第13話 獣、教婦になる
ヨシフミ、泣いてんの?
やっぱり、アンタ、優しいね。
もう、250年も前の話だよ。
それから?
それからは、さ。
獣の侵入を食い止めるために家の出入り口に火を放って、延焼してしまった結果、家族全員が焼け死んだことになったらしいよ。
あとは、まぁ、母の予想のとおり、順当に騒ぎは収まったよ。
王の狩人は、特大の狼を狩って、それがジェヴォーダンの獣だと思った。
肉食獣は、村の狩人が飼いきれなくなって、自分で撃ち殺して、自分こそがジェヴォーダンの獣を殺したと言った。
宗派の争いは、なし崩しになくなった。
だって、「神を信じていないから、罰としてジェヴォーダンの獣は現れた」なんて、神父が言っちゃったからね。神を信じても信じなくても殺されるなら、新教徒と人殺しをしてまで争う必要ないもん。
やっぱり、神父、一言多いタイプだったみたい。
ま、事件自体は謎って語り継がれたけど、そこまでだよね。
それからね、父は苦労した。
逃げた先で、最初は本当に狭い小さな土地から始めて、だんだんに桑畑を広げた。
最初の1年目なんて、麦が穫れるまで、父は食うや食わずだったなー。
でもね、最後には、私を大規模養蚕農家のお嬢様にしてくれたんだよ。
私は、父の死後、その財産を受け継いだ人間ということで、出生証明を取り繕って二世代分ほどの時間、その地で生活した。
その間に王様もいなくなったし、ナポレオンもいなくなった。
そのあとは……。
さっきも言ったけどさ。
父と私がジェヴォーダンから逃げ出してちょうど100年目、パスツールに働きかけて、カイコの病気の研究をしてもらった。80年からの大規模生産者だからね、依頼できるだけの発言力はあったのよ。
そして、ついに、微粒子病っての、突き止めてもらったんだ。
他の学者にも助けを求めていたけど、それまで空振りだったんだよ。
ともかく、これでようやくひとつ、父母の代わりに仕返しができた気になれたよ。
でもね、フランス全体で見たら、養蚕業はもう終わりだった。
微粒子病は蔓延し過ぎていて、フランスでカイコは飼えなくなっていた。
私の農場がいくら頑張っても、繭の検定所とか流通経路とかまでなくなっちゃうと、生産の意味がなくなっちゃうからね。
そんな感じで先が見えなくなって、桑の代わりにブドウでも植えてワイナリーでも経営しようって話になった。
フィロキセラって害虫がアメリカからやって来て、歴史あるワイナリーがどんどん潰れていたからね。接ぎ木苗を植えて、新しく農場を作るチャンスだったんだ。
たださ、父との思い出の桑の木を抜きたくなくて、迷っていたんだ。
それに、微粒子病にフィロキセラ、病害虫で生き方を変えるの2回目だから、悔しかったし。
そんなところで、「東洋の神秘の国、日本に行かないか」って話を貰ったの。
二つ返事で請け負ったよ。
農場を離れれば、桑の木を抜くのを見なくて済むからね。
フランスと同じクオリティで生糸を生産できるのは、世界でも日本しか無かった。ただ、あまりに生産が不効率なので、日本からの依頼でフランス式の生糸生産を指導するんだと。
だから、教師で行ってくれないか、ってさ。
あ、ヨシフミ、勘がいいね。
そのとおりだよ。
そう、富岡製糸場。
機械とかもフランス製。その使い方を教えたのもフランス人。
世界遺産だなんて、すごいよね。
いや、ごめん、私が言うのは、「遺産」と呼ばれるほど時が経ったのがすごいって意味が強いかな。
でも、日本が列強のうちに入ったのは、製糸業のおかげだし、その現場に私、いたんだよね。
私ね、富岡製糸場の「フランス人教婦」っていう立場で、日本に来たのよ。
女工さんたちの教育だけじゃなく、桑の栽培から、蚕を飼うこと、糸を商品として整えること、みんなできたからね、私。
けっこうな高給取りだったんだよ。
で、そこで働きながら、日本という国を観察してね。
フランスよりも生活しやすそうでさ。で、日本人の姿になれるか試行錯誤して、代償は払ったけど、「瑠奈」というバリエーションを手に入れることに成功したんだ。
あの頃は普通だったのに、今だとかなり小柄になっちゃったよね。日本人の体格は、本当に大きくなったよ。
で、太平洋戦争の最中の生活は大変だったけど、フランスはドイツに占領されちゃったからね。まだ日本にいて正解だった。
それから、ひそかに助産師の資格を取ったんだ。
出生届が書けるから。
そう、そうなんだよ、ヨシフミの言うとおり。
自分の娘に成りすますんだよ、ソレで。
ただね、出生届を出すと、自動的に義務教育からは逃げられなくてね。
で、また助産師の資格を再取得する必要もあるからさ、学校に通うわけ。
財産はフランスと日本と両方にあって、利息だけで生活できるから、こんなこともやっていられるんだ。
あはははは、そうなんだ。
ヨシフミ、お金に苦労してるんだ。
そうだね、お金がないと、不老不死の存在が生活するのって、大変なことになるよね。
そのあたり、ちょっとは協力してやるからさ、アンタも私に協力しなよね。
次話、獣の孤独
なのですー。
で、この章終わりです。
次章からまたヨシフミ視点です。




