キテンの出来事 3
「ありがとうございました、鶯先生。
……あ……か、樫木くんも……。じゃあ、失礼します」
話が結ぶと、水野は挨拶をした。
彼はやっぱり人見知りそうに身を縮こめて、下向きの目線のまま部屋を出た。
大地もつられて便乗しようと「じゃあ俺も」と立ち上がるが、すぐに呼び止められた。
「待って、君には話すことがまだあるんだ」
鶯は穏やかな声とは裏腹に、真剣な目で言い止めた。__やはりさっきの事で怒られるだろうか。
大地はそう感じて、一瞬だけ出来事が頭に過ぎった。
ここに呼び出されたのは他でもない、ルームメイトに怪我を負わせたのだから。
「……別に怒ったりしないよ。起きたことなんだから」
だが、鶯は手を前に組んでふっと微笑んだ。
大地はまるで心を読まれたかのようで、オレンジ色の目を丸くした。
「先生は心が読めるの?」
鶯が部屋に入って来た時にケアラー、と言っていたが、大地は知らない単語で曖昧にしか覚えていなく、疑問を口にした。
「まさか。さすがに心までは読めないよ〜。
……感情はある程度わかるけどね」
ケアラー。施設ではそう呼ばれるが、詳しくはセラピストである。
セラピストは人の感情に寄り添い、状況に合わせて会話や呼吸術で治療し、感情の波を安定させることができる。
また、身体の一部に能力があるセラピストは、傷や怪我なども修復できる能力を持っている者も居る。鶯は現在は前者である。
大地は、意味深だけれど矛盾しているようなことを言われ、大地は首を傾げた。
すると鶯は「って、そんなことより」と話を切り替えた。
「君が水野さんを庇った時、何か変な違和感はなかった?」
「違和感?」
「そう、けん太くん今は休んでるんだけど、手当てをした時に軽い火傷みたいなあとがあってね。
彼も『殴られた時、熱かった、少しヒリヒリする』って言ってたんだ。
大地くんは触った時どうだった? 熱かった?」
不思議なことを聞かれ、おぼろげに思い出そうと大地は右手をグーパーとさせた。
その時は感情が昂り殴ってしまったため、あまり覚えていないが、確かにぎゅっと握り拳をした時から熱があった気がした。
「……熱かったかも……」
「手を見せてくれる?」
大地が曖昧に答えると、鶯はよこせと言わんばかりに手を前に出した。
間もなくつられて大地も手を前に出した。
「……先生は手相も見れんの?」
「いやいや……そうじゃなくってね……。って、さっきもあったよねこの流れ」
また似たような質問を冗談まじりにされ、鶯は咄嗟にツッコんだ。
鶯から見たら、大地は今この状況に興味を示している感情があった。でありながら、真剣な目には探究心も感じ取れた。
(よかった、自分の行いから逃げるんじゃなくて、向き合ってくれる子で)
それはそうと鶯は大地の手を取り、手のひらを見るのではなく、拳を作らせて手の甲の方を物色した。
「うーん……痕もなく、きれいだね」
鶯は一目見ると何事もなかったように手を離したが「でも、やっぱり」と真剣な面持ちで大地を見つめた。
「君から、特別な……何か……こう、不思議な力を感じるんだ」
「……力?」
大地は握り拳と鶯の目を交互に見た。
「そう、決定的なものはないんだけど、力の使い方によっては、きっと君はこれから強くなれる。
それで、たくさんの人を助けられる」
「助けられる」
大地はその言葉を聞いて反芻し、顔つきを変えた。
……大地は過去に助けられなかった人がいて、現在も守らなければいけない人もいた。
「じゃあ、兄ちゃんが……」
思わずボソリとそう呟いた後で大地は、なんでもないと言わんばかりに口をつぐんだ。
だがそんな様子を見た鶯は、柔らかい表情に戻っていた。
(そうか、君にはお兄さんがいるんだね)
「……君はここにいたい?」
面と向かって聞かれた大地はしばらく黙ってから、胸の内を明かしていった。
「オレは、魔物奇襲事件の時にはぐれた兄ちゃんを探してる。
もしかしたら悪いヤツに連れていかれたかもしれない。
ほんとは今すぐにでも探し出して助けたいんだ」
(__もう、あの時みたい何もできないまま失うのは嫌だ)
切望する大地の様子を見た鶯は、うんと頷き、決心した。
「……そうか、君のところにも被害があったんだね……。
うん、君は__ハーツ高校に行くといいよ」
「はー、つ?」
聞いたことのあるようなないような名前に、大地は反芻しながら考えた。
(ハーツって……どっか外国の学校か? オレ、英語喋れないし、勉強できないぞ?)
