第2話 獣、話し出す
じゃ、聞いてよ、ヨシフミ。
私は、フランス南部、ジェヴォーダンの山の中の一軒家で産まれたの。
石造りの基礎と、木造の大きな家。
大きいのは豊かだからじゃない。家業のためだったんだ。
父は人間だったし、母は私と同じ存在だった。
だから、この土地で多くの人たちが従事している麦作と放牧のうち、放牧の仕事はできなかった。
羊も牛も、母に怯えて乳が止まっちゃうし、そうなると子どもが育たなくなってしまうんだよ。
そして、その母のにおいが移った父も、動物には嫌われていた。
その代わりに、父と母が生活の糧を得ていたのは、養蚕だった。
はるばるとシルクロードを渡り、フランスまでカイコは運ばれていたんだよ。
そして、水が少なく、斜面の土地に桑はぴったりなんだ。
それって昔、この辺りでお蚕様が飼われていたのと同じ事情だよね。
で、一時期は洞窟で飼ったりもしていたんだけど、寒いとカイコの成長が悪いので、だんだん家を大きくして室内で飼っていたんだ。
とはいえ、現代の日本と違って年に1回しか飼えないし、絹糸を紡ぐまでやっても、豊かな生活とはとても言えなかった。
今でも過疎の地域だから、故郷に帰れば石造りの基礎だけは残っている。そこで目を瞑れば、ありありと家の姿が浮かぶよ。
北斜面で、麦と桑に囲まれて、すごく眺めが良かった。山岳地帯だから平らな場所はとても少なくてね、谷を挟んでまた山が連なっているんだ。
そんな風景の中で、父さんが荷車で桑を運び、母さんがそれをカイコに食べさせる。
父さんが畑を耕し、母さんが燻した繭から糸を引く。
けっこう私、お手伝いもしたんだよ。
穏やかな毎日で、母さんが獣の姿になることもなかった。
もうね、そんな日々が、ずっと続くと信じていたんだ。
ああ、こんなこと、誰かに話すのは初めてだよ。
私ね、成長が遅いのよ。
人間に比べて、20分の1くらいかな。とはいえ、赤ちゃんのときは速かった。ってか、そうでないと赤ちゃんのまま10年もいることになる。野生の世界でそんなの、他の動物に食べられちゃうからね。
だから、山の麓の集落で、同時期に生まれた普通の人間の子どもたちと、おっかけっことかして遊んだりもしたこともあったんだよ。
あの頃は良かったなぁ。
もう、誰も、誰ひとり、生きていないんだけどね。
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ん、ヨシフミ、「待って」ってなに?
あ、自動販売機で、ペットボトルを買ってきてくれたの?
温かい飲み物って、いいよね。
ありがとう。
あ、うん、大丈夫。
気を使わせちゃったね。
泣いてないよ、大丈夫。
うん、話、続けるから。
次話、ジェヴォーダンの獣の物語り
なのです。




