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非日常に振り回される、在り来たりな日々の冒険譚 番外編  作者: SUNA
番外1 在りし日々の冒険譚
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番外1 人生初のVRMMOの始まりの日・6 ~想像と違うんですが、身分証発行ってこんな形でするもの?~

 番外1 人生初のVRMMOの始まりの日・6 ~想像と違うんですが、身分証発行ってこんな形でするもの?~


「さて、聴取も褒賞の受け渡しも済んだ所で、君は身分証の発行が未だだったね? 冒険者ギルドでの登録で良いのなら、丁度隣だ。案内しよう」


 報奨金の受け渡しも済んだので、そろそろ暇を申し出ようかとしたタイミングでそれよりも先にキルディエさんが口を開いたのだが、……うん? 自分はこの後は街への散策に出るつもりだと言っていた筈だが。


「えっと、お気遣いは有り難いですが、今は込み合って居そうなので身分証はまたにします」


 何よりキルディエさんに案内されたら、ここに来るまでの二の舞……視線の悪酔いはもう結構です。


「キリーは振られたな? ならばオレが取り図ろう。ここで待っていてくれれば、ギルド長と必要な物は()()()()()


 ……え? ギルド長を何だって? 


「……その手があったか。確かにこちらから向かうには、どうしても人目は避けられないからな。ならば良し、今回はそちらに譲ろう。私たちはクラヒ君とお茶をして待っているから、手配は頼んだ」


 頼むの? そんな簡単に頼めることなの?


「待ってください! ここで身分証の登録と発行をするために、冒険者ギルドのギルドマスターと他に必要な物も……揃えさせる? って言いましたか? それって普通ではないですよね?」


 あれ? 自分の方がおかしいのか? ここに居る4人共が何を今更って顔をしていらっしゃる。


「あぁ、勘違いをしないでくれ。君が普通ではないとかそうではなく、単に私たちは冒険者ギルドとも懇意にしているし、この程度は問題ない」


「え? こんな時ですし、忙しい――」


「ないな。それはないよ。得てして“長”とつく立場なんて優秀な下を上手く使ってどれだけ仕事を円滑に進めるか、だ。緊急時でもない限り、指示を出すだけ出して暇してる方が多いだろうな。アイツもそのタイプだし、幾ら来訪者の対応が初めてだとは言え、多少のイレギュラーやトラブルはあってもその程度で忙しくなることはまずない」


 被せ気味に否定はされたが、ならいいか。には、ならないからね!


「仮にギルドマスターが、暇をされているとしてもですよ? だからと言って自分がそれを受けていい理由にはならないかと思うのですが」


 いくら目立たなくても、誰に咎められなくても、真面目に順番待ちをしている人がいると思うと尚更に自分の良心は痛むよ。


「クラヒ君は正直者だね。だが、冒険者になるのならある程度は他を出し抜いてもチャンスを掴む強かさは必要だろうし、何より相手の好意を素直に受けても、悪い事でもあるまい? 今回は大事に至らなかったとはいえ、こちらの不手際もあった上での詫び……にはならないが、まあそう言った意味合いが無い訳でもない」


 詫びは十分に装備で返してもらったと思っていたし、結果的に褒賞金も出て自分にマイナスは無かったが、確かに好意を無碍にし過ぎるのは失礼なのかな。


「クラヒ君、深く考えなくていいよ? こっちが勝手をしているだけだから、このまま美味しいお茶とお菓子に舌鼓を打ってくれれば、そのうち終わるから。ってことで、お代わりいる? 今度は少し濃くなってるから、ミルクが合うと思うの」


「そう言う事です。では、早々に手配を頼みましたよ?」


 ミルディさんはカップにお代わりの紅茶を注いで、ヒルビズさんは既にお代わりした上で自分の隣の男性を急き立てているし、キルディエさんも優雅に紅茶を楽しんでいる様子。


「む? ここはオレも人を使う所だろう。カミシナ、聞いていただろう? 直ぐに手配を――」


「嫌です、ご自分で行ってください。私は、ここでお茶して待ってます」


 …………えっと?