アホ面になってアホなことを考えていそうな大地に、鶯は咳払いをした。
「えっと、まずハーツのことは知ってるかな?」
「あんまり」
(えっ、ハーツって中学で教えられてなかったかな……)
鶯は思わぬカラッとした返しに、面食らいそうになるが、再度咳払いをして落ち着かせた。
「そ、そっか。じゃあ、聞いたことはあるって感じかな?」
「存在は知ってる」
大地はコクリと首を縦に振って言った。
「まぁ……、そうだよね。
ハーツは世間にはあまり公的に知らされてないからね」
(それでも、ハーツに憧れる子はけっこういるんだけどなぁ……。
まぁいっか! 一応説明はしておこう)
「ハーツっていうのはね、要約して言えば、ある一定の感情を能力にして扱える人のことで、警察では行き届かないような事件とか被害を助けたりしてる。
メディアとか一般の目のあると事ではあまり活動しないから、世間では憧れだったり、中には、架空だと思ってる人もいたりしてるんだ」
「へぇ……すげえ、それって、本当の話?」
鶯はガクッとこける。
「ほ、本当だよ……。だから今話してるじゃないか。
それに、君もその時現に力が出たでしょ?」
「あぁ……」
大地は手のひらをみやり呟いた。
だが、咄嗟に思い出したことが浮かんで、口を開いた。
「あっ、でも先生、オレもう行く高校決まってるけど。
……てか、もうすぐ入学式が……」
大地は施設に近い地方にある高校に通うつもりだったため、いきなり進路を変えるなんてできるのだろうかと疑問に思った。
「あぁ、問題ないよ! そこら辺は僕がどうにかするから。
今日時間あるし、推薦で申請しておくよ。
ハーツ校には僕の知人がいてね、きっと一発で合格だと思うよ! 人手不足だし」
兄を探しているとは言ったが、話がどんどん進められていくスピードの早さに、大地は目をしばたたかせた。
「そ、そうなんだ……じゃあ、試験とかもナイってこと?」
「大丈夫、ないよ!」
鶯はそうハッキリ言った後で「あー……」と何か思い出したように顎に手を当てた。
「そういえばハーツ高は最初に“能力チェック”があったっけな……。
まあ、なんとかなるさ! 君は強そうだし、ウチの喧嘩番長けん太くんにワンパンで勝ったしね」
と、ガッツポーズまで加えてにっこり笑った。
鶯の朗らかな見た目にそぐわず、所々適当で強引な様に、大地は置いていかれそうにもなるが「……そ、そっスね!」と同じく笑ってみせてごまかすのであった。
話がひと段落終わると、鶯は「話してくれてありがとう、じゃ、ハーツ高から連絡あったらすぐ教えるねー!」と立ち上がり部屋を出て行った。
去り際に「あ、ちゃんと謝るんだよ?」と顔を覗かせ言い残し、扉を閉めたのであった。
……何だか疲れた大地は、ソファに深く腰掛けた。
「ふぅー……」
わずか二日目にしてアクシデントが起こり、それからとはいうものの、色々な情報がありすぎたのだろう。
そして、あくる日には鶯が大地の自室にやってきて「ハーツ高校、仮入学だって、おめでとう! さっそく明日から見学!」と早すぎる報告され、あれこれ準備する間もなく……(準備といっても何を準備すればいいかわからないが)、大地は、ハーツ高校に向かうことになったのであった__。