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感情コライド  作者: 花園タケ
第一章
2/8

サイアクの始まり


 東京 住宅街の一角にて。ある日突然、平穏な日常の中人々を混沌へと招いた“魔物奇襲(まものきしゅう)事件”が起きた。


 __ジジッ

「こちらS部隊、燐光(りんこう)班。状況は?」

「こちらB部隊。中級の魔物が一般ゲートに侵入、住宅を三軒破壊、下級の魔物も合わせて数が増えてきています。早急に援護を頼みます」

「了解。ゴールドを二名向かわせる。……市民は?」

「避難は順調です。ただ……、今ほど襲撃された住宅に逃げ遅れた子どもがいます。……その、母親とみられる者がおそらく……死亡とされます」

「……その子どもをすぐ避難させろ。一人でも一般市民の被害は減らすように。

 俺もこちらが片付き次第向かう」

 無線を通した簡易的なインカムで、戦闘服のような格好をした人が、近くでしゃがんで話していた。

 

 __何が起きているんだ?

 眠っていた少年は、突然大きな爆発音が耳にとび込んできて、咄嗟に起き、目を大きく見開いた。

 ……その光景はあまりにも信じ難い、……信じたくないものだった。

 割れて床に散りばめられたガラスの破片、倒れて足が折れた机と椅子。電気はついていなく薄暗かったが、割れたガラス窓の外から不気味な赤い光がチカチカと何度も光って、嫌でもこの悲惨な状況は目に見えていた。

(何だよこれ……!どうなってんだよ……さっきまで兄ちゃんと隣で寝てたのに……)

「はっ、そうだ! 兄ちゃんは……!」

 少年は思い出して、隣の布団を見やった。……だが、掛け布団がめくれているだけで、兄の姿はなかった。

 一体眠ってからいつこんな事になって、どのくらい時間が経ってしまったのだろうかわからない。

 赤い閃光は、遠くから聞こえる爆発音や、アニメや映画でしか聞いたことのない銃声のような音がするたんびに光った。サイレンの音も聞こえる。緊急事態だ。

 あまりの壮絶さに唖然とした少年は、頭が追いつかず、その場から動け出せなかった。うそのような有り様で現実味のない、夢かと思うくらいに。だったらこの体感は何だろうか。震える手元、ドッドッと打つ心臓、何より、触れているシーツの感触が嫌にリアルだった。

(そうだ、これは夢なんだ……夢、絶対に夢なんだ、じゃないと)

 少年がぎゅっと目をつむった時、目の前にきた成人男性に声を掛けられ、ハッとした。

「君、大丈夫ですか? 立てますか?」

 彼は雑音の中、声が聞こえるように近づいて片膝をついた。男性にしては長めで栗色の髪でどこか中性的だったが、凛々しい眉と芯のある声で、すぐに男性だとわかった。

 一瞬にして現実に戻されたわけだが、自分以外の人が居たことはよかった。……そういえばパニックになり気付かなったが、目が覚めた時から近くに居たかもしれない。

「あ……」

 少年はとりあえずこたえようと口を開くが、男性の顔を見上げた時に、彼の背後の先で、見たくないものが見えた。

 

 ……人だ。崩れたテーブルの下敷きになって、頭から血を流している女性が倒れていた。

 しかもそれは、よく知っている後ろ姿だった。

 少年は目をみはり、口元を震わした。

「え……っ? …………あぁ…………、はっ……はぁ、はあっ」

 徐々にドクンドクンと動悸が速まって、声がうわずり息が途切れ始める。

 いやだ。信じたくない、きっと違う。そう頭の中で否定しながらも、男性を押し退けて身を乗りだそうとしたその時__

「母さんッ‼︎ __っ!!? え……?」

 少年は目を疑った。

 おそらくだが、倒れた母の影から何やら黒いグニュグニュとした物体が下から上へと出てきて、それはみるみると肥大化していき、またたく間に化け物のような姿になってゆく。

 少年は、母の元へ近づこうと立ち上がって手を差し伸べようとしたのだが、まがまがしいものを目にして呆気に取られ膝をつき、震える人差し指で男性の後ろを指した。

「ぁ……、あれ……」

「どうし__、っ‼︎」

 男性は明らかに平常ではない少年の様子に、すぐ振り返り、目を見開いた。

 

(……魔物だ‼︎ しまった、気配に気づかなかった! ヤツが具現化する前に、急いでこの子を避難させなければ!)

