後編
「自分のでもない子供を引き取って育ててるんだろ? 俺には無理だわ。すまん」
「そう、ですよね」
「んじゃ。……あのさ、いつみ。今どき独身子持ちと結婚したい男なんていないから」
「え」
「俺、育てるなら自分の子供が良いし」
いつみは、意識が浮上すると同時に目を開けた。昨日の振られた場面を一部始終夢に見てしまうとは、余程ショックだったのだと思う。机に突っ伏したまま、ため息を一つ。胸の奥がズキズキするのはあの言葉のせいだろうか。
「ママ? 大丈夫?」
体を起こすと、すでに着替えた上にエプロンをつけたあいみが心配そうにしていた。
「あ、ごめんなさい。もうこんな時間でしたか」
そう言った瞬間、体にかかっていた毛布が床に落ちた。テーブルの上は綺麗に片づけられていた。
「奏介さんは」
「昨日の夜、わたしがトイレに起きた時に帰ったよ。ママ、お酒の飲み過ぎはダメだよ」
「そうですね」
いつみはあいみの頭を撫でた。
「朝ご飯、作りましょうか」
あいみはため息を吐いた。
「もう作ったよ。ママが寝てる間に。早く顔を洗ってご飯食べちゃってね」
「はぁ」
もはや主婦並みだった。一人暮らしも出来てしまうだろう。
いつものように目玉焼きとパンが焼かれていた。
あいみの手を引いて、マンションを出る。
「気を付けて行ってらっしゃい」
「うん、ママもお仕事頑張ってね」
道の途中であいみと分かれた。
走っていると、スマホが鳴る。電車に乗り込んで画面を確認する。
「奏介さん……」
昨日の酔ったいつみを心配して連絡をくれたようだ。ぼんやりと覚えているのは、彼氏に振られた自分を励ましてくれたこと。なんの迷いなく、堂々と良い人は見つかると言ってくれた。
いつみはふっと笑って、
「ありがとうございます」
スマホを強く握り締めた。
その日から、たまに奏介が訪ねてくるようになった。聞けば、あいみが呼んでいるらしい。
そして、夜遅くまで晩酌に付き合ってくれる。
とある日の深夜のこと。
「それでですね、会社の同僚に言われるんですよ。姪を育ててるのは偉いと思うけど父親がいないのはどうかと思う。いっそ里子に出して両親そろった家庭に預けるのが一番いいんじゃない? だなんて。子どもに父親は必要ですけど、里子に出せって。他人が言うことではないでしょう?」
目の前の奏介は頷いて、
「それは無神経ですね。きっとあいみちゃんは両親そろった家庭より、いつみさんを選ぶと思いますよ」
いつみは悔しそうにする。素の時はそこまで感情を出さないが、酔うとこうなるらしい。
「皆、あいみのことを何だと思ってるのでしょうか。わたしがどれだけ悩んであの子を引き取ったか。……わたしは、あいみに余計なことをしたんでしょうか。もしかすると、そういう施設に預けた方が彼女にとって幸せだったのでは」
「いつみさん」
見ると奏介は真剣な表情だった。
「いつみさんがあいみちゃんを引き取ったのは、その選択は……間違ってないですよ。凄く良い子に育ってるじゃないですか」
「……ありがとうございます」
「だから、悩まないで下さい。あと」
そこで初めて奏介が照れくさそうにする。
「俺は、いつみさんは魅力的だと思います。綺麗ですし」
「! なんだか、口説かれてる気分ですね」
「いや、そんなつもりは」
奏介は手を振って、
「とにかく、自分の選択に自信を持って下さいね。あいみちゃんは今幸せだと思います」
涙が溢れてきてしまった。誰かにそう言って欲しかったのだろう。
「はい。……奏介さん、今日は飲みましょう。わたしが許可します」
「未成年なんですって」
「つまり、ビールの方が良い、と?」
「お酒の種類の問題じゃないです」
「わたしの酒が飲めない、と?」
「ド定番の酔い方しないで下さい……」
下らない愚痴でと嫌がることなく。
翌日は休みだったので街中で奏介と待ち合わせをする。あいみの服やその他買い物をするのだ。
