二話 好きな人が恋した瞬間
高一の、16歳の秋の体育祭の時の話です。
人生には、自分ではどうにもならない瞬間というものがあるらしい。
私がその瞬間に鉢合ったのは、十六歳の秋にあった、高校最初の体育祭の時だった。
見てしまったのだ。好きな人が恋する瞬間という――最低最悪な形で。
◇◇◇◇◇
「ねぇ、次はリレーだったよね?福見。隣のクラスだったっけ?」
「あぁ、そうだったと思う。楽しみだな」
その時、私は大と他愛のない話をして、体育祭を観ていた。もう自分達の出番は終わった後で、あとはのんびり体育祭を楽しもうという雰囲気だったから、福見を誘って観客側に回ったのだ。
そして、その、『隣のクラスのリレー』になった時。
なぜか、うちのクラスのはずの水崎さんが出場していたのだ。
「ん?南、水崎って俺達と同じクラスじゃなかったか?なんで隣のクラスのリレーに出場してんだよ?」
「んー、なんでだろう?」
私はそう言って、はたと気がついた。
少し前、福見が席を外していた時に、私のクラスに隣のクラスの人が駆け込んできて、「誰かリレーの選手として代わりに出場してくださいませんか!?」と頼んできたことに。
その時、私を含むその他大勢の人達は、気まずそうに目を逸らしていた。
だが、その時に水崎さんが、「わたし、やってみます」と言って手をあげ、その役目を名乗り出たのだ。
そのことを福見に伝えると、福見は「へぇー」と言いながら、水崎さんのことを少し気にしていた。
「伝えなかったらよかったかな」と思ってしまった自分を、私は責められない。
そして、水崎さんは、急に決まったのにも関わらず、一生懸命に走って、バトンをつないでいた。
水崎さんが私達の前を通った時、私は見てしまったのだ。
一生懸命に頑張って走っている水崎さんを見て、目を奪われている自分の好きな人を。
もう七年も思い続けた好きな人が、出会って数か月の女の子に、一瞬で恋に落ちてしまう瞬間を。
私にはどうにもできない、圧倒的な何かを感じて、私は思った。
――そっか、福見は水崎さんのことが好きになっちゃったんだ。
――そっか、水崎さんには一生敵わないんだ。
――そっか、私、
――――――――失恋したんだ。
◇◇◇◇◇
そして、もう一つの分岐点は、私が思っていたよりも早く訪れた。
福見に、水崎さんのことを相談されたのだ。
女友達のいない福見は、絶対に私に相談するだろうな……と思っていた。
たとえ私にからかわれても、それでも相談しにくるだろうなと。
「応援してくれ」「相談に乗ってくれ」と必死に頭を下げる好きな人を見て、私は二つ返事で「いいよ」と言っていた。
どうせかなわないのなら、せめて、役に立った方がいいよね、と思ったからかもしれない。
「知ってたよ、それぐらい。何年傍にいると思ってんの?だいたいあの時私もいたじゃん、見えてなかったとか?眼科をおすすめしようか?」
「いや、眼科はいいわ。ていうかよくそんなとこまで見てたな?」
「……見ないわけないじゃん、」
――好きな人なんだから。
そう続けようとした言葉は、声にならなかった。
今でも時々、思うことがある。
もし、あの時、私が手をあげて走っていたら?
もし、あの時私が、恋愛相談に「いいよ」と言っていなかったら?
もし、私があの時より前に、福見に告白していたら?
――私は、今福見の恋人として、隣で笑っていたのだろうか。
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三話(第四部分)は、あきが福見に恋に落ちた瞬間です。