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渋谷駅前にて




昼下がりの、渋谷スクランブル交差点。

微妙に座りづらい駅前のベンチに腰を下ろして、僕は飽きることなく目の前の光景を眺めている。


人の波が、まるで巨大な生物の様にうねり、行き交い、流れ去っていく。


ここに生きる人々にとっては見慣れた日常の一部なのかもしれない。だが、わずか十日ほど前に三百年先の未来から漂流してきた僕にとってはあまりにも異様で、そして気を抜くと呼吸を忘れるほど壮大な光景だった。


彼らは誰一人として知らない。これほどの隆盛を極めている人類に、干からびた世界と終わらない戦いが待っているなど。


あの日、僕は確かにここで戦っていた。

三百年先の、この街で。





『旧世紀の昔、ここは世界最大級の通行量を誇る場所だったそうだ。見てみろ、軍曹』


僕らの小隊を率いる少尉殿が、少しばかり面白がっている声で促してくる。僕は視覚を可視光に切り替えた。特に珍しくも無い瓦礫の山が、砂塵で灰色に染まる暴風の中で途切れ途切れに見える。その向こうの赤黒い空では、幾つかの高層建築の影が猛烈な嵐を受けて傾いていた。


『一日あたり五十万を超える人間が往来していたと記録されている。全人口の二十倍以上だぞ?とんでもない話だと思わんか』


五十万の人間など実感できない以上、この荒れ狂う情景に何の感慨も生まれるはずなど無かった。ここは僕にとって4L14という番号が振られた一つの区域だ。それ以上でも、それ以下でもない。


「少尉殿、C小隊が先行気味です」


問われた事を全て無視して、僕は暗に少尉殿を急かす。共に降下したC小隊に先行を許してしまっている事がどうにも苛立たしい。


C小隊は新しいコンセプトで設計された新人類とも言うべき人員で構成されていて、僕らのような旧世界から続く肉体を持つ者たちが『フレッシュ』と呼ばれるのに対し、彼らは『コールド』と呼ばれている。僕らは前衛を担当しているので、戦域外と言えど支援部隊の彼らに先を行かれるのは宜しくない。そしてそれ以上に、新旧の性能差を見せつけられるのがどうしても気に食わなかった。


『足は動かしているさ。それに連中は全員がコールドだろ?どこかのフレッシュみたいにツンケンしたりすまいよ』


常と変わらずのんびりとした口調で、少尉殿がさらりと皮肉を言う。こんな具合にいつも飄々としていて掴みどころがないのが彼女の欠点だが、どれほど苛ついても文句は言えない。彼女が掛け値なしに優秀な小隊長だからだ。なにせ部下を一人も死なせたことが無い。


海兵隊員が戦死するまでにこなす降下回数の平均は、八回を多少下回る程度とされている。

一方、少尉殿の率いるこの小隊は、十七回の降下を行って一人も損失を出していない。

はっきりと異常な数字と言えた。


お陰で僕らは「例外小隊」と呼ばれており、今回のような頭のおかしい任務にばかり駆り出される。制空権の取れていない戦域への強襲降下。損耗率を重視しないのは参謀連中の常だが、一体何を焦っているのか。あまりにも無謀な内容である。


案の定ではあるが、先鋒を務める艦隊は手厳しい迎撃を受けて壊滅的な被害を受けた。僕らを運んでいた揚陸艦も低軌道上で爆破四散している。幸運にも艦が沈む前に射出されたためこうして生き延びてはいるが、当初の目標とは離れた地点に降下する羽目になってしまった。


本来なら作戦中止モノの事態なのだが、上層部が戦力の無駄遣いを許すはずがない。僕らは鈍重な鎧を着たまま、新たに設定された手近な戦域へと行軍する羽目に陥っていた。


そう。この鎧が厄介だった。僕らが着る……というより、乗るこの高さ約五メートル、全備重量約十二トンの鎧は、強襲降下装甲、略してA3と呼ばれている。搭乗者の力と跳躍力を何百倍にも増幅する動力を備え、頑強な両腕で人が持てない重さの兵器を難なく扱う。この鎧に詰め込まれて衛星軌道上から地上へと放り出され、降りたその場で撃って暴れてさっさと帰るのが僕らの仕事だ。敵の監視網を避けながら、平均風速五十メートルを超える嵐の中を長時間歩行し続けるなんて使い方は全く想定されていない。平均速度は時速にして八キロメートルにも満たない有様である。


