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感情コライド  作者: 花園タケ
第一章
5/8

キテンの出来事 2

 

 ……あっという間に事は噂として施設内に広まり、大人たちが話し合っていた。

「入ってきたばかりなのに、暴力を起こすなんて……ねぇ?」

「何人かと同室でしたけど、彼だけ隔離して我々が交代制でしばらく監視しましょうか」

 施設長含め、職員合わせて五人と少数だが、皆が深刻な顔で大地には相応の処分をすることを口合わせていた。

「あの」一人を除いて。

「僕が話を聞きます」

 その人物の名前は鶯次郎(うぐいすじろう)。周りが簡易的なシャツを着ている中で、一人だけ白衣を羽織っている長髪の男が口を挟んだ。

「おや、鶯先生がですか?」施設長が白髪まじりの眉をくいっと動かす。

 それに続いて、教員たちの視線も鶯に集まった。

「はい。……きっと、大地くんは何か理由があったから手を出したんだと思うんです。

 彼らの話を聞かないで、事実を確認しないままこちらで処理するのはちょっと違うのかなと……。

 ですから、お願いします」

 鶯がはっきりとそう述べ、頭を下げた。

 教員それぞれ顔を合わせ、小さくどよめいた。

「……鶯先生、誰にでも優しすぎるし、甘いんじゃないですかねぇ」

 と、ボソッと否定的な声がしたり、

「いいんじゃないですか? 丸く収まれば私たちも楽だし」

 人任せで特に気に留めてないような声が聞こえたりした。

 鶯は聞こえていたが、たじろがず、真剣な眼差しで一歩も下がらなかった。

「……はぁ……、わかった。ですが、必ず話終わったら我々に報告するように。

 ……鶯先生がいった通り事実を、ね」

 施設長はひとつため息を吐いてから、了承した。

 鶯がここに勤めてから、児童たちの意見を尊重して大事にしているのは、子供たちの様子や支持でよくわかっていた。

 ただ、他の教員とは少し特殊で、仕事の内容も異なり、あまり同僚からは近付かれない存在だった。それでも、子供たちの話を直接聞きたい。

「はい、ありがとうございます! 施設長」

 鶯はその返答に顔をほころばせて、また一度ぺこり頭を下げ、すぐに大地たちの元へ向かったのであった。

 

 怪我の軽い処置をしてもらったけん太は、寝室で休養をとっていた。

 そこへ控えめなノックと共に、だいだい色の結んだ髪が揺れる人物が部屋に入ってきた。

「やあ、けん太くんの調子はどうかな」

「『あっ、じろーちゃん!』」

 部屋に先に居たそう太とこう太は、彼の優しい声色にすぐ気づき、鶯の元に駆けつけた。

 じろーちゃんは鶯の名前、次郎からとった愛称で、けん太がそう呼ぶようになって、三人からはずっと呼ばれるようになった。

「けんちゃん、じろーちゃんがさっき治してくれたから大丈夫そうだよな」

 こう太がそう太と目を合わせた。

「うん、さいしょ苦しそうにう”〜っとかいってたけど、今は全然!」

「そっかそっか、よかった。

 って言っても、僕は簡単な応急処置しかしてないからね。

 明日にでも病院に行って診せたほうがいいかな」

 確かにけんたは、応急処置をする前までは苦しそうにして唸っていたけれど、今は安心しきって口を開けて眠っている。

 鶯は大地と直接話をする前に、まず彼らにどういう経路だったか、何が起きたのかを知るべく、話を聞き出すのであった。

 

 

