表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情コライド  作者: 花園タケ
第一章
4/8

キテンの出来事


 

 ____6年後。

 

 まだ吐く息の白い冬季の頃。

 樫木大地(かしきだいち)は十四歳になり、地元の高校に行く進路が決まって、受験を控えていた。

 母と兄と離れたあの日から、祖母と暮らしていたが、祖母は持病を持っており、施設に預けられることになった。

 そして、すぐに頼れる家族と身内が居なくなった大地もまた、大きな荷物を抱えて新たな居場所へと向かうのであった__。

 

  

 新しい住処にやってきてまだ二日目の大地は、建物を一通り見物していた。

 昼にもかかわらず冷たい風がそよぐ中、人の話し声が庭先から聞こえてきて、気になり出てみた。

 すると、目を疑うような光景が目先に見えた。

 少年が、髪を引っ張られて足掻いてるではないか。

 いじ悪そうな三人組に囲われ、どうやら真ん中の威張ったような小太りの人物が、髪をひっぱっている張本人だ。

「痛い、いたい!」

 肩にかかりそうで風変わりな髪色をした気弱な少年は、首がもっていかれて、手をバタバタとさせていた。どうみても、嫌がっている様子だった。

 でも、その手は弱々しくて、惜しくも相手の胸をかすっているだけで、何の抵抗にもなっていなさそうだ。

 …………昨日は、仲良さそうに見えたのに。

 大地は、物陰からこの場を目の当たりにし、昨日のことをふと思い出した。

 

 ____

 

 前日、施設に預けられたばかりだった大地は「これから一緒に暮らす家族」と大人に、同世代ほどの数十人を紹介されて、さっそく戸惑っていた。

(血が繋がってないのに家族? ……イミわからん。しかも全員初対面だし)

 そう頭に過ぎったが、一通りみんなの自己紹介が終わった後すぐに、少年三人から話しかけられた。

「大地、俺たちいっしょのルームメイトだな!

 俺はけん太だ、よろしく。見学まだだろ? 案内してやるよ!」

 この時もけん太は真ん中で一歩出て、偉そうに挨拶をした。そしてその後に、左、右サイドからちょこっと顔を出した二人が「そう太ッス」「こう太デス」と軽く名乗った。

 三人とも名前が妙に似ているが、別に兄弟とかではなく、偶然らしい。確かに、顔は全く似ていない。左から、ひょろひょろ、小太り、出っ歯。そんな特徴があった。

 けん太が上からものを言うくせがあったものの、会ったばかりなのに親切にされて、大地は喜んで握手をしたのであった。

 

 三人組に(主にけん太が喋りながら)施設内をひと通り案内され、今度は縁側から庭に出た。

 無造作に地面に置かれていたサッカーボールを、ひょろひょろのそう太が脇に抱え「今から公園でサッカーしに行くッスよ」と言った。

 体を動かすことが好きな大地は、すぐに賛成して三人の後をついて行った。

 

 庭に出た時、木陰にちょこんと座っている少……年?(少女にもみえる)が居た。

 彼は、自己紹介の時にみんなが年齢や好きなものを紹介する中、一人だけ「水野です」とだけボソリと呟いた子だ。金と黄緑色のような、あまり見ない髪の特徴をしていたから、大地はおもしろい頭のヤツ、と覚えていた。

 水野と名乗った少年は三人組に話しかけられると、何故か慌ててふためいた様子で膝に乗せていたノートを閉じて抱え、立ち上がった。

 大地はその時、そう太からパスされたボールをリフティングさせながら、一歩下がったところで何となく話に耳を傾けていた。


「なあ〜何してんの水野?」

「しゅ、宿題してた」

「またかぁ? お前もサッカーしに行こうぜ」

 横からけん太が水野の肩を抱き、誘うが水野はうーんと渋り、肩身を狭めた。

「ぼく、宿題終わってないから……」

「そんなの、後ですればいいじゃん」

「お、終わったら行くよ……ちょっと、揺らすのやめて……」

 けん太に肩を掴み揺さぶられ、水野は苦笑いしながらこたえた。

 この時は、普段から会話しているような様子で、じゃれあっていたように見えてたのに__。

 

 