駅前で待っていると奏介が小走りにかけてきた。
「お待たせしました」
「そうすけ君、時間ぴったり」
あいみが嬉しそうに言って、奏介とハイタッチをする。
「あいみの服を選びたいので駅ビルに」
「わかりました」
三人そろって歩き出そうとした時、
「!」
いつみははっとした。前から歩いて来るのは先日自分を振った彼氏だった。
女性を連れている。
と、彼もこっちに気づいたようだ。
「あー、子連れいき遅れおばさんか」
「え、何? いきなり失礼じゃない?」
彼女が苦笑気味に言う。
「ほら、あれが元カノ」
「あー、そういうこと」
こちらに聞こえるように言って通りすぎる。
いつみは唇を噛み締める。すると奏介が、
「あぁ、あれが三股してた元カレですね? あの女性を選んだんですねー。三人目とは別れたんでしょうか?」
元カレ達が立ち止まる。振り返った彼女は複雑そうな顔、そして元カレの方は顔を引きつらせていた。
「おい、お前」
奏介の前に歩み寄ってくる。
「何適当なこと言ってんだ!?」
「あなた、誰ですか? 初対面ですよね」
「は? 今」
「今なんですか? あなたの名前すら知らないんですけど?」
「惚けんなよ。三股してただ? 今の彼女とは一昨日付き合い始めたばっかなんだよっ」
奏介は鋭い視線を送る。
「先に子連れいき遅れおばさんとか言って喧嘩吹っ掛けてきたのはてめぇじゃねぇのか?」
ドスのきいた声に元カレが怯む。
「そ、それは」
「黙って無視して通り過ぎろよ。わざわざ悪口言っといて、言い返されて何キレてんだ。喧嘩売ってんだろ?」
「っ!」
「今この場で、いつみさんの悪口を言う必要があったのか? なんで言ったんだ。理由を言えよ」
元カレ一歩後退。
「俺が納得する理由をここで言えって言ってんだよ」
睨み付けてやると、男は舌打ちをして踵を返した。
「あ、竹広さん」
いつみが彼の背中に声をかけた。顔だけで振り返る元カレ。
「悪口が小学生レベルですね」
何も言えず、彼は逃げるように去って行った。
「……ありがとうございました。相変わらずですね、奏介さん」
「知り合いが言われて、黙っていられない性質なので」
「奏介君、格好よかったよ!」
「そう?」
買い物が終わり、奏介といつみは駅ビルのトイレに行ったあいみを待っていた。
客は途切れ、トイレに続く通路には二人だけ。
「奏介さん、わたしとあいみを受け入れてくれる男性は本当にいると思いますか?」
「え? それはもちろん」
いつみは奏介の顔を見、視線をそらした。
「それは……奏介さんだったりするんでしょうか」
奏介はしばらく固まって、
「え、あの」
「わ、分かっているんです。年齢は離れているし、奏介さんだって、同年代の娘の方が良いですよね」
「いつみさん」
奏介が目の前まで来ていた。
「いつみさんは俺なんか相手にしないでしょ?」
少し複雑そうな顔だった。
「まだ未成年で学生だし」
「そんなこと、ないですよ」
そして奏介は照れたように、
「本気にしますよ?」
「ええ、良いですよ」
いつみはそっと、奏介の手を握った。
数年後。
奏介といつみは教会の扉の前に立っていた。ウェディングドレス姿のいつみをちらりと見た奏介は真ん中にいるあいみの手を少し強く握る。
「奏介、緊張してますか?」
「……もちろん。でもいつみとあいみと一緒だから」
あいみは奏介といつみを交互に見、
「大丈夫だよ、パパママ。わたしがついてるし」
「一番緊張してないよな」
「パパ、さっき手が震えてたよ?」
「ママだって一緒だろ?」
「残念、ママはいつも通りだよ。パパだけ」
三人で笑い合う。
目の前の扉がゆっくりと開いて行く。
ラブ“コメ”?笑 なんか、上手く書けなかったです。すみませんっ。
一応完結にしましたが、ネタが思いついたら連載中に戻して新しい話を上げるかもです。未定!
リクエストありがとうございました!