 一方、教員たちの耳に入った後すぐに呼び出された大地と水野は、反省もかねて部屋に二人で待機するようにと言われていた。

 部屋は簡易的な休憩所みたいなもので、机を挟んだパイプ椅子にあとはウォーターサーバーがあるだけで、二人が特に興味を示すものはなかった。

 ……部屋には沈黙が流れる。

 水野は走って逃げたあの後、一気に怖さと悔しさが押し寄せてきて一人泣いていた。おまけに、大事にしているノートが所々くしゃくしゃに破れていて、悲しかった。

 だが時は移さず、自分を探し回っていた教員たちに見つかり、涙がまだ乾かないうちに、大地と二人待機するようにと言われた。

 そして今、まだ水野は下を向いて小さく啜り泣いていた。

 それなのに、向かいに座った大地からの視線がビシバシと痛いくらいに感じていて、顔を上げられなかった。

 水野は恐くて見れないが、なんだか自分が泣いているのがいかにもおかしいのかと感じさせられる空気で、水野はたまらず口を開いた。

「っあ、あの……っ」緊張でうわずった声を絞り出した。

(す、すごい見てる……!)

 拍子に一瞬見上げたものの、案の定ガン!と音がつきそうなくらいの目力で見つめられていて、水野は気まずさからギギ……と横に首を動かした。

「な、なんかすみません……」

 水野が耐えられずそうこぼすと、大地はずっと考えていたことを口に出した。

「…………悲しいから泣いてるのか?」

「えっ?」

 水野からすれば突発的すぎる変な質問で、その場で固まってしまい、すぐには答えられなかった。

 大丈夫?とか、どうして泣いているの?とかならまだ分かる。

「ぇ、えっと……、うん……」

(なんか、助けてくれたけど、この人接しづらい……)

 これにははいかいいえでしか答えづらく、水野はぎこちなく頷いた。

 何だか呆気にもとられて、涙が引っ込んだ水野は、目をごしごしと手で拭い泣くことをやめようとした。

「そうなんだ、……でも、お前が弱かったから、あんなことされたんだろ」

「え?」だが、すかさず気持ちを汲みやしないことを言われ、また水野の目から自ずと涙がツーッと伝った。


 そこに、扉のノックと共に白衣を着た男が部屋に入ってきた。

 泣いている水野を一目見て「ありゃ」と苦笑いしてから、静かに扉を閉めた。

「こんにちは」

 鶯は、初対面である大地に笑顔で挨拶をした。

「……ちは」

 大地は初めて会い少し警戒したのか、首をくっと前に軽く出すだけの挨拶を返した。

 そして水野はというと、鶯の存在に気づいた瞬間にハッと目をみはって立ち上がり、急いで涙を拭いた。

「っ‼︎ 鶯先生……! こんにちは」

「あぁ、いいんだよ、座って座って。

 僕も座るからね」

「は、はい……っ」

 水野は一驚した表情を見せた後に、少し落ち着いたように肩を撫で下ろした。それから隣に座る鶯の間隔を空けるために横にずれた。

 鶯はこれで水野と同様、大地と対面する形になった。

「……事情は大体聞いたよ。辛かったね、水野さん、よく耐えたよ君は」

 水野の隣にきた鶯は座る前に腰をかがめ、慰めるように水野の頭を優しく撫でた。

「……っ……」

 水野はそうされて、また涙腺が緩くなり、ぐっと堪えた。

 日頃からよく話を聞いてくれて、鶯のことを慕っていた。

 いつもであれば気の済むまで泣いてしまうのだが、今回ばかりはほぼ初対面の大地が目の前に居て、決まりが悪く我慢した。

「よしよし、これ使っていいから。

 泣きたい時は涙を流したほうがいいよ」

 鶯は白衣のポケットからハンカチを取り出して渡した。

「……大丈夫、です」

 だが水野はふるふると首を横に振り、震える口元をキュッと結んでこらえた。鶯には助けてもらってばっかりだったというのもある。

その反応を見た鶯は少しだけ目を丸くしてから、ふっと柔らかく笑った。

「ん。……じゃあ、自己紹介がまだだったね。

 僕はここの教員……というかケアラーをしています、鶯次郎です。よろしくね」

(……ケアラー?)

