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感情コライド  作者: 花園タケ
第一章
3/8

ユメの目覚め


「大地、(あおい)。どんな時も、感情を殺すんじゃないよ。

 その時感じたひとつひとつを大事にして、どんなに苦しくても逃げようとしないで、感情のままに生きるの。

 でも、人にぶつけるんじゃなくて上手にコントロールしながら蓄えていくの。そうしたら……」

 女手一人で育ててくれた母はいつも二人にそう言っていた。彼らが寝る前に、そして最後の時も__。



 ーーーーーーーーーー


 大地と滄は二つ年の離れた兄弟だった。

 二人は仲が良く、いつも小学校の帰り道に競走をしていた。

「兄ちゃん! じゃあ家まで走って、先に着いた方が勝ちな!」

「え〜? さっき川までって言ったじゃんか、まぁいいけど」

 二人は顔を合わせて笑った。

「『よ〜い、ドンっ‼︎』」

 二人は掛け声と共に勢いよく地面を蹴った。

 ……と、駆け足をした直後に大地のランドセルからコロンコロンと何かが転がる音がして、ふいに立ち止まり、振り返った。

「ん? なんか落ちた?」

「あっ‼︎」

 滄がキョロキョロする中、大地は地面に転がって、そのまま芝生の坂をたどって落ちてゆくものを指差した。

「川に落ちる!」

 大地はとっさに追いかけて、急な斜面の芝生を降りようとした。

「おい、大地、危ない! あっちに降りるところが__」

 滄は階段のほうに誘導しようとしたが、もう遅かった。

「あっ」

「ぎゃーーーー!!!!」

 目の前で弟が滑り、そのまま叫び声と共にゴロゴロと下まで転がっていった。

「っも〜〜、バカ‼︎」

 その様に滄は慌てて、階段のほうから追いかけた。

 幸い、大地は川には落ちてなさそうだったが、ギリギリのところでひっくり返っている。

「大地、大丈夫か!」

 走って、大地のそばまで来た滄は膝に手を当てながら顔をのぞいた。

「……だ、だいじょぅぶぁ〜……」

 大地は回ったうずまきの目で、か弱くこたえた。

「だいじょばないな……。

 はぁ……、でもよかったよ川に落ちなくて」

 滄は安堵のため息を吐いて、大地に手を差し伸べた。

 だがその兄の発言を聞いて、大地はハッとして手を使わずに軽々と身体を起き上がらせた。

「石!!」

「はっ? い、石?」

 アクロバティックな身体能力にまず驚くが、突然何を言い出すかと思い、滄は眉をしかめ聞き返した。

「うん、石。あの、母さんがくれた石、川に落ちちゃったんだよ!

 探さないと!」

「母さんが…………。

 えっ、もしかして、パワーストーン落としたのか!?」

 滄は心当たりを探ると、すぐに思いつき、驚愕した。

「そう、それ! どうしよう……、どこに転がったかあんま見えなかった。探さないと……」

 大地はそう言いながら、焦燥した表情で流れる川のなかを見ながら、靴を脱ぎ始めた。

「待てよ、探すって……どうやって!

 もうすぐ日が暮れるし……危ないだろ」

 滄は大地を止めようと、腕を掴んだ。

「でも、探さなきゃ! 大事な石なのに、なくなったら……」

「……あ〜もう、わかったよ。俺も一緒に探す。

 その代わり、暗くなったら帰るからな、母さんが心配する」

 言っても聞かなそうな様子に、滄は諦めて一緒に探すことにした。

 

 __結局、二人で探してもパワーストーンは見つかりそうになく、辺りが夕間暮れになったところで切り上げた。

 大地は滄に手を引っ張られながら、急ぎ足で二人家に向かった。

 家の玄関に着いた時に、大地が急に立ち止まった。それに滄もつられて止まり、振り返った。


 「大地? もう家着いたぞ……って」

 見てみると、大地はヒックヒックと肩を震わしながら、大粒の涙をこぼしていた。

「ど……っうしたんだよ、何で泣いてんの」

 びっくりしつつ、半笑い気味で顔を覗く滄。

「だってえ!! っ、石、無くしたから……母さんに、っう、怒られる……」

 すると大地は顔を涙で濡らしながら、うわぁあんとわめいた。

「そ、そんなに泣くなよ……大丈夫だって、母さんはそれで怒んないよ」

 滄が大地の泣きっぷりに若干ギョッとして、すかさず慰めてから「帰ろう」と言った時、後ろで玄関のドアが開く音がした。

「あら、どうしたの」

 外から泣き声が聞こえてきて出てきた母は、大地の顔を見て少し面食らうが、すぐに微笑んで二人に近づいた。

「母さん。大地が……」

「うわああああん‼︎」

 滄は振り返り母の顔を見てホッとして、すぐに状況を説明しようとしたが、束の間に大地の泣きわめく声で塞がれてしまった。

(……うるさい)

 耳に響いて、滄はジト目で口をへの字にした。

「まぁまぁ……、とりあえず家に入りなさいな」

 母はしゃがんで大地を胸に抱き、そう言った。後に続けて「滄も」と頭を撫でてから、二人の手を握り、家に入って話しを聞くのであった。


 