 ……バラバラに散りばめられた紙、踏みにじられてひしゃげたノート。

 そして、その持ち主である水野は三人に囲われて、縮み上がっていた。

 出っ歯のこう太が、水野の髪を引っぱる手を離すと、今度はけん太が、水野の身体を押した。

「う……っ!」

 水野は後ろの壁にぶつかってしまい、唸り声をあげてしゃがみ込んだ。

 だが、時を待たずにけん太が掴みかかり、水野は胸元が引っ張られて、強制的に立たされる形になった。

 大地は、そのような光景を見ていると、だんだんと腹の底からむしゃくしゃしてきて、物陰から彼らに近づいた。この時、大地は何故だか右手が妙に熱い気がしていた。

「おい、何してんだよ」

 足音と共に声がかかると、みんな一斉に反応して、大地に視線を集めた。そう太とこう太は、パッと水野から少し離れたが、けん太は強気に、水野の胸ぐらを掴んだままだった。

 大地が話せるところまで彼らのそばに近づくと、けん太は目を見開いてから、興奮した剣幕で口を開いた。

「っ大地! 聞けよ‼︎ こいつ、つまんねーことしてたからサッカーに誘ったら、くだらないって言ったんだぞ!? 昨日も結局来なかったしよ……!」

 怒気に満ちた勢いで、唾が飛んできそうだった。

 大地あごを引いて眉をひそめたが、それよりもぐしゃぐしゃのノートと、けん太が声を荒げるたびに、締め付けられた襟元で頭が揺さぶられている水野の方が気になっていた。

水野は昨日はヘラヘラと笑っている余裕が見えたが、今はボサボサになった髪からは顔は見えず、ただたまに小さく「いたい」とか「やめて」とか、唸っている細声が聞こえていた。


 大地はそれを見過ごせなかった。

「……水野、嫌がってる」

 けん太の必死な口論は耳に入ってこない。怒ってるヤツは大体冷静さが欠けていて、相手を悪く言う。

「っ……、何だよお前⁉︎ 水野の味方すんのか。

 だって、ムカつくだろ⁉︎ せっかく誘ってやったのに、『サッカーとか、そんなくだらないことより、絵描いてる方がマシ』って言ったんだぜ?」

 味方? そんなつもりはない。

「だからって、こんなことすんのか」

 大地はただ、感情任せに髪を引っ張ったり、取ってかかったりするのが理解できなかった。

「…………離してやれよ」

 大地は、ノートを拾い上げて砂を払い、水野の横に置いた。心なしか、手の体温がさっきよりももっと熱い。

 

 全員が、大地のことをみはった目で見ていた。

 そう太とこう太は、普段からけん太がいじわるで、喧嘩っ早いのを知っているからか、歯向かう大地にビビって少し離れたところから口を開けて突っ立っていた。

 そしてけん太は、大地がこっち側にまわると思いきや、裏目に出たことでみるみると顔が赤くなり、声を荒げた。

「……〜〜っおい‼︎ そう太こう太! こいつ押さえとけ!」

 大地に言われてようやく手を離したかと思えば、今度は水野を指さし、二人に命令した。

 そう太とこう太は「え……」と目を合わせ、一瞬固まるが、けん太の頭から湯気が出てきそうな形相に、やるしかなかった。

「う……っ」

 水野は二人から無理やり両腕を壁に押さえつけられ、たまらず唸り声をあげた。

 こんなにも身動きが取れなくなるものなのか。水野は比較的自分が力が弱いのを自覚していたが、実際に全くもって動けなくなり焦った。

(どうしよう……早く逃げないと、今度は何されるかわかんない……。

 怖い。助けて……! 樫木く__)

「おい大地!! 見とけよ」

目を吊り上げたけん太はそう言い張り、水野の腰をめがけて足を上げた。

「えっ……」水野はせつな目をみはり、後に反射してぎゅっと目をつむった。

 大地が「おい、待て__」と、止めようとした時には遅く、腹を蹴る鈍い音が聞こえた。

「……っ‼︎ ……ぅう……ッ」

 水野は途端に走る痛みに喘ぎ、目頭が熱くなって、俯いた。

 だが、けん太はひとつも目にも留めずに、してやったぞというような表情で、こう強く大地に向かって言った。

「ほら! お前も俺に逆らったらこうなるぞ!」


 __何が言いたい?

 大地は、この状況が一瞬では理解できなかった。ただじわじわと込み上げてくる怒りの感情に、拳をぎゅっと力強く握った。

 水野を取り押さえているそう太とこう太は若干引いて、苦笑いを浮かべるも、止める様子は一切なかった。

__何がしたいんだ?

 いよいよ抑えが効かなくなった大地は、自分の握り拳が燃えるように熱くなり、そこから実際に湯気のようなものが出てきて、三人組は眉をひそめた。

「な、……なんだぁ?」

「えっ、なんか手から出てね⁉︎」

 そう太とこう太は気味悪がって、水野を解放し、二歩三歩と後ずさっていった。

 水野は腹を押さえながらうずくまり、咳を繰り返した。

 下を向いていて気づかなかったが、気になる内容の話し声が聞こえてきて、くずれた髪の中の薄らな視界で、大地とけん太が対面しているのを見た。

 その時に刹那、大地の手がチカッと赤く発光したような気がし頼も見えた。

「おい、何だお前、聞いてん__」

 何も言わない大地の態度が気に食わず、けん太はガンを飛ばして、顔を近づける。

「ぶっ‼︎? あづっ!!!!」__すると、時を移さず、凄まじい速さで、拳がほおにめり込んできて、けん太は豚が踏まれたような声をあげ、うそみたいに後ろへと体ごと突き飛ばされてしまった。

