異世界に転生したら、なぜか初対面で帝国皇子に求婚された。私、未成年なんですけど。結婚なんてまだ早いんですけど!? でも結婚しないとは言ってない!
リハビリ&気分転換に書き書きφ(..)
短いお話ですが、どうぞ(*´艸`*)
「結婚しよう」
「……あのね」
「今すぐ結婚しよう」
「出来るわけないって何度言えばいいのかしらね」
もう幾度吐いたかわからないため息を、フィオナ・アルフォードは深々と吐いた。しつこく求婚してくるエルバート・ハーディは、打たれ強いのか何なのか、まったく堪えた様子もなく跪いたまま指輪を差し出している。
「希少なレッド・ダイヤモンドで作らせた。受け取ってくれ」
「エルバート。あなたご年齢は?」
「二十五だ」
「じゃあ私の年齢はご存じ?」
「勿論。一昨日十二才になったばかりじゃないか。贈り物は気に入ってもらえただろうか」
「十二才の小娘に別荘一棟プレゼントするのはおかしい」
「……もしかして、気に入らなかったか?」
「いいえ。とても気に入ったし、嬉しかったわ。でも子供に贈るには不適切」
他国の広大な森を含む湖畔の別荘を、十二才の小娘の誕生日祝いに贈ること自体おかしいと気づいて。
「そうか。気に入ってもらえて俺も嬉しい」
褐色の肌に映える真っ白な歯を覗かせて嬉しそうに笑う。常ならば強面の印象が強い、鋭い狐目の目尻が下がって、冷徹な金の瞳が柔らかくなった。
大人の色気が急に増したように思えて、フィオナはほんのり紅くなった頬を誤魔化すようにコホンと咳払いをひとつする。
「レッド・ダイヤモンドなんて希少過ぎる宝石も、十二才の子供には相応しくないでしょ?」
「そんなことはない。君の瞳と同じ色なのだ。フィオナ以上にこの宝石に相応しい者はいない」
真っ直ぐと向けられた眸が、偽りなどひとつもないのだと雄弁に物語っていた。
金の髪と瞳、そして褐色肌という、異国の皇子の特徴を持つエルバートと出会ったのは、三週間前に開かれた国際親善の宴の席だ。外交官である父親と共に出席した際、フィオナを見るなり「出会えたのは運命だ」と宣って、その場で求婚された。
思わずぽかんと呆けてしまったフィオナに代わり、父親のアルフォード侯爵やハーディ帝国の特命全権大使が婚姻は出来ないと窘めたのだが、エルバートはフィオナを正妃として帝国に連れ帰ると一点張りだった。
最初は畏れ多いとファーストネームの呼び捨てや気安い口調を断っていたフィオナも、何を言っても暖簾に腕押し、糠に釘を体現するエルバートに、遠慮するだけ馬鹿馬鹿しくなって取り繕うのを止めた。
あれから三週間、毎日毎日アルフォード侯爵家に会いに来てはめげずに求婚してくる。エルバートが国に滞在できる期間はあと一週間余りだが、フィオナには、彼の求婚に頷けない理由があった。
「フィオナ。国に連れて帰りたい。どうか受けてくれないか」
「だから、それは無理なの」
「何故だ。俺が嫌いか?」
「嫌いじゃないわ」
「じゃあ好きか?」
「なんで二択しかないの。もう……好きか嫌いかの二択しかないのなら、好きよ」
「俺も好きだ。結婚しよう」
「ループじゃない」
フィオナは軽い眩暈を覚えた。話がまったく通じない。
「フィオナ。俺は来週国へ帰る」
「ええ。知ってる」
「フィオナを置いて行けない」
「だから、それは」
「お願いだ。俺と一緒に国へ帰って結婚すると言ってくれ。でないと俺は、フィオナを眠らせて連れ帰ることになる」
「怖いこと言わないで! 誘拐は犯罪だからね!?」
「帝国領の別荘に連れていった時に、そのまま連れ去ればよかったか」
「だからそれは犯罪!」
帝国に連れていくのは大前提で、フィオナの意思が尊重されるかされないかの違いでしかないと、さらっと犯罪も辞さないと宣言されたフィオナは、空恐ろしさからぶるりと肩を震わせた。