そんな苦難に満ちた行軍を三日ばかり続けて、ようやく目標地点に到着した時には陽が沈んでいた。荒れ狂う濃密な暴風の中、僕らは息をひそめて巨体を寄せ合いながら時を待つ。


「C小隊が火点の構築を完了」

『いい手際だ。優秀だな』


確かに。忌々しいほど優秀だ。


僕らがエスコートしているC小隊は、更新されたばかりのコールド部隊だ。つまりは全ての装備がピカピカの新品。その中身の兵士も指揮官を含めて全員が最新型のコールドであり、フレッシュによる指揮が無くとも戦うことができる完全自律型である。恐らく近い将来、生身の人間が製造されなくなる日が来るだろう。そして最終的には、全ての人類がコールドに置き換えられる。そんな何もかもが虚しくなる思考を、小隊員全員に向けた少尉殿の声が終わらせてくれた。


『よし貴様ら、始める前におさらいだ。作戦目標は、兵器工廠と見られる敵施設の制圧だ。ぶっ壊したらダメだぞ、施設の確保が目的だからな。規模判定はDマイナス、二個小隊が防衛に当たっていると推定されている」


少尉殿はそこで言葉を切り、いかにもうんざりと言った様子で言葉を続ける。


「毎度ながら予想は当てにならん。実際は三個小隊か……そんな雰囲気だな。厳しいが、何とかならん程でもない。01から05は目標に向けて陣形を維持しつつ前進。接触後はC小隊の砲撃支援下で敵を押さえ込む。砲撃が主攻だからな。牽制役の貴様らは陣形を抜かれない事に専念しろ。06はこの場でC小隊への繋ぎと砲撃観測支援を頼む。目標を達成後は再集結し、防御線を構築して回収を待つ』


一気に喋ってから、少尉殿はため息を一つ吐いた。


『だがなあ、あれだけの大敗をやらかしたんだ。後続が来るかどうかは微妙だな。お迎えが無くて地上を這いずり回る事になりかねん以上、機体の損傷は可能な限り避けたい。少しでも無理だと判断したら即座に陣形を解いて撤退だ。C小隊には武器を捨ててトンズラしてもらうとしよう。……いいか、張り切りすぎるなよ。自分と仲間の無事を第一に考えろ。以上だ』


毎度この調子だ。少尉殿は常に、作戦目標の達成よりも僕らの生存を重視する。当然ながら一般的な兵士の考え方ではなく、異端と言っていい。僕が小隊の運営で苦労している理由でもある。その苦労を不快だと思った事は一度もないが。


上官に聞かれたらその場で射殺されかねないブリーフィングが終わると、かすかな駆動音と共に少尉殿の機体が立ち上がった。僕らもそれに続く。


『前進』


やっとだ。やっと、思うさま解放できる。鈍重だったA3はみなぎる力を沸き立たせて大地を蹴り、僕は目が眩むような万能感に恍惚となった。一回の跳躍で瓦礫だらけの地形が矢のように流れていく。暴力的な推力に押されて、僕は長大な軌道を描きながら建造物をいくつも飛び越える。長射程武装を装備した06以外の小隊各員は、僕の指示する経路を移動しながら互いに約1キロメートル間隔の陣形を維持し続けている。この陣形の内側に敵を抑え込むのが今回の主な仕事だ。


後背で警告タグが表示されると同時に、06からの報告が入る。


『C小隊が砲撃を開始』


緑色の光がほんの一瞬空を満たし、続いて目が眩むような閃光が前方で膨れ上がる。遅れて到来する衝撃波で機体が激しく翻弄され、僕は味方の砲撃が発揮する想定外の火力に驚愕する。それに対する返礼というわけでもないだろうが、施設の防衛部隊が反撃を開始する。降り注ぐ砲弾の中、僕は最大出力で敵との距離を詰めながら、意識を集中して火力を開放するタイミングを測る。


が、それは少尉殿の制止で唐突に中断させられた。


『全機着地しろ!回避、回避!!』


意表を突かれた僕は、つんのめるように空中で推進力を逆転させる。激突まがいの速度で廃墟の中に着地した僕の頭上を、敵の火線が無数に流れていく。先ほど上空から確認した脅威は重機動歩兵が十二、そして多脚砲台が六。少尉殿の予測通りな歯応えのある戦力だが、こちらも前に出て圧力を加えないと崩されるばかりになる。全力で回避行動に移るのはどう考えても悪手だ。