「初めまして、クラヒさん。私は大変不本意ながら、ここの統括補佐をさせて頂いていますカミシナと申します。今回はこちらの不手際で大変な目に遭われたとか、心よりお詫び申し上げます。ですので、先程この場で話していましたことは気になさらず、ミルディの言ったようにお茶とお菓子で寛いでいただければ。お代わりをお持ちしました」


 いきなり現れて、男性の言葉を何の躊躇いもなく断った明るい緑の髪をショートにした女性は自分の左隣に膝を付いて自己紹介をはじめ、そして手品ですか? と聞きたくなる手際でテーブルの上に新しい紅茶のポットとお菓子を出して見せた。色々ツッコミどころが満載だが、気にしたら負けな気がする。


 キルディエさんも中々のプロポーションだが、こちらの女性もタイトな制服な為か何処がとは言えませんが強調され、目のやり場に困ります。


「ご丁寧に有難うございます。名前は伝わっていた様子ですが改めて、自分は来訪者のクラヒです。お茶とお菓子のお代わり有難うございます」


 何とか自分も自己紹介をすれば、何故かカミシナさんはそのまま自分の左隣に腰を落ち付ける。宣言通りにここでお茶をするのかな?


「あら、まだいらしたんですか? いくらゆっくり寛いで頂くとはいえ限度はありますし、早々に行動に移されては?」


 反対隣りで呆けた様子の男性に、こちらも急き立てるような言葉と冷たい視線が。


「くっ、ならば使えるのは……リギナか?」


「何を阿保なことを、唯でさえここ数日使い物にならなくなったアレを解放する、だと?」


「そうですよ、今解放したらワタシの苦労が水の泡です」


「それ以前にアレが大人しくお使いに出ると思うんですか? 信じられません」


「ですわ。ここは大人しくご自分で脚を運ぶのが最良でしょう? そんな判断も出来ないなんて大丈夫ですか?」


 自分で動くのは嫌なのか新たな案を出した男性にすぐさま返される返答は、どれも冷たい。なんか申し訳なくなってきた。


「あの、やはり今回は身分証は――」


「ふふふ、客人に気を遣わせるなんて、本当にどうなんだ?」


「情けないことこの上無しですね」


「格好付けのつもりですか? 逆に恰好悪いです」


「えぇ、クラヒさんに良い所を見せたかったのかは知りませんが、見苦しいですよね」


 何だろう、自分が庇えばより酷くなるパターンか? こういった時はどうすればいいんだっけ?


「ふぅ、仕方ない。では少しばかり席を外すが、紅茶と菓子は残しておいてくれよ?」


 そう言って男性は部屋を出て行った。


「お見苦しい物をお見せし済みません。あの人の事はあまり気にしないで頂けると助かります」


 扉が閉まったのを見届けての第一声、そんなことを言われても返答に困るのだが。


「初対面の君は困惑するかもしれないが、普段からこんなものだと思ってくれればいい。仕事は出来るし、尊敬する所もあるのだがな」


「何にしろ、戻るまでに時間は掛かりませんよ」


「良かったら、こっちのお菓子も食べて見て」


 そもそもに職場の人間関係なんで自分が口を挟める内容ではないし、分かり合った上でのやり取りであるのなら問題はないだろう。


「分かりました」


 普段からこういうものだと言われれば、自分が気にしても仕方は無いので頷いて、勧められた菓子に手を伸ばす。


 それにしても、こちらの住人は個性豊かだよね? 本当にゲームの中のNPC(AI)なのを忘れそうになるよ。


  ◇ ◇ ◇


 勧められた菓子は軽い触感のマカロンのような、挟まれていた甘酸っぱいジャムと生地との相性、そして新しく用意された柑橘の香りのする紅茶とも相性がばっちりです。


 色とりどりの菓子に目をやり、次の物へ手を伸ばそうとしてハタと気付くのだが、視線が……。いや、それぞれに菓子やお茶を堪能している風ではあるのだが、何故か注目を浴びている様で。


 勧められるままに手を伸ばしてしまったが、食事をしたばかりなのに、食べ過ぎたか?


「……えっと?」


「ん? あぁ、済まない。美味しそうに食べるなと、ついな」


 代表してキルディエさんが答えてくれたのだが、え? 他の方も頷いているんだけど、そんな理由?