「出来れば無理やりは避けたい。だから受け入れてほしい」
「エルバート。もう何度も何度も説明しているけれど、ちゃんと飲み込んで。結婚はできないの」
「駄目だ。断らせない」
「そうじゃなくて、この国では十二才はまだ未成年なの」
「帝国でもそうだ」
「そうなの? ちょっと待って。じゃあ何で結婚しようなんて」
「皇族は十二才から婚姻できる」
血を多く残すことが第一の務めだから、未発達な肉体と精神であっても娶せるのだとエルバートは言った。
「だから、帝国ではフィオナにも婚姻の資格がある」
「ちょ、ちょっと待って」
「断るなんて言わせない。国に残るなんて許さない。他に婚約者を立てるなら俺はそいつを殺すだろう」
「怖いってば!」
段々と物騒な発言が増えていく。
フィオナはミルクティカラーの髪を背中に払って、こちらの話を聞かないエルバートをキッと睨んだ。
「誰も結婚しないとは言ってないでしょ!」
「―――――え?」
剣呑に吊り上げていた金の双眸がくっと見開かれた。
「私の生まれ育った国では、私はまだまだ未成年なの! 帝国の皇族がどうのとかじゃなくて! 未成年だから婚姻はまだ早いって言ってるのに、全然話通じないし! まだ早いってことは、イコール結婚しないってことじゃないのよ! わかった!?」
「は、はい」
ふん!と鼻息荒く腕を腰に当て、ぷりぷりと怒っているフィオナに気圧されたエルバートは、反射的にこくりと首肯してしまった。
「いいこと、エルバート? 私は少なくとも十六才まで結婚したくないわ。この国で成人したと認められる年齢までは結婚したくない」
日本で社会人として生きていた記憶のあるフィオナは、それでも早すぎると感じている。出来ればあと十年は自由でいたい。でも十年経てばエルバートは三五才だ。二十五才の現在でも妃の一人も持たないことは奇跡に近い。
エルバートには猶予がないのだとわかっている。だから強引にも連れ帰って婚姻を結ぶと言っているのだろう。相手が十二才だろうと、構っていられないほどには焦っている。
「ねえ、エルバート。どうして私なの? 一目惚れなんて生易しい感情じゃないことくらい、私にもわかるのよ?」
成人しているご令嬢を望めばすんなり交わされるだろうに、どうして未成年の、まだいろいろと未発達な十二才の小娘を選ぶのか。
「……………」
「エルバート」
「……………君が、前世での妻だから」
「え?」
前世での、妻? フィオナには、エルバートが何を言っているのか理解できなかった。
「わからないか? 俺は一目でわかった。首筋に三角形の黒子。前世の、日本で妻だった紬と同じ黒子だ。君は紬で間違いない」
「え……」
紬と呼ばれて、フィオナはぴしりと固まった。
待って。ちょっと待って。日本? 前世? まさか。
「―――――陽?」
「! ああ! ああ、そうだ! やっぱり紬だ!」
「嘘……なんで……」
「紬……!!」
力強い腕に絡め取られながら、フィオナは混乱した。陽は確かに前世で夫だった。自分がこの異世界に転生したのは、前世で生を終えたからだとわかっている。じゃあ陽は? 紬はまだ三十にも届いていなかった。同い年だった陽が、どうして同じようにこちらへ転生しているのか。
「陽……あなた、まさか死んだの……?」
エルバートは抱き締めていた腕を緩め、フィオナの不安と恐怖に揺れる瞳を見つめた。
「紬。君は前世での最後をどこまで覚えてる?」
「どこまでって……」
「君は年末に実家へ帰省するため、車を運転していた」
「ええ、覚えてるわ」
「俺は前日の忘年会の酒が抜けてなくて、助手席で転た寝してた」
「助手席……」
「あの日は例年より気温が低く、路面が凍結している場所もあった」
「あ……ああ……」
