕の隣で、彼女は割引シールについて熱弁し始める。正直あまり興味が湧かない。そもそも通貨など、あちこちに置かれている機械をネット経由で少しばかり弄れば無制限に入手できる。それをごく少量得るためにここまで前のめりになる理由が理解できない。


反応が薄い僕をよそに、少尉殿の身振りを交えた力説が続く。


「別に弁当や惣菜ばかり食っている訳じゃ無い!料理だってする!そうだ、カレーを作ってやろう。信じられんほど美味いぞ、食いに来い!」


熱弁を終えた後も、僕が喜んでいるようには見えなかったのだろう。深く息を吐いて腕を組んだ少尉殿は、やがて慎重な口調で言った。


「……軍曹、私の所に来い。お前はまだこの世界を知らないだろう、一人で生きていくのは難しいはずだ。何より渋谷の地下に勝手に間借りするなど、いつまでも許される事ではなかろう」


間違いなく、少尉殿は僕を自分の庇護下に置くつもりでここに呼んだのだと思う。だが僕は焦っていたのだろう。その提案に答える代わりにこう宣言していた。


「少尉殿。自分は部隊を再集結させるために動きたいと思います」


少尉殿の反応は、今まで見たことが無いものだった。

彼女は怯えとも苛立ちともとれる表情を浮かべて、こちらに険しい目を向けている。


「……よせ、ここに戦いは無い。小隊はもう解散だ」


僕は固まった。

冷たく鋭い氷が、胸に深く差し込まれたように感じた。


「連中を探す事は良いだろう。私だって、私のやり方で探し続けている。だが何をするにしても、まずはこの世界にお前の居場所を作る所からだ。今すぐ返事をよこせとは言わんから、私の所に来ることを真剣に考えてみてくれ。とりあえず」


腕をつかまれ、僕は強引に立たされた。


「ついてこい、割引セールに付き合ってもらうぞ」


僕の顔を覗き込む少尉殿は、無理に笑顔を作っているように見えた。





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