「……実際に美味しいです」  


 自分がどんな顔で食べているのかまでは分からないが、そんなに表情に出ていたのだろうか。


「食べて頂くために用意したのですから、遠慮せずにどうぞ」


 そうして今度はカミシナさんに勧められ、ここで断るのも悪いのかと、菓子に手を伸ばし掛け――何か微妙な空気の揺らぎがあったような違和感が。


 バンっ!!


「っひにゃ!?」


 ビックリして変な声出ちゃったよ。心臓がバクバクしてるのが分かるなんて、無駄にリアルな表現力ですね。


 見れば、大きな音の正体は開かれた扉で、そこには隻眼の腰下までありそうな赤髪を三つ編みにしたワイルド系な女性が。


 手はポケットに入れている様子から、扉は蹴り開けたのかな? そのままズカズカと寄って来たと思ったらさっきまで男性の座っていた自分の右隣にドサリと座ったのだけど。


 この方が冒険者ギルドのギルドマスターだったりするのか?


 誰も何も言ってくれないんだけど、その上こんな状況なのに自分から視線が外れないので、大変に居心地が悪いです。


 因みに、これは気のせいであってほしいんだけど、キルディエさんの雰囲気が……初対面のあの変貌した時に近いような? 怖くてそちらは見られません。


「はじめまして、自分は来訪者のクラヒと言いますが、……貴女は?」


 視線に耐えかねて右隣を向きながら声を掛けてみました。


「態々呼びつけられて、どんな奴かと思ったが……、まぁコレなら仕方もないか」


 微妙にスルーされた? ってか、コレって……仕方ないって何が?


「言い方は気になりますが、納得されたのでしたら手続きを早々に」


 ヒルビズさんが促す内容からも、この方がギルドマスターで間違いはなさそうだけど動く気配はありません、自分にどうしろと?


「警備のシフトを強引に変えさせたのも、いつも以上な気迫で仕事を終わらせたのも、わざわざ時間を作って菓子を手作りで用意したのも、やたらと隊舎を抜け出したがって捕縛されていたのも、全部コレの為か……」


 半ば独り言の様な言葉に反応する御三方と、我関せずでお茶を飲んでいるカミシナさん。最後の捕縛云々は知らないが、やっぱり忙しい所を無理させてしまった感が半端ないよ? ってか、この菓子たちはミルディさんの手作りだったの?


「身分証発行は吝かではないが、少し待て。今、必要な物をタルトが揃えていてな……発行するための全てが揃っている場でなら手間も無いが、移動させるとなると多少なりと時間は掛かるのは仕方あるまい?」


 そうですよね? 大変申し訳ないが、今更必要ありませんは、もっと失礼かな。


「はい勿論です。私事で、お手間を取らせてしまい済みません。貴重な時間を割いて頂きありがとうございます」


 頭を下げた自分に、警備隊側は微妙な空気だが、ギルドマスターは満更でもない様子。


「ふむ、それなりに弁えもある、か。何、今のはそいつらに対する嫌味だ、君は気にするな……と言うか、まぁ、反応を見たくて敢えて言ったのもあるからな。遅くなったが、私はこのヴァスリンの冒険者ギルドのギルド長をしているスティアナだ。君のこれからの活動に期待しているぞ?」


 そう言って差し出された右手を、同じく自分も右手で取る。


「期待に添えるかは分かりませんが、自分のペースでなるべくご迷惑は掛けないように頑張っていきたいと思います」


 大変すばらしい笑顔です、でも、この手はいつ離して貰えるんだろう?


「スティアナ? いつまでクラヒ君の手を握っているつもりだ?」


「何だキルディエ? 羨ましいなら素直に言えばクラヒ君も手位は握らせてくれるんじゃないか?」


 何か自分を挟んでバチバチしてる。否、揶揄ではなく物理的に何かのスキルなのか火花が散ってるんだよ?


