第11話 母獣と王の狩人
聖地は守らねばならない。
聖地は汚してはならない。
聖地を汚したものには、代償を払わせねばならない。
そして、人間の姿のままでは、偽装された肉食獣に勝てないかもしれない。
怒りのあまり視界を真っ赤に染めたまま、母親は獣の姿に身を変え肉食獣に襲いかかっていた。
ハイエナは、腐肉食いと思われている。
しかし、現実には狩りも行うし、賢さも相当なものだ。
自分に駆け寄る大型の獣の姿をひと目見るなり、迷うことなく逃走にかかった。勝てるかどうかの見極めから逃走に至るまでの、躊躇のない判断は神速と言っていい。
その逃走経路を、ジェヴォーダンの獣が予測し、跳躍して塞ぐ。
視野の閉ざされた刈られていない桑畑の中、2匹の獣は声も立てず、嗅覚のみを頼りに死闘というべき逃走と追跡を続けた。
突然の銃声が、2匹の獣の戦いに終止符を打った。
2匹の獣は飛び離れ、一気に逃走に転じた。桑の茂みの中、全力疾走中の嗅覚はどちらも王の狩人を探知できなかったのだ。
何匹もの猟犬が、それぞれの後を追って走りだした。
そして、銃声を聞きつけた父親が、娘を抱き上げたまま家から出てきた。
「どうしたんですか?
なにかありましたか?」
「王命により、この地に来たアントワーヌだ。
狼が畑の中で争っていたので、一発撃ちこんだ。
おそらくは、獲物の取り合いをしていたんだろう。
たぶん、弾は当たっている。
手負いの狼は危険だし、取り合っていた獲物がなにかも想像が付く。
アンタの娘に見せられる光景ではないから、家に入っていろ」
父親は、アントワーヌの物言いに、王の狩人は案外まともな人間だという感想を持った。
なんせ、竜騎兵には懲りている。
「わかった。感謝する。
だが、うちの畑だ。
俺も確認する。
ルーナ、家の中でいい子にしているんだよ。
お父さんはすぐに戻るから。
お母さんも、もう戻ってくる頃だからね」
そう言って、娘をうちの中に入れ、ドアをしっかりと閉める。
父親と、アントワーヌは肩を並べて歩き出した。
「相手が見えない桑畑の中で、弾が当たるって、凄いな。
王の狩人ともなれば、そういう幸運を味方につけているのか?」
「違う。
この銃はウィーンの職人の手作りだ。
銃身の中に螺線が刻み込んであって、命中率も弾の飛距離も、そして威力もマスケット銃とは桁違いだ。
弾込めは大変だが、運じゃなく、狙って当てられるんだよ。
しかも、相手からもこちらが見えなかったからな。動きは恐ろしく早かったが、直線的で予測ができた。2つの気配が重なる瞬間を狙ったから、どちらかに当たっただろう」
父親は唸った。
銃についても、その扱いについても、素直に感心したのだ。
桑畑に踏み込んで数分と経たないうちに、2人は無残な子どもの遺体を発見していた。
そして、複数の巨大な獣の足跡も。
その頃になって、猟犬たちがとぼとぼと戻ってきた。
やはり、獲物を追いきれなかったらしい。
「あんたには悪いが、この子をここに置いておくのは可哀相だ。
さっきの狼が戻ってきて、この子を食い散らかしでもしたら、親御さんが哀れすぎる。
あんたの娘には悪いけど、せめて納屋あたりを使わせてもらえないか?」
「ああ、納屋ならかまわない。使ってくれ」
父親はそう答えた。
王の狩人は、子供の遺体を抱き上げた。
「この子を納屋まで運んだら、俺は村に知らせに走ってくるよ」
「助かる。
不幸な知らせの使者は、誰もやりたくはないのにな」
そう言いながら、父親は畑を突っ切り、納屋に向かって先導して歩き出す。
「そんなことはいい。
それより、娘は絶対に家から出すな。で、娘の母親もいるのであれば、同じく家から出すな。おそらく狼は、まだ近くにいる。
襲われるぞ」
「わかった。
言われたとおりにするよ」
王の狩人は、「加害するものは狼」と信じて疑っていないらしい。
そう思いながらも、父親は素直に答えた。
父親は、納屋の扉を開け、王の狩人を招き入れる。
王の狩人は、古いカイコの飼育台の上に子どもの遺体を置くと、両手を祈りの形に組み合わさせた。
王の狩人も、当然のようにカトリックだった。
2人で、子供の魂の平安を祈る。
それが済むと、王の狩人は犬と一緒に走り去った。
父親は、納屋の扉を厳重に締め、母屋に戻った。
父親の予想していた中で、まさかの、そして最悪の光景がそこにはあった。
次話、獣の旅立ち
なのです。