 男性は魔物にすさまじい脅威を感じ、咄嗟の判断で少年の両肩を掴んだ。

「っあれは魔物だ! 危険だから君は外にすぐ走って逃げるんだ!

 近くに僕と同じ格好をした人が居るから」

(魔物……? なんで、急に、そんなうそみたいなものが……)

 聞いたしゅんかん少年は耳を疑ったが、魔物が立ちはだかって、母の姿が隠れて見えなくなっていた。いつの間にか、それほどに魔物は肥大化していた。天井につきそうな程の猛々しい巨体に、鋭い爪と歯、目は横についていて奇妙だった。目にするだけで、一瞬にして戦慄しそうな雰囲気を醸し出している。

 ところが、少年はまだ母のところへ行こうとしていた。

(怖い……だけど、母さんを置いて逃げることなんて出来ない)

「でも……っ、母さん、母さんが……!」

「彼女はもう……! はっ‼︎」

 話してる短い合間に、時を移さず魔物が男性の背後に来て、激しい咆哮(ほうこう)と共に、頭ほどの大きさのこぶしを振りかざした。

「っく……‼︎」

 咄嗟に反応した男性は、背負っていた鞘から中剣を取り出し、防いだ。

 (重い……! これは……まずい、少年に逃げてもらうまでは時間は稼げるけど、もし、少年を庇いながら彼の母親を連れ出し、逃げるとなると……リスクが大きすぎる。

 僕の力だけでは無理だ。……みんなが死んでしまう)

 援護に隊員が来るにはまだ数十分はかかる。後の祭りとなっては遅いと思った男性は、意を決して再びインカムを通した。

 

「こちらB部隊。燐光隊長! 魔物と接触しました。……おそらく、上級クラスかと。

 __っ‼︎ 少年は母親のところに行こうとしてて、っ、中々、庇って逃げることは、不可能に、近いです!」

 男性は魔物からの攻撃を受けながら、途切れとぎれに伝えた。

 緊急連絡だ。インカム越しの青髪の男、燐光は眉をひそめる。

「上級……。わかった、今すぐ俺が行く。

 ……一分。全力で一分守れ」

「え⁇ ほんとに一分ですか? ここから四キロメートルくらいあるのに⁉︎ どうやっ__」

 うそのような伝達に、ぎょっとして耳を疑った男性は戸惑いを隠せずそう言ったが、話してる途中でガチャッと通信が切られた。

「えっ? ちょっ! 隊長⁉︎ ……あぁ〜〜もうっ!」

 強制終了されて、困った声を漏らす男性は目をつむって大きく息を吐いた。

(隊長、こういうところあるんだよな〜!)

 男性はその場で頭を抱えそうになったが、目の前の敵は待ってくれない。すぐに息を吸って、剣を構え直した。

 

「君、僕の後ろに隠れてて」

 その背中は顔は見えずとも真意さが伝わってきた。何にも出来ない少年は頷いて、男性の後ろに隠れた。しかれど、魔物の脅威は感じる。

(情けない__、魔物に気づかない上に、僕一人の力では彼らを避難させることも出来ないなんて……)

 男性がそう思うと、剣がわずかに緑色の光を灯し始めた。男性は集中して、感情を剣に込める。

(せめて、一分間だけでも全力で少年を守る!)

「グオオオオ‼︎‼︎」

 魔物が咆哮し、大きな腕がふりかかってきて、男性は光が強くまとった剣を振りかざした。

 __と、その時。

「フロート、縛り」

 謎の呟きと共に突如、魔物がふわっと軽く浮いてから動きをピタリと止めた。何事かと思った男性はキョトンとして、動きを止めた。少年もまた、後ろから覗き込むと、長身痩躯の青髪の男が魔物に手をかざしながら、こちらに歩み寄ってきた。

「えっ? 隊長⁉︎」まさか、と思った男性は目をしばたたかせ、素っ頓狂な声と共に剣に込めた力もいつの間にか解けた。

「早ッ!!!!」

「いや〜、来る時ちょっと下級共に絡まれてさ〜。

 一秒過ぎちゃった?」

「いやいやいや……」

(一分とは言ったけど、早過ぎでしょ! どうやって来て……)

 目が飛び出しそうなほど驚く男性とは打って変わって、青髪の男は緊張感もなくフラットに話しかける。

「お、栗田無傷じゃん、ちゃんと任務こなしたんだな」男は偉いえらいと頭を撫でた。

 栗田は、先ほど無線で話していた同一人物とは思えないような軽薄な態度に呆けた。

(……な、なんで上級の魔物を前にこんなにヘラヘラと? いや……正直助かった、助かったけど! どうやって来たのこの人!