「貴様は何を言っている? そういう問題ではない、強制猥褻で捕縛されたいかと聞いたんだ」


「そっちこそ何を言っているんだ? 強制? 本位でなければ振り解くだろう?」


 いや、さっきから離して欲しいとは思っているし、一応手は引いているのだけどびくともしないって、どれだけの力さ。普通に放して欲しいと言えばいいんだろうけど、こうもバチバチやられてると変な所に飛び火しそうで言い出すタイミングが掴めないし。


 慣れたものなのか、2人がこんな状態でも周りはマイペースで普通にお茶を楽しんでいらっしゃる? 単純に飛び火を恐れてかもしれないけど、自分の手はいつ解放されるのだろう。


 コンコンコン。


「どうぞー」


 お? さっきの男性、ではなさそうだけどこれで話が進むかな。


「失礼しますよ? お待たせしてすみません、言われた身分証発行の為の一式揃えてまいりました……って、何してるんです!?」


 入って来たのは見知らぬ男性だが、言葉から先ほどスティアナさんが言っていたタルトさんだろうか。青髪をショートにした優しそう? な雰囲気の方でこちらもズカズカ近寄って来たと思ったら――。


 スパーン! 


 多分アイテムボックスから取り出しただろうハリセンで、良い音をたててスティアナさんさんの頭を叩いてくれました。


 見かけによらず、手が早いんですね?


「上司の頭を叩くとは……」


「他所で、それも客人に迷惑を掛けないで下さい!」


 スティアナさんは大して動じた風ではないが、不満はあるようで、それでも自分の手は解放して乱れた髪を直している。この雰囲気からいつもの事なのかな?


「えっと、有難うございます。それと身分証の発行を依頼することになったクラヒです、何かお手数をかけているようで済みません」


 そう声を掛ければ、視線は自分に。値踏みをされているようで居心地は悪いが、迷惑を掛けている自覚はあるので、仕方ないのかな。


「ふむ、手数は確かにそうですが、この顔ぶれを見れば、貴方が言い出したことでもなさそうですし、ここは甘んじておけばいいですよ。それに、あちらに居るよりは有意義そうですので気にしないで下さい。申し遅れましたが、ギルドマスター(それ)の補佐をして差し上げているタルトロットと言います、何か困った際には名指しで声をかけ下さい、便宜します」


 雰囲気を一変、にこやかに話掛けられたので頷いて返したが……こっちのが有意義って、冒険者ギルドって今どうなってるんだろう? それにギルマスの補佐を名指しって……しないよ?


「では早速ですが、登録は済ませてしまいましょうか?」


 カミシナさんがずれて空いたスペース、自分の左隣に座ったタルトロットさんは、再びアイテムボックスからだろう、文様の刻まれた一つの立方体と何枚かの紙とペンを取り出しセンターテーブルの上に。つい今まであったお茶のセットは綺麗に避けられているが、いつの間に?


 傍観に徹している警備隊の皆さんは、自分の分は確保してある様子で、さらにスティアナさんもいつの間にカップを用意したのか、ちゃっかりお茶を飲んでいるアイテムボックスから出した気配も無かったが、最早手品だ。


「登録手数料は銀貨1枚ですね。ではこちらの機械に手を翳してください、その後、こちらの書類一式の記入をお願いします」


 タルトロットさんに登録料を手渡し、機械と言われたがどう見ても石っぽい立方体に、抵抗する理由もないので言われた通りに手を翳せば淡い光が灯る。


 その後は書類一式に記入を済ませれば、一組のドッグタグを渡された。


「それが冒険者の身分証だ。偽造は出来ないし、盗難防止機能付きで壊すことも出来ない様にできている」


 つまり成りすましとかの不正は出来ませんよってことか。


 受け取ったドッグタグは首に掛けておく。色々反則に近い予期せぬ形ではあったが、何にせよこれで身分証は手に入り、改めて『冒険者のクラヒ』になれた訳だ。


「ありがとうございます! 急ぐつもりはありませんでしたが、こうして手に入ると嬉しいですね」


「喜んでもらえたのなら何よりだ」


 優雅にお茶を飲むキルディエさんが頷き、他の皆もまんざらでもない様子です。


 これで要件も済んだし、長居もしてしまったのでそろそろ暇をしようかな。


「えっと、色々と有難うございました。自分はそろそろ――」


「何を言っている? まだ説明が終わっていないだろ?」


「でしたらお茶とお茶請けのお代わり用意しますね?」


 確かに、説明は聞いておかないと困るのは自分かもしれないのでスティアナさんの言葉はもっともだけれど、それでもこれ以上の長居はするつもりはないと言う前に素早く立ったカミシナさんは呼び止める間もなく、応接室の外へと行ってしまった。


 ……あれ? まだまだここからは出られなさそう?

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