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銀花、煌めく  作者: 森戸玲有
二章
8/57

弐 【花影の秘密】

◆◆◆


 目を覚まして、まず感じたのは、後頭部の鈍い痛みだった。

 続いて、肌を刺すような冷たい風を感じて、眼前に浮かぶ赤い空に驚いた。


(ああ、そうだった)


 あれは、戦の証。

 王宮には火が放たれ、夜空にまで炎と煙が立ち上っているのだ。


(夢じゃなかったんだ……)


 やけに、顔の辺りがすうっとすると思ったら、頭巾がない。


「なっ!?」


 慌てて、体を起こす。

 先程と同じ雪に閉ざされた風景なのは、変わらない。

 ……が、白い雪を被った長細い石が所々、無数に並んでいることを確認した花影は、自分の意識がないうちに、枯れ井戸を伝って外に出たことを知った。


「着いた……の?」


 ここは、王宮を『聖域』としていた過去の時代の墓場だ。

 身寄りのない侍女や官吏などを極秘裏に葬っていた場所だった。


「ああ、良かった! 先生、気づかれたんですね!」


 呆然となっていた花影を、横から攫うようにして抱きしめたのは、丁李だった。


「丁李。……私は?」


 その時になって、花影は丁李の外套の上に、自分が寝かされていたことに気がついた。


「もう、大変だったんですよ。倒れた先生を背負って、井戸の中を潜って……!」

「すいません。迷惑を掛けましたね。それで、私は一体どれくらい眠ってたんでしょう?」


 花影は、起き上がるや否や、丁李の外套を畳んで返した。


「そんなに長く眠ってはいませんでしたよ。まだ王宮内の混乱も続いているようですし、追手も放っている暇もないと思います」

「そうですか……」


 轟々と燃える黒煙は、頭上に雲を形成していた。

 満月と炎のせいで、周囲は真昼のような明るさだった。

 王宮から離れたにも関わらず、人々の悲鳴はここまで聞こえていた。


(この非常時に、情けない……)


 花影は、こめかみを押さえた。

 小鈴を託されたのは、花影なのに、自分が足を引っ張ってどうするのか?

 自己嫌悪に追い打ちをかけるように、頭上から低い声が落ちてきた。


「だから、その変な頭巾を取れって言ったんだ」


 麗しい女装男の凌星が身を屈めて、花影を覗きこんでいた。


「もしかして、貴方が私をここまで運んで下さったのですか?」

「ああ、本当に大変だったよ。気を失ったあんたを背負って井戸の下の狭い通路を拷問のように歩いて……。まったく、あんなところで、酸欠起こして倒れるなんてさ」

「そうだったんですか。それは、お手数をかけてしまって……申し訳……」


 ――と、そこで花影は、首を捻った。


(どうして、彼は私の顔を見ても、普通なのかしら?)


 花影が気を失っている間に、その辺りの打ち合わせを、丁李としていたのだろうか。

 凌星は、花影の動揺をよそに、とっとと話を進めていた。


「あいつが投げた雪が命中したのは、確かだけど、気を失ったのは、酸欠のせいだからな」

「………………あいつ?」


 ――そうだった。 

 あの時、枯れ井戸の前で見かけたのは間違いなく、そう 珠水しゅすいだった。

 まさか、彼女のような落ち着いた娘が雪玉を作って、こちらに投げて来るとは予想外だったが……。

 ―――しかし、どうして?


「貴方も、ここに一緒に来たのですか?」

「申し訳ありません。先生」

「えっ?」


 予め、その質問を想定していたのだろう。

 凌星とは真逆の男装姿の珠水は、折り目正しく頭を下げた。


「実はあの時、この不審人物に雪玉を当てるつもりだったのですが、先生に直撃してしまって……」

「不審人物? 凌星殿のことですか?」

「ええ。私は後宮の妃から、侍女に至るまで、人の顔を記憶しておりますので」


 珠水はあっさり言い放つが、それが事実だとしたら、途方もない記憶力だ。


「それは、凄まじいですね……」


 訝しげに彼女を見遣ると、珠水は繕うように、早口になった。


「ええ、それで……。先生に、もしものことがあったらいけないと、私は心配して、ここまでついて来てしまったのです」

「いえ、珠水殿。雪玉のことはともかく、どうして貴方が、あの場にいたのか、気になったのですが……」


 間髪入れずに問い返せば、珠水は台本を読むように答えた。


「それは、簡単です。私は大司天、宗家の娘です。当然、抜け道の一つや二つは、父から聞いております。陶大将軍とは親しくしていましたが、当家は中立を保っているため、あのまま王宮にいるのは、家の為にならないと思い、抜け出そうか、迷っていたのです」

「………………侍女も連れずに?」

「侍女は置いてきました。陶大将軍は、身分を持たないか弱き者には、寛大でしょうから」

「なるほど」 


 模範的すぎる解答。……完璧だ。

 ある意味、それがかえって花影に疑念を抱かせる。


(なんか、もやもやするんだけど……)


 しかし、形にならない違和感は、珠水によって流されてしまった。


「…………それにしても……。先生って、こんなにお若い人だったんですね。私はそれについては、まったく知りませんでしたよ」

「あっ」


 そういえば、それが一番の懸念事項だったのだ。


「そうよ!!」


 遠巻きにこちらを伺っていた小鈴が、ここぞとばかりに同調していた。


「貴方、偽者なんでしょう。わたくし、知っているもの。数年前まで、唯先生の侍女していた人でしょ。たしか、眼鏡をかけてたわよね。いつの間に、唯先生と入れ替わったのかしら?」

「えっ、貴方たちは?」 


(もしかして、まったく、気づいていない?)