二人には、まだ子供はいなかった。三十歳になったら一人だけ作ろうかと、そんな話をしていた。
あの日はとても寒くて、至る所でアイスバーンが発生していた。安全のため、途中のガソリンスタンドでスタッドレスタイヤに交換してもらうつもりだった。
ガソリンスタンドの看板が視界に入って、気が緩んだのかもしれない。いや、どうしようもなかったのかも。
乗り上げたアイスバーンで車体が左右にぶれ、焦ってハンドルを切ろうとした。飛び起きた陽がシートベルトを外して運転席に乗り出し、ハンドルを固定しつつブレーキを複数回踏んでいく。左右に揺れていた車体は右側にスリップし始め、陽はハンドルを右に固定し直してタイヤのグリップが戻るのを待った。
速度が落ちて、センターラインを跨いだ状態でようやく止まった。互いに肺が空っぽになるほど安堵の息を吐き出し、無事を確かめ合った、露の間。
一瞬の出来事だった。あ、と気づいた時には、同じようにスリップしたトラックが眼前に迫っていた。
「は、陽……」
「そうだ。あの時、俺と紬は車ごとトラックの下敷きになった」
「下、敷き」
「紬は即死だった。俺は……二日後に死んだ」
ああ、とフィオナが顔を覆う。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私がスタッドレスタイヤに換えてから家を出なかったから、陽まで死なせてしまった」
「違う」
「あの時、確かに車は停止したわ。陽は冷静だった。なのに、トラックが。タイヤさえ換えていれば、スリップ事故で横転したトラックに突っ込まれることもきっとなかったのに」
「違う」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「違う。紬。フィオナ。君のせいじゃない。二日酔いで換えなかった俺のせいだ。君が、苦しみが続かず逝けたことが唯一の救いだった。あの世に逝ったら君を探そうと思っていたんだ。でも、目が覚めたら異世界に転生していた」
絶望した。紬のいない世界で新たな生に感謝などできなかった。でも、見つけた。姿は違っても、紬だと確信できた。まだ十二才の少女だが、フィオナを、紬を残して帝国に戻るなど考えられなかった。
強引だとわかっている。勝手なこと言っている自覚もある。フィオナは覚えていないかもしれないのに、寧ろ前世の記憶を持っている可能性の方が低いというのに、フィオナに選択肢を与えたくなかった。紬を取り戻したかった。だって紬はフィオナで、フィオナは妻だったのだ。愛した妻をようやく見つけたのに、エルバートは他の男に奪われるなど考えたくもなかった。
国が違うからなんだ。年齢差がなんだ。
紬は、フィオナは誰にも渡さない。同じ時代、同じ世界に生まれ直し、互いに前世の記憶があるならこれは運命だろう。運命のはずだ。
向けられる、希う強い双眸に、恋い焦がれる切なさに、フィオナはキュッと胸が締め付けられた。
「フィオナ」
結婚してくれ、と。
三週間言われ続けた台詞だが、エルバートが陽だと知った今、込められた想いがまったく違うものに感じる。
フィオナでなければならない理由。
フィオナだからこそ望まれる理由。
ああ、と今一度フィオナは顔を覆った。
伝えるべき言葉は、フィオナも先程までとは違ってくる。
「はい……はい、エルバート」
「フィオ、ナ……?」
「もう一度お嫁さんにして、陽」
「紬……!!」
抱き上げようとした、その時。
でも、とフィオナが言葉を続けた。
「結婚は三年待ってね?」
「え。」
「まだ早い」
「ええ~……」
エルバートが準備していたレッド・ダイヤモンドの指輪を左手薬指に通して、ゆるゆるだったことに笑った。
やっぱりあと三年は必要かな?
ひろろさん、お題ありがとうございました(((o(*゜∀゜*)o)))