「少尉殿、押せます!」

『待て、C小隊からの支援砲撃が妙だ!加害半径が大きすぎる!!』

『C小隊からの接続が強制切断された。再接続試行中』


06からの報告に、少尉殿が一瞬言葉を失った。


『……続けてくれ。砲撃に使用された弾種の特定も頼む。軍曹、各員の状況はどうか!』


その問いに答えようとした、その瞬間だった。閃光があらゆるものを真っ白に変え、続いて激震と共に爆風が通過していった。廃墟が盾になっていなかったら、熱線を受けて機体装甲が何層か融解していた可能性が高い。機体を起こしながら無意識に止めていた息を吐いた直後、06が珍しくも狼狽した声で分析結果を伝えてきた。


『C小隊からの砲撃、推定される弾種はWA212。接続は尚も途絶中』


陣地攻撃などに用いる熱核反応弾だ。目標施設を無傷で確保する事が今回の作戦の成功条件だったはずだが、C小隊の連中は確保どころか、目標を僕らごと蒸発させようとしているらしい。その理由はなんだ。それ以前に、どこからそんな物騒な物を持ち出して来た?


『全機撤退!!軍曹、集合地点を設定しろ!!』


少尉殿の命令で答えの出ない疑問から引き戻された僕は、各員の移動ルートを設定すべく意識を集中させる。だがその努力は、施設への直撃コースを飛翔する六発の砲弾が脳裏に映し出された瞬間に粉砕された。


『効力射六!!』

『全機遮蔽物に退避!!急げ!!!』


僕は一切の思考を捨て、その命令だけを実行しようとした。

周囲で時間がゆっくりと流れる。意識に流れ込んでくる情報流は粘性を帯びたように遅くなり、荒れ狂う大気の中を突き進む六発の砲弾が描くいびつな放物線も、僕を苛むように時間をかけて伸びていく。


着弾。


時間の流れが瞬時に元の速さに戻ると同時に、僕の機体の全センサーが死んだ。

全ての音が消失し、前方から押し寄せる奔流の中で機体が激しく回転する。わずかな時間で発生した強大な加速度に慣性減衰器の対応が間に合わず、限界を超える負荷を受けて僕は気を失った。





あの時、一体何が起きたのか。

僕は何度目かの自問自答を繰り返す。


あの爆発のあと、気が付けば僕の機体はこの街の地下にある広大な空間で擱坐していた。すぐに味方への接続を試みたが、軍へはもちろん他の隊員にも一切つながらない。


なぜ僕は、三百年の時を遡ってこの時代に一人追放されたのか。

こうなった経緯を思い返しては己に問うのだが、その答えは見つかりそうもなかった。


結構長い時間を考え込んでいたようだ。

僕は思考の海から浮かび上がると、意識を目の前に向けた。

渋谷の街の騒音が、再び僕の意識に押し寄せてくる。


僕は息を呑んで、組んでいた頬杖を思わず解いた。

いつの間にか大勢の人々に、遠巻きに包囲されていたからだ。


こちらに携帯端末を向けつつ真剣な表情で操作していた彼らは、僕が顔を上げると端末を引っ込めて気まずそうに包囲を解いていく。中には笑顔で手を振りながら離れていく者も居るが、僕はそれにどう反応していいのか分からない。


彼らを見送りながらため息を吐き、僕は改めて視線を周囲に走らせた。こちらを盗み見る視線と何度もぶつかる。どうもこの時代の人々にとって、僕の銀色の髪と瞳はかなり興味を惹くものらしい。それともこの服がおかしいのか。僕はプロテクターの下に着込む白のぴったりとした戦闘服を着ているが、これが現地人にとって奇異に見える可能性は高い。何せ僕と似た服を着ている者が誰一人いない。


だが言わせてほしい。物珍しいのは僕だって同じだ。この時代に来て十日が経過した今、だいぶ落ち着いたとはいえ、この世界に存在する人々の多様性には未だに目まいがする。髪と瞳の色こそ多少の共通性があれど、誰一人として同一の外見を持つ者がいない。


そして何よりも驚く事に、老いた人々を頻繁に見かける。

この世界では、人間に耐用年数が設定されていないのだ。そんな社会が継続可能なのだろうか。絶えずA3を通じてこの世界のネットから情報を集め続けてはいるが、知れば知るほど、ここで生きていく自信が揺らいでいく。


ため息を吐いた僕は、この街の地下に戻るべく立ち上がった。その際、意図せず交差点の向こう側に立つ巨大な建造物に視線が向く。その壁には一面にディスプレイが設置してあり、無数の光に満ちた映像を映し出していた。


その映像の中に、僕は上官の姿を十日ぶり発見したのだった。







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[一言] 待ってました! また楽しみに読ませていただきます。
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