 花影が顔を隠しているのは、若いということを誤魔化すためではないのだ。


(そういうことか……)


 花影は、空を仰いだ。

 月明かりは、花影の身体的特徴を上手く誤魔化してくれているようだった。

 ならば、別段問題はない。


「小鈴殿。私は偽物ではありませんよ。学司唯 流月の娘です。一年前に母が亡くなり、学司長、柳周庵先生の命で、学司を継ぎました。年齢は貴方がたと近いですが、私が学司であることは、学司長の柳先生を通して、陛下から正式に認められていることなのですよ」

「…………まあ、胡散臭いこと」


 そうだろう。

 小鈴にしてみれば、おもいっきり怪しいかもしれないが、嘘を吐いたわけでもないので、花影は平然としている。

 珠水が腕組みしながら、丁寧に諭した。


「でも、小鈴殿。唯先生の言い分はしっかりしていますし、講義は素晴らしいものですよ。この非常時に、疑っている暇もないでしょう?」

「そうそう」


 凌星が待っていたとばかりに、口を挟んできた。


「そこの人が言っているとおりだ。こうしている間にも、追手がかかっている可能性がある。俺達以外にも、逃げ出した人は多いだろうからな。抜け道だって、調べれば分かるはずだ。とりあえず、安全なところまで、行かないと……」

「そうですね。それはそうなんですが……」


 どうして、それを彼が言うのだろう。


「凌星殿。普通に考えて、貴方とはここで解散の流れだと思うのですが?」

「えっ!?」


 意味が分からないとばかりに、視線を返された。

 まるで、こちらが悪人のようではないか……。


「それはないよなあ、先生。ここまで迷惑かけておいて?」

「その件については、謝罪しますが、貴方が一番信用ならないのです」


 きっぱり花影が突き放すと、今度は、珠水が反応した。


「ははあ、なるほど。先生は、小鈴殿の身の安全を依頼されたのですね。……浅家と縁があるということは……柳先生あたりからでしょうか。確かに重大な仕事をするのに、謎の不審人物と行動を共にするには、危険ですよね」


 ――バレバレだ。

 まあ、しかし……。それをここで口にしてくる辺り、彼女がそれを悪用しようとは考えていない表れかもしれない。

 珠水は冷静だった。


「でも、先生。私は別に、先生に付いて回るつもりもありませんけど、この墓場で置いていかれても、困ります。今更、王宮に戻ることは不可能ですから、せめて西市さいいちまで、ご一緒頂けないでしょうか?」


 西市さいいちとは、光西の王都、煌安こうあんの西の方角に置かれている市場のことだ。

 確かに、ここから最寄りで賑やかな場所といえば、西市が無難なのは分かる。


「それにしても、珠水殿……。よくここから西市が近いと分かりましたね」

「王宮の西側の井戸から出たのなら、西市が一番近いのでは?」

「ええ、まあ、それもそうなんですが……」


 花影は横目に、枯れ井戸を見た。

 すっかり、大きな岩を置いて封鎖されてしまっている。

 こういうことに限って、みんなして抜け目のないことだ。


「先生、どうします?」

「そうですね。凌星殿が珠水殿を送って下されば……ここで別行動ができます」

「どうして、そうなるんだ?」


 凌星がおもいっきり溜息を吐いた。


「そこは、せっかくだから、西市までは一緒に行こうって言うところだろう?」

「もう、わたくし……ここは嫌っ!」


 どさくさに紛れて、小鈴は泣き出しそうな気配だ。


(まあ……寂れた墓所で、解散するのは人道的ではない……か)


 たとえ、相手の目的が読めなくても、良心が痛むことはしたくない。


「……分かりました。西市までは一緒に。ですが、そこで解散です。特に、凌星殿は」

「念押しするの、俺だけかよ?」 

「念押さないと、ご理解頂けないと思ったので……」

「酷いなあ……。俺が先生を助けたんだから、もう少しくらい一緒にいたって良いじゃないか……。なあ、丁李」

「いや、それについては感謝していますが、初対面から怪しさが溢れていますから。先生の人の好さを利用して、図書塔に入ったのでしょうけど、これ以上、先生を困らせるのは駄目ですよ」

「小さいのに、一番、辛辣なんだな……」


 凌星の着崩れた女装姿を、丁李は顔をひきつらせて睨めつけている。

 しかし、彼は不敵に微笑してた。

 益々、怪しさに磨きがかかるだけなのに……。


「…………どうして、貴方は?」


 ――と。

 凌星は周囲に聞こえないよう、花影の耳元に口を寄せてきた。


「何するんです!?」


 即座に飛び退こうとした花影の動きを止めたのは、彼が放った次の一言だった。


「…………なあ? 何で、エスティアの血を引いているあんたが、学司なんて仕事、しているんだ?」

「えっ……」

「俺は、あんた自身に興味があるんだ。…………唯 花影さん」


 そうして、彼は衆目の前にも関わらず、花影の耳元の髪を一房手に取って、破顔した。


「色素が少し薄いな……だけど、とても綺麗な髪だ」


 バレていたのか……。

 そうだろうとは思っていたが、こういう形で、脅してくるとは想定外だった。


 ――――花影が隠していた秘密。


 母の助手をしていた時は、髪を染めて眼鏡をかけ、肌は黄色になるよう、専用の白粉を作って誤魔化していた。

 しかし、成長するにしたがって、花影の努力とは裏腹に、髪色は更に薄くなり、肌色も白くなってしまい、その程度の細工では隠し通せなくなってしまった。


 母、流月と同じ。


 瞳の色こそ黒に近い灰色だが、色素の薄い白髪のような髪に、白い肌と、くっきりした輪郭は、光西の人間とは明らかに違う。


 花影は四分の一、隣国エスティアの血を引いているのだ。

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