王子と婚約者の冷たい日常
呪われた王国シリーズ2作目。
※この国の男性王族は呪われています。学園に通う15歳から18歳の時期に『無邪気なヒロイン』に強制的に出会い結ばれる為の様々なトラブルに巻き込まれるという傍迷惑な呪いに。呪いに抗いながら幸せを模索する王族やその周囲人々を描いたシリーズです。
先に投稿した「王子と婚約者の困惑の日々」の第二王子と婚約者の話。
王子視点。
僕はこの国の第二王子カルマーンだ。
最近お気に入りの甘さ控えめのチョコレートを齧って、コーヒーに手を伸ばしたところで不意に声をかけられた。
「ねえ、カル兄様?」
「なんだい、フリーダ」
「本当の本当にカル兄様の婚約者って、私じゃないとダメなんですの?私なんかで良いのですか?」
「…は?」
折角、公務の間に可愛い婚約者とのお茶会を楽しんでいた所に、当の本人から爆弾が落とされた。
僕の婚約者は婚約が嫌だって、『また』言い出すつもりなのかな。
さっきから黙り込んでいると思ったら、彼女はそんな馬鹿げたことを考えていたらしい。
「うわわわ、カル兄様無表情で怒るの怖い!!やめて、寒い!!冷気出すの止めて!!」
「僕の婚約者になるの、嫌なのかい?フリーダ」
「も、もちろん嫌いとかじゃないんですよ?!……呪いの3年間が、ありますから」
この国の王族は呪われている。
そう、呪いだ。
もうじき僕とフリーダは、この国の王立学園に入学する。
学園に入れば、僕とフリーダにはバカみたいに沢山の問題が降りかかってくる。
国家や命の危機があるものから、貞操の危機があるものまで、それはもう様々に。
これはこの国の王家の血を引く男子が15歳から18歳の間、必ず起きる問題だった。
呪いから逃れようと他国へ留学しても同じトラブルが起こることから、既に僕の祖父の代には近隣諸国からその年齢のわが国の王族は入国を控えて欲しいと嘆願書がそれぞれに届いている。
曽祖父の代には学園に通わずに王宮内で個別に教師をつける方法を試してみたところ、王宮に出入りしている女官や官僚たちをも巻き込んでの醜聞になってしまった為に、国の重要な人材を巻き込むよりはマシだということで、父の代からは伝統通り王立学園に通うことになっている。
それもこれも全ては5代前のあのバカ王子のせいだ。
「僕は呪いになんて負けるつもりはないんだけど」
「私は……自信がないもの」
「フリーダは、僕を好きにはなれない?」
「っ!?ちが、違うの!カル兄様のことは大好きなのですわ!」
自分の言ったことが恥ずかしかったのか、勢い良く俯いたフリーダの真っ直ぐな黒髪の隙間から、淡いピンクに染まる可愛らしい耳が覗いている。
今日も僕のフリーダが可愛い。
全力で僕の恋心を揺さぶりに来る。
僕が彼女に恋をしたのは既に8年も前のことだけど、それ以来僕は『好き』の最大値は無いんだってことを日々実感させられている。
ちなみに、兄様と呼ばれているが僕と彼女は同い年。
幼なじみでもある小柄な彼女に一目惚れしてから、ひたすら構い倒して世話を焼いていたら、気がつけば兄認定されてしまったという、僕としては苦い理由で今の呼び方になっていた。
「だったら問題ないだろ?君のことは僕が何があっても守るんだからね」
「私だって、カル兄様を誰より大好きって気持ちには自信があるつもりですけれど……でも、私よりカル兄様にふさわしい子がいるかもしれないって……」
そして、相変わらず彼女は自分に自信がなさ過ぎる。
本当にこれ、どうやったら治るんだろう。
僕からしたら、王家の呪いよりよっぽど性質が悪い。
僕が他の誰かに心変わりしたりするはずないって、周りは知ってるのに肝心のフリーダはいまいち理解してくれないのはどうしたものか。
「いつも言っているけど、フリーダは誰より可愛いよ?」
「そんなことないもの!だって、私は兄様たちやレティーシア様みたいに美人じゃないでしょう?」
婚約が決まってからこの会話、何回したかなぁ?