 しかも、魔物は今どうなって……)

 

「さ。そろそろコイツが暴れだす頃だ、俺がすぐに片づける。

 お前らは巻き込まれないように早く逃げろ」

 栗田が見やった拍子に、青髪の男はそう言った。かざしている手の先の魔物が、何やら見えない空間で拘束されているのを、もがいて解こうとして見えた。激しく唸り、今にも怒り暴れそうな様子だった。

「あっ、は、はい! 君、逃げるよ!」

 それを聞いてまずい!と思った栗田は、すぐに少年の腕を掴んで、足の方向を変えた。

(隊長の戦い方、えげつないから!)

 少年は引っ張られ魔物に背を向けるが、泣き出しそうな表情で振り返り、青髪の男に震える声で訴えかけた。

「待って! 母さんは……母さんはどうなるの? 一緒に逃げなきゃ、兄ちゃんも……!」

 すると、青髪の男は少年と目線が合うようにしゃがんでから、肩に手を置いた。

「……少年、今は逃げることだけ考えろ。

 母親は、お前が思う以上にお前が助かることを思ってる。……兄ちゃんもだ。……大丈夫だから、な?」

 青髪の男がそう言うと、少年はその眼差しに真意的なパワーを感じて信用し、コクリと頷いた。

 男もまた、頷き口角を上げ、立ち上がった。

「……よし、行け! 栗田、おぶってやれ」

「はい! あの……隊長、すみません、お願いします」

栗田は少年をおぶってから、申し訳なさそうにチラッと目線を配った。

「……いーから、早く行けバカ真面目栗田!

 大丈夫だから、任せとけ」

 青髪の男は頼もしく口角を上げてみせた後に、魔物に目をやり飛びかかった。

「バカではないです。じゃあ……」

 同時に栗田も素早く踵を返して、駆け足でその場から離れた。

 

(……悪いな少年。……母親はもう、99%は助からない)

 背を向けてから、青髪の男は心の中で呟いた。少年はその事実を知らないし、考えたくもないだろう。

(だが__、こちら側で最善は尽くす)

「フロート。ダブル」

 男は手に込められた能力を使い、魔物の背後で少年の母親を浮かせ、早急に避難所の医療班の元へ運んだ。

その間に魔物に向けた能力が弱まり、魔物は謎の空間から飛び出した。やっと解放され、両腕を大きく振り、地面が揺れるほどに叫んで威嚇した。強風で男の青髪が逆立つ。その怒りは凄まじく伝わってきた。おそらく本気で男にかかってくる勢いだ。

「うわ〜、キレてる。来いよ、タイマンで好きなだけ暴れられる」

 青髪の男は物怖じともせず、口角を上げ、拳を前で握った。

 それが戦闘開始の合図かのように、男と魔物は素早くつま先を蹴って互いに挑んだのであった__。

 


 ーーーーーーーー

 

 一方、おぶられた少年は首だけ振り返って、遠のいてゆく景色を見えなくなるまで眺めた。

 瞳には、残酷なほどに崩壊していく家が映る。

 やるせなかった。何も出来ずに、見ているだけで今までそこにあったものが一瞬にして崩れていく。

「母さん……兄ちゃん……」

 少年はか細い声で呟き、見るに堪えなくなって栗田の背中に顔をうずめた。

 目から玉の涙があふれ落ちてきて、震える唇を噛みしめた。

 悲しいのか、腹立たしいのか。それとも怖いのか、悔しいのか。ぐちゃぐちゃな感情が一気に押し寄せてきて、まだ幼い少年はこの時、どうしたらいいかわからなかった。

 ただひとつだけ、気になっていたことが頭の隅にあった。

 さっき、急に現れては魔物の動きを止め、圧倒的な力を感じさせた青髪の男。彼の襟元に“Hearts”と記された、プラチナに輝くブローチのようなものが付いていたことだ。そういえば、栗田の胸元にも色は違っていたが、付いていたような気もした。

(……俺も、あの人みたいに強かったら、母さんを守れたかもしれないのに)

 少年は締め付けられる胸を押さえた。

 もう荒れた街には目を向けずに、避難所を目指して走り続ける栗田の背中を、ただ涙で濡らすことしかできなかった__。

 

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