黒いカゲ
大地がハーツ高校への仮入学が決まった同時刻、新宿辺りの薄暗いアジトの中で、二人の男が剣を交えていた。
「ふぅん……ようやく動きだけは様になってきたナァ? アオイ」
フードを深く被ったローブの怪しい男が、ニヤリと口元だけ覗かせる。
竹刀で繰り広げられるその競り合いは、ぎりぎり肉眼で見える素早さだった。
「はい、ありがとうございます。 でも、」
「まだまだだけどナァ? 俺からまだ一本も取れていない」
アオイが言おうとしたことを、わざと嫌味のようにローブの男は被せた。
「……っ、く……!」
(早い! これじゃ、また……!)
ローブの男が余裕そうに片手で振り落とす竹刀を、顔を歪め受けた。
彼の名前は樫木滄。首が隠れる襟元まできっちりボタンを閉めた白い服装をしていて、黒髪、橙色の目といった容姿である。
「ぬるい、もっと感情を、憎しみを込めるんだ……。
これでは俺が能力を使うまでもないナァ? いいのカァ?」
「くぅっ……!! よくない、です……!」
「それじゃあ母親のみならず大切な弟まで守れなくなるナァア?」
「……嫌っ、だ……!」
ローブの男の挑発に滄は、竹刀を握る力を強くした。きりきりとぶつかる竹刀から音が鳴りそうなほど、攻防が繰り広げられていた。
「……母親を死なせたヤツを殺すんじゃなかったのカァ?」
今度は耳元でそう囁かれ、滄は目を見開いた。
途端、竹刀が弾かれ、滄は体制をくずし、そのまま尻餅をついた。
「うあ……っ……!」
滄はなんとかすぐに上体を起こして、竹刀を掴もうとするが……
「今日はもう終わりだ」
そう言ったローブの男に阻まれた。男は竹刀を足で踏んで止めてから、滄の目の前にしゃがんだ。
「なぁ……アオイ」
男は狂気的に眼を見開いて、滄の両肩を掴み、語りかけた。
「もっと憎しみを込めるんだ……、アイツを恨んでるんだろう?
殺せるなら! 今殺したいくらいに‼︎ ……っそうだろォ?」
その豹変ぶりに、滄はまだ慣れていなくて俯いた。今にも喰われそうな勢いだった。
滄は乾く喉で唾をひとつ飲み込み、小さく頷いた。ここで逆らったら……。
「だよナァア……? 辛いよナァ? っだったら‼︎
明日までに能力を出せ。じゃないと殺す。使い物にならないからな」
そうだ。殺される。
「……はい……、父さん」
滄は暗く冷静な瞳に変えて、こたえるのであった。