だいたい、レティ義姉上はともかく僕らが美人ってどういうことかな。
確かに騎士じゃないから筋骨隆々ってわけじゃないけど、僕ら一応男なんだけど。
王族の色は明るい金髪と、それぞれに濃淡はあれどブルーグリーンの瞳を持っていて、大多数の者から好まれやすい姿かたちをしていることは知っているが、まずなんで比較対象が僕や僕の兄弟なのかは理解に苦しむところだ。
「レティ義姉上は美人だろうけど、僕の好みではなくて兄上の好みだろう?」
「そうですけれど……ユフィみたいに胸もないし」
ユフィって弟がこの前父上に必死に婚約者にしたいって推していた、フェルト公爵家のユーフェミア嬢のことだろうけど……5歳下の弟と同い年だったはずだから、彼女まだ10歳だよね?
え、そんなに胸あったのか?フリーダがコンプレックス持つぐらい?
まあ、彼女の母上である公爵夫人は確かに豊かな胸をしてることは知っているけども。
ああ、年下の子に負けてるっていうのが引っかかってるのかな。
どっちにしても僕にとっては弟の好きな娘の胸に全く興味は無いし、むしろ彼女とその父である魔法師団長が先日学園に設置したという、記録魔法のほうが余程興味があるぐらいだ。
もちろん、フリーダの胸だったら今ぐらい控えめだろうがこの先大きくなろうが僕は何時間でも眺めていられるし、全力で興味しかないことは言うまでもないんだけど、この照れ屋で純真無垢な婚約者にそれを言えばドン引きされることぐらいはさすがに僕も理解している。
「そんなの、僕にはどうでもいいことだよ」
「それに、私……髪だって墨みたいに真っ黒で、暗くて縁起が悪いし」
「こんなに艶々として夜空みたいに素敵なのに、君にそんな風に思わせたのは誰なのか教えてもらっていいかな?」
「だから冷気を出さないでくださいまし!!……誰ってことじゃなくて、皆そう思ってますわ」
「その皆の中に、僕は入っていないけれどね?……ほら、こんなにさらさらで、触りごこちも最高だし、ね?」
肩に流れていたフリーダの髪を一束掬いあげて、その髪に唇を寄せた。
チラリと彼女を見上げれば、顔から湯気でも出そうなぐらい真っ赤に頬を染めて口をパクパクしている。
やっぱり僕の婚約者がやばいぐらいに可愛い過ぎる。
ああもう、学園とか行かずに明日結婚できたらいいのに。
どうして18歳にならないと結婚できないんだろう。
「ぅう……も、もうっ!!カ、カル兄様は!自分の攻撃力の高さをもっと自覚なさってくださいませっ!!こんなこと学園でなさったら、呪いじゃなくても女性達のアピールが酷くなりますわ!!」
「攻撃力って…本当にフリーダは面白くて可愛くて、飽きないよね」
「飽きないって、私おもちゃじゃございませんわよ?!」
「うん、おもちゃじゃなくて、僕の可愛い婚約者だよね?」
当然のことを言えば、また真っ赤になって顔を俯かせてしまうフリーダ。
彼女がここまで自分の外見に自信を持てないのは、おそらく昨年辺境伯家に嫁いだ彼女の姉が原因だろう。
彼女の姉は、彼女の異母姉で代々宰相を勤めているパルスール公爵家の前妻の娘だった。
兄である王太子の婚約者候補と一部で思われていたようで、兄の希望で婚約者に決まった小国の第三王女であるレティ義姉上に、学園に通っている3年間チクチクと嫌味を言い続けていたと聞いている。
外面は完璧で嫌がらせも嫌味だけであったために、排除することができなかったことを兄上が悔やんでいたのは記憶に新しい。