「あ、樫木大地、っす」

 聞きなれない用語に大地は疑問を抱くが、一応軽くぺこりと挨拶をした。

「うん、大地くん昨日来たばかりだよね。

 昨日はちょっと僕は用事があってね、挨拶できなかったんだけど、みんなのことは把握してるよ」

 鶯はニコリと目を細めてから、手を前で組んで「さて」と話を切り出した。

「それじゃあ、本題に入ろうか。さっき、中庭で起きたこと」

 鶯が改まった様子で大地と水野の目を一人ずつ合わせた。

 水野は背筋を伸ばしなおし、大地の方は……変わらずだった。

「先にけん太くん達から話を聞いたんだけど、君たちにはありのままのことを話してほしい」

 鶯は、けん太達からは「水野をサッカーに誘ったら、そんなくだらないことより宿題してる方がマシと断られたから、ムカついて水野にちょっかいだしてたら急に大地が来て殴ってきた」と聞いた。

 さらに、こう太がバタバタと走って近くいた教員に伝えたのは「けん太が殴られて倒れている」ということ。

 慌てていたためそこが強調されるのは仕方ないが、けん太が倒れている現場を見た教員たちが、大地が殴ったのを知って、そこからあっという間に施設内の教員に「大地がルームメイトを殴った」という情報だけが知れ渡ったのであった。