母が食卓にコトンと置いた料理から、湯気が立った。

「はぁい、今日は大地が好きなバーグオムで〜す」

「『わぁ〜〜〜〜!!!!』」

 “バーグオム”は、大地の好きな食べ物ランキングの中で同率一位で、オムライスの上にハンバーグが乗っているという母特製の料理だ。

 それを目の前に、大地と滄は口を揃えて目を輝かせた。

「やったあ‼︎ ねぇ、これ食べていいの!」

 大地はスプーンをすでに握りながら、興奮気味に母に言った。

「まだだよ、母さんも座って、みんなでいただきますしてからだろ」

 隣から滄に指摘されて、大地は「はぁい」と口を尖らせた。

 そのやりとりを、食器を出しながら聞いていた母は、クスリと笑う。

「あら、いいのに。冷めるから早く先に食べちゃって」

「え? いいの?」

「やった!! 早く食べようよ兄ちゃん!」

 滄は「じゃあ……」と一回目を泳がせてから、手を合わせた。

 大地もそれを見て(スプーンを持ったまま)、同じく手を合わせる。

「『いただきます!』」

 

 

 母も食卓につき、そろそろ三人が食べ終わる頃。

「ん。なんで今日こんなに豪華なの?」

 滄が料理を飲み込んでから、母に聞いた。大地は口いっぱいにして、もぐもぐしながら二人の顔を相互に見る。

「……だって、大地が泣いてたから、美味しいもの食べて元気なってほしいからかな〜」

 母はそう言って、バーグオムをほうばる大地を見て、ふふと微笑んだ。

「まさか、あんな大泣きして帰ってくるかとは思わなかったもの」

「僕も。家に着いたら、急に泣き出したからびっくりした」

 二人して顔を合わせ笑い、大地はモゴモゴと何か言いたげそうだ。

「大地、口にいれながら喋ったらこぼれるぞ。飲み込んでから」

 滄に指摘され、大地はハムスターのようにもぐもぐもぐっと素早く咀嚼して飲み込んだ。

「まぁ、そんなに慌てなくても、ゆっくり食べればいいのに」

 母はそんな姿を見て、面白おかしくて笑った。

「っだって! 大事なものだったのに、なくしたから……おこられるかもって……思って……」

 大地は勢いよく話し始めた割には、途中からゴニョゴニョと口ごもった。

「怒らないよ、また新しいのを創ればいいんだから。

 それより大地が、パワーストーンを大事に思ってくれたことが、母さん嬉しかったわ」

「母さん……でも、ほんとにごめんなさい……」

 優しい言葉をかけられ、ホッとするが、素直な大地は謝った。

「いいのよ! ほら、食べ終わったならもう片付けなさい」

「あっ、は、は〜い!」

 母にそう言われ、大地はすぐに立ち上がって「ごちそうさまでした!」と早口で台所まで駆けた。

「えっ大地もう食べ終わったの、はやっ」

 滄は先に立ち上がった大地を尻目に驚き、自分も食べすすめた。

 大地が戻ってくると、母はスプーンを一度置いてから口を開いた。

「二人とも、寝る前にまた話をさせてね」

 母は必ず、寝る前にする話があった。そして、二人ともその話を聞くのが大好きだった。

 二人は元気よく同時に「『うん!』」と返事をしたのであった。

 

 就寝する前の寝室にて。

 隣り合わせに敷いた布団で大地と滄は寝転がりながら、二人の枕元に横座りする母の話に耳を傾けた。

「いい? 二人とも、どんな時も感情を大事にするのよ」

 母は、優しく静かに語りかける。

「今日大地はめいいっぱい泣いたでしょう。

 どうしてか聞いていい?」

「えっ……だって、それは、母さんからもらったのに、落としちゃって、探しても見つからなくて、どうしようってなって」

 大地は泣いた直後にも言ったようなことを、しどろもどろにこたえた。

「違うよ大地。それで、どう思って泣いたのか」

 答えを予想している滄は、横から助言した。

「え〜っと……。なくして、怒られると思って怖くなって……

 そしたら悲しくなってきて、涙が」

「そう、大地は悲しいから泣いたのよね」

 大地がしぼり出した答えに、母は手を合わせて微笑んだ。

 また、大地が頷いて母は続けて話をした。

 話を聞く大地と滄のまぶたがうつらうつらとしてきて、母は二人の身体を抱き寄せた。

「悲しくて泣くのは、とっても大事なことなの。

 ……これからもっと悲しいこと辛いことがあるかもしれないわ。それでも、我慢したり、すぐにその痛みから逃げようとしたりしないで。

 でも人にぶつけるのはダメよ。上手にコントロールできるようになったら、自分の感情を受け止めてあげるのよ。

 そうしたら__、人を愛し、愛されることが、きっとできるわ」


 

 ーーーーーーーーーー

 

 母がそう言った時、大地はいつの間にかまぶたを閉じ、眠りについていた。

 ……そうして、目をうっすら開けると、見知らぬ場所と、人々が映っていた。どうやら薄いマットの上で眠っていたらしい。

 そうか、これは夢か。

 大地は泣き腫らした目からぼんやりとうつる現状に、ぼうっと横たわったまま思った。

(それとも、昨日の記憶? ……あれ、今日が昨日か今日かわからないや。

 オレ、変な怪物が出てきてから、はこばれて……)

 大地は、救急隊員の栗田に避難所に運ばれた。着く時にはすでに、疲れとショックから眠ってしまっていたみたいだ。

(わかんない。母さん、兄ちゃん、どこ…………)

 大地は混ぜくったようなぐちゃぐちゃな感情にのみこまれ、頭を抱え、再び目を閉じたのであった__。

 

 

 

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