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銀花、煌めく  作者: 森戸玲有
一章
6/57

伍 【後宮からの脱出】

「お・そ・いぞっ!」

「分かってますって」


 階下で聞こえる大音は、図書塔に、兵士の手が入っている証拠だ。


(急がなきゃ……)


 頭巾をしたまま、全力疾走は不可能だったが、出来る限り小走りになって、花影は皆を裏門の方に誘導した。

 分かりづらい構造になっている王宮は、内部に暮らす人間以外、知らない道が多数存在する。

 十五年間の王宮暮らしで身に着いた知恵を、この時こそ重宝したことはない。

 特に静かな場所を好む花影は、人気のない道を、よく知っていた。

 おかげで、兵士たちの息遣い、足音はするものの、遭遇することなく、図書搭から、王宮の最果ての地まで案内することができた。


「やっぱり……あんた凄いな」


 凌星は、素直に感動しているらしい。


「すべて、母から聞いたことですよ。私の知識じゃありませんから」

「それにしたって。天下の王宮に、こんなところがあるなんてさ……」


 花影が伝えた情報をもとに、前を進む凌星は、歩きづらい格好であるにも関わらず、息切れ一つしていない。

 雪をかきわけながら、明かりのない道をずんずん進んでいる。

 王宮の中心地はともかく、ここまで来ると、雪は降ったままの状態で残っている。

 昼間も日陰なので、ほとんど溶けていないようだった。


「いっそ、このまま歩いていたら、外に出られるんじゃないの?」

「それは……ありません。王宮は、巨大な外壁に囲まれています。四方八方から攻められにくい構造になっているのです」


 酸欠で息を乱しながらも、黙っていられない。

 そんな花影を一瞥しつつ、ふわりと微笑した凌星は、しみじみ頷いた。


「そうか……。まあ、国主の住まう場所だもんな。単純な造りはしてないんだろう」

「その先に、枯れ井戸があるはずです。縄が伝っているので、それを使って地下通路に出れば、外界に抜けられるんです」

「それは、すごいな」

「ねえ、本当に行かなきゃ駄目? 今からでも、戻ったら?」

「小鈴殿は先程、率先して行こうとしてましたよね?」


 花影が呆れながら言うと、小鈴は喧嘩口調で答えた。


「仕方ないでしょう。あの状況で行かないなんて言えないし、あの舞妓さんがこんなんだって分からなかったし」

「あー、やはり、何も考えてなかったんですね……」

「なによ。たかだか学司の分際で、偉そうに」

「はっ、ここまで来て、怖気づいてるガキに言われたくないよなあ」

「凌星殿……」

「ねえ? 本当に貴方は、あの舞妓さんと同一人物なの?」

「舞妓の方が偽りだ。これが俺の素の顔だ」

「まあ! 俺……なんて……。なんと口の悪い。貴方、一体、どういう育てられ方されたのよ?」

「あのー……お静かに」



 渋々、丁李が二人の間に立った。

 誰よりも訳が分からないままに巻き込まれている、年少の丁李が一番冷静だというのが痛ましい。

 凌星も小鈴も、まるで子供のような口論だ。


(子供……か)


 懸命に頭巾を押さえながら、花影はふと先程の詞を思い出していた。


「そういえば、今朝、小鈴殿が書いた詩の一節についてなんですけど……貴方は子供時代……」

「はあっ!? なに? それ、ここでする話なの?」


 ああ、そうだった。

 怒鳴られて、納得した。

 この点に関しては、小鈴が正しい。

 育てられ方と聞いて、花影は、つい彼女の詩のことを思い出してしまったのだ。


「先生……」


 丁李がつんつんと、花影の袖を引っ張った。


「おかしいですね」


 ――遠く、井戸の前に明かりが見える。

 自然現象で、燭台に灯がともるはずがないのだ。


「どうしましょうか?」

「どうするも何も……」

「戻るの?」


 してやったりとばかりに、小鈴が飛び跳ねる。

 まあ、本人が戻りたいなら、戻っても良いのだが……。

 しかし、凌星の次の言葉で、状況は一変した。


「でも、あれ……兵士じゃない。女だな」

「えっ」


 残念なことに、花影にはまだ人影すら見えていなかった。

 だが、丁李には特定できたのだろう。

 はっとして、口元を押さえた。


「どうしたのです?」

「先生、よく見て下さい。あの子……分かりませんか?」

「えっ?」


 視界が悪い。

 でも、丁李に導かれるまま、前方に目を凝らした瞬間…………。


 井戸の方から飛んできた雪玉が、花影の顔面に見事に命中したのだった。

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