 だが鶯は本人達から話を聞かないで、大地が悪いと決めつけるのは腑に落ちなかった。

 事実を確かめていないのに、大人側が判断して処理するのはどうかと思った。それに、理由もなしに殴ることはまずないであろう。

「……まず、僕は今日のことについては、善悪はないと思ってるよ。起きたことだからね」

 中々話出しそうにない二人に、鶯は意見を述べて話しやすいベースをつくった。

 すると、大地が口を開く前に、水野がさきに声を上げた。

「僕が、悪いんです。

 ……僕が、よ……、弱いから……」

 また泣き出しそうな細い声だったが、鶯は黙って頷きながら、耳を傾けた。

 大地は隣でそう言う水野の肩がより小さく見えた。……さっき自分が言ったことを気にしているのだろうか。

 だったら悪かったと思い、一言謝ろうと大地は水野の名前を呼ぼうとした。が、その前に水野が話を続けたからやめた。割り込むと間が悪い。


「……僕、中庭でいつものように絵描いてたんです。

 みんなには宿題って言ってましたけど……。

 そしたら、けん太くん達が来てサッカーしないかって……、僕、外で遊ぶのがあまり好きじゃないし運動が苦手だから、ちょっと嫌だなって。

 あと、ずっと描いてた絵がもう少しで完成しそうだったんです。

 それで『僕はいいや、宿題終わってないし』って断ったら、この……ノートを取られて」

 水野は表紙にもたくさん痕がつき破れかかったノートをぎゅっと抱えて、眉間にシワを寄せた。

 鶯は水野が絵を描くのが大好きで、いつもノートを大事にしていることはよく知っていた。

 水野は辛そうな表情だったが、そのまま話を続けた。

「ノートを見て、馬鹿にされたんだ。

 ……っそれは宿題って嘘ついてた僕も悪いけど、なんだこれって笑われて……」

 隣で聞いている鶯は、唇を震わせながらも打ち明ける水野の背中を優しくさすった。大地は黙って聞いている。

「……だから、ついカッとなってくだらないとか言っちゃって……。

 けん太くん達怒って、ノートぐちゃぐちゃにされて、髪も引っ張られて……そしたら、そこにちょうど大地くんが来て」

 水野は視線を大地の方にやった。

「……助けようとしたの?」

 鶯も大地に目を向け、そう言葉をかけた。

「うーん、まぁ……」

 大地は机の上に乗せて組んだ手を見ながら、口を開いた。

「どっちかというと、止めようとした。

 ……オレ、あいつらと水野が仲良いと思ってたから、なんか変だなって」

 大地は対面した二人に目を配ることはなく、一点を見つめたまま話し続ける。

 瞬きをしない大地に、若干怖気立つが、二人はじっと真剣に聞いた。

「それで、水野嫌がってたからやめろって止めようとしたら、けん太がもっと怒って、水野が押さえられて、……腹、蹴ったんだ」

「そんな…………。お腹、大丈夫?」

 鶯は聞いている途中で気を揉み、水野の顔を覗いた。

 ……こんなにほぼ暴力なことを受けてたなんて。

 そう太たちに駆け込んで呼ばれた時は、真っ先にけんたを軽く処置しに行った。

 だが、やはり事実を聞けば思わぬところに穴がある。

鶯はしまったなと思うが、水野はコクリと頷いて「はい、もう大丈夫です」と意外にも怪我の方は平気そうにしてみせた。

「本当に? でも、後で話が終わったら診てみるからね」

 何もないわけはないと、鶯は心配でそう伝えた。

 水野が遠慮をしているのかそれにぎこちなく頷くと、鶯は大地に向き合って「ごめんね、続きを」と促した。

 大地も一応「っす」とあごを前に出して、水野の様子をひとつ伺ってから話を再開した。

「……で、水野が蹴られてからオレ、はっ? ってなって、何か気づいたらけん太を思い切り殴ってた。

 その後はあんま覚えてない」

 

 鶯は一連の流れを聞いて「なるほど」と何度か頷いた。

 そう太とこう太から言い伝えられた時皆は、大地が血気にはやったかと誤解しがちだったが、やはりちゃんと事情を聞けば隠れていることが出てくる。

「……うん、話してくれてありがとう。

 やっぱり聞いてよかったよ」

 鶯は話を頭の中で整理すると、真剣な表情から穏やかな微笑みに戻った。

 そして、これからこの施設で共に育っていく子達に向けて、一個人の意見だが、ケアラーとして導けるようなことを伝えたかった。

(僕にできることは今はこのくらいだから)

「さっきも言った通り、今回起きたことにいいとか悪いとかないよ。

 わざとじゃなくて、感情が昂ってそうなったんだと思う。

 水野さんは、大事なものを傷つけられて悲しくて泣いた。

 __大地くんも、水野さんが傷つけられて、怒ったからそうしたんだよね?」

 鶯は二人の顔を相互に見た。当たり前のことのようだが、何だかハッと気付かされたように感じて二人は黙って頷いた。

「……でも、けん太くん達も怒ったからそうした。きっと大好きなサッカーを、貶された気持ちになってついカッとなったんだと思うよ。

 ……だから、お互いに謝ろう? 僕は親のない君たちには仲良くしてほしいんだ」

 そう、大地が家族と離れ二日前に訪れたここは、孤児院だった。

 最近では児童サービスと呼ばれるようになったが、ここの児童はそれぞれの事情で集まっている。

 もちろん、社会に出るまでここで皆、生活を共にする。家族とは言わなくとも、みんなが帰ってくる場所はこのわかば荘ひとつだけだ。

 二人を見つめる鶯の浅みどりの優しい目には、切願の眼差しも映っているように見えた。

「……はい」水野が頷き、そう返事をすると、大地もつられてひとつ首を縦に振った。

 でありながら、大地はどこか上の空なような気もした。

(……俺、あの時怒ったのか)

 大地は自分の手のひらを見て思い返していた。

 そこに、鶯がパンと手をたたいた音が割り入った。

「よし、じゃあ話は終わり! けん太くんの調子が戻ったらちゃんと謝るんだよ。

 もちろんけん太くん達にも伝えておくからね」

 鶯がそう言って話を結ぶと、誰よりも先に水野が立ち上がった。

「あ、あの……僕お風呂に行かなくちゃ……、入浴時間が過ぎちゃうので」

「あぁ、ほんとだね、もうそんな時間か! ごめんね、行っておいで」

 腕時計を見て一驚する鶯は、水野に目を配らせた。

 水野はノートを抱えてペコリと頭を下げ、扉の前まで向かった。


 

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