 

けん太は草原を背に倒れ「いってぇ〜……」と呟き、そのまま意識が遠のき、白目を向いてからゆっくり閉じた。

 大地の右手は殴った後に、チリッと痺れが走った。

 その一部始終を見ていた全員が、唖然として口を開けた。

 だが、咄嗟に水野はこわくなって、場から走り逃げ出した。

 ずっと逃げたいと思っていたところで、タイミングがなかったが、やっとできたからだ。

「……っ!」

 水野はノートを掴み、まだ震えるおぼつかない足取りで、走り去った。

 その際に、何か言おうとしている大地と目が一瞬だけ合い、すれ違った。

 代わりに、こう太が「あっ、逃げた! おい待て水野‼︎」と声をあげ、追いかけようとしたが、咄嗟にそう太がせき止められた。

「こう太! それより、けんちゃんが……」

「あっそうだ! けんちゃん!」

 いつもうるさいくらいに堂々と喋るけん太の声が、一言も聞こえてこず、静かすぎてスルーしそうになっていたが、こう太は思い出して、クルリと振り返って戻った。

 二人はけん太の元に駆けつけ、声をかけたり揺さぶったりした。

「大丈夫⁉︎ けんちゃん……」

 けん太は険しそうに眉をひそめ、ときどき唸ることはあっても、起きて動くことはなかった。

「ダメだ……。起きない」

 

 すると、今度は棒立ちしている大地に視線が集まり、声がかかった。

「おい! お前さっきけんちゃんに何したんだよ!」

「そうだ! 何突っ立って見てんだ!」

 そう太に続き、こう太も大地に当たる。……少しビビって、離れたところから。

「何って……、フツーに殴っただけだ。

 お前らも、何で水野にあんなことしたんだよ」

 手が一瞬燃えるように熱くなって、強力なパワーが出たのはほぼ無意識で、大地自身もよくわかっていなかった。今もなお拳がヒリヒリとする。

 だがそれよりもと、大地はさっき悪態をした二人を睨んで問いただした。

「い、いや……だって、なぁ?」

 すると、圧のある視線にビクッと肩を震わせたそう太がどもってすぐ目を逸らし、こう太にふった。

「えっ⁉︎ ……えー……そう、そうだ、けんちゃんに逆らったら、お、俺たちが怒られるから……」

 もともと点のような目を点にしたこう太は、ゴニョゴニョと口実をした。

「……俺たちが怒られるから?

 じゃあ、水野はどうなんだよ。結局お前ら自分たちのことしか考えてないんだな」

 ピクリと眉間を動かした大地は、再び手にじんわりと熱が宿った。

「……お前らにも同じことしてやろうか?」

 シュウウ……と手から湯気のようなものが出ている。

 只事ではない威圧の雰囲気に、二人は同時に肩身を狭めた。

「『ヒィッ!!』」

 そして、我が先にと出っ歯の口を開けたこう太が、逃げるように「け、けんちゃん全然起きないしヤバいから、俺先生呼んでくる!

 っそう太、けんちゃん見ててくれよ!」と、早口でそう太の返事を聞くまでもなく、走り去ってしまった。

 

 取り残されたこう太は「へっ」と素っ頓狂な声をあげ、キョロキョロと大地と、遠ざかっていくけん太の姿を、挙動不審に交互で何度も見た。

「まっ、待ってそう太! 俺も行く〜!」

 この場に居れそうになかったこう太は、颯爽とそう太を追いかけていった。

「あっ、おい……」

 逃げた二人にも水野に謝ってもらいたかったが、じきに施設(ここ)の先生とやらが来るのであろう。

 大地は倒れて丸い腹が見えているけん太と二人残って、ふと自分の右手を見た。

 けん太にも謝ってもらうつもりだったが、まさか自分の手で意識を失うとは思わなかった。

 ……あの力は何だったんだろうか。

 自分自身に初めておとずれたような感覚だった。

 大地はしばらく、手と睨めっこをして考えるのであった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