そんな彼女は当然僕の婚約者候補になった義妹のことも気に食わなかったようで、フリーダに色々と吹き込んでいたことはパルスール公爵家に8年前から潜らせている密偵の報告にもあがっていた。
わが国の呪いに付随して制定された法律で規制されている、略奪愛や虐めに繋がると判断されている言動基準を熟知した上で、そのすれすれのラインを狙うあたりは流石だとは思う。
その腹黒さと知略を、好戦的な隣国との国境を守る辺境伯の元で存分に発揮して欲しいものだ。
僕とフリーダの平和な日々を守るためにもね。
「もう……カル兄様は、目が悪いんじゃないかしら」
「うーん、そんなことはないけれど。まぁ、そうだとしても僕の目にはフリーダしか可愛く見えないんだから、いい加減諦めて?」
彼女のやわらかな頬に指を添えて、顔が見えるように上向かせたけれど、往生際が悪い彼女は今度は視線だけツイと明後日の方向へと向けてしまう。
「だ、だから!攻撃力を自覚なさってと言ってますのにっ!」
「その攻撃力が何か良く分からないけど、多分君にしか攻撃しないって断言するよ」
「……し、仕方ありませんわね。誓って私だけに、してくださいまし……」
小さな声で呟くように答えたフリーダが、頬に添えていた僕の上着の袖をチョンとつまんで頬を少し膨らませた。
そんな顔も可愛くて可愛くてたまらないのだけど、フリーダはこれ以上僕を翻弄してどうしたいのかな。
やっぱり明日にでも結婚できないか、父上に交渉してみよう。
もう何度も却下されてるけど、母上を先に説得したらいけるかな?
◆◆◆
その三年後、彼らは無事卒業して待ちに待った結婚式を迎えた。
第二王子とその婚約者が学園の在学中、やたら学園内が冷え込んだこととか、大量にいたはずの『私はヒロイン』と思い込んだ女性たちを、極寒の目線ひとつで王子本人が排除したために歴代で最も警護が楽だったことは、その日参列している学園関係者にとっては既に噂を越えて伝説だ。
「やっと結婚できたね、フリーダ」
「うふふ、これからもよろしくお願いいたしますわ、カル兄様」
「あれ、兄様呼びはやめる約束だったよね?」
「……カ、カル様?流石に結婚式で冷気はご容赦くださいまし」
「うん、ごめんね?愛してるよ、僕のフリーダ」
まあ、一番の伝説は婚約者に横恋慕した留学生の一件だろう。
魔法をかけて愛しい婚約者に『カル兄様なんて嫌い』と言わせてしまったその留学生は、別大陸にある魔族の血を濃く引くという国の貴族だったのだが、氷漬けにされた状態でその国まで引き摺られて行ったあげく、このままこの男を国で無期限で幽閉するか、国土を凍土と化すか好きな方を選べと彼の国の国王の鼻先に突きつけた、といわれている。
それが事実かただの噂どうかは、慌てて王子を追った警護隊のメンバーと両国の国王しか知らないという。
ただひとつはっきり分かっていることは、この国の平和はある意味氷の王子からの暑苦しいほどの溺愛に対する、第二王子妃フリーダの慣れと諦めにかかっている、ということかもしれない。
end
結婚時期を早める交渉は婚約してからほぼ月に一度のペースだったので、既に王家では家庭内の日常扱い。
冷気に負けなかった国王と王妃に、第二王子妃は心底感謝していることは公然の秘密らしい。
とにかく他の生徒にご迷惑な王家なのは間違いない(笑)
もし少しでも面白い!更新頑張れ!等思っていただけましたら、ブックマークや評価などして頂けたら嬉しいです。
優しい読者様からの応援、とても励みになります!
評価はページの下にある【☆☆☆☆☆】をタップしていただければできます。
最後まで読んで頂きありがとうございました。