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銀花、煌めく  作者: 森戸玲有
終章
54/57

参 【慧公の謎かけ】

◆◆◆


「まるで、お二人とも人攫いのようですけど、謎解きとは何のことなのか、話して頂けないと話になりませんよ」

「もしかして……貴方、本当に知らないの?」


 広い馬車の中、隣に腰かけていた小鈴が、不遜に鼻を鳴らした。

 以前の彼女はまだ子供っぽいところもあって、派手な化粧も露出の多い装いも浮いたように見えていたが、たった半年で、すっかり容姿に馴染んでいた。

 紅色の深衣も、銀色の簪も、長い手足と、艶やかな髪に、とてもよく似合っている。

 泰全は大司政の位が、剥奪となってしまったが、いまだに豊かな呂県を治めているのだから、彼女も裕福な暮らしをしているのだろう。

 丁李も垢抜けしたと感じていたが、小鈴はとても近しい年齢とは思えない、濃厚な色香を放っていた。


 ……が、まあ、しかし、態度は相変わらずであった。

 こういう上からの物言いは、まったく変わっていない。


「これだけ大々的にやってるのに、知らないなんて、あり得ないわ」

「いや……ですから、小鈴殿、先生は情報の伝わりにくい僻地にいましたから、ご存知ないのは仕方ないことなのですよ」

「えー。それでも、私達が来た時点で何か思うことってないのかしらね?」

「何かって、何なんです……?」

「貴方って、たまにとんでもなく、鈍感よね?」


 そうかもしれない。

 花影は、苦手分野のこととなると、とことん視野が狭くなる。


(こんな形で、都に戻るなんて……)


 まったく想定外だった。

 ……とはいえ、大仰な出迎えを前に、逃げ出す隙なんてあるはずもなく、小鈴から『玄瑞に会わせてやった恩を返せ』と言われたら、無下にもできない。

 珠水の用意した豪奢な四頭馬車に乗せられて、花影は千李、丁李と共に、あっという間に領都・煌安こうあんに連れ戻されてしまった。

 半ば呆然としていた花影だったが、意外にも、千李と丁李は余裕を持っていて、無人にしていた郊外の家を見に行くということで、花影とは別行動となっていた。

 その際、丁李が「あの時の私ではありませんから、大丈夫です。先生とは、いつでも会えますよね……」などと、大人びた表情で意味不明のことを口走っていたことが、小鈴の言葉と重なって、花影にとんでもないことを想像させている。


(……まさか……ね)


 暑くもないのに、冷や汗が流れた。

 煌安に来るならと、先走って、被ってきた黒頭巾が久々過ぎて、重くて、息苦しい。

 がたがたと馬車が揺れると、弾みで脱げそうになるので、花影は懸命に手で押さえていた。

 そんな滑稽な自分と戦っている花影を、二人は冷ややかな目で、観察している。

 何を言ったところで、花影が頑なに黒頭巾を取ることがないことを、見越しているようだった。


「……ああ、そうだったわ」


 小鈴が思い出したとばかりに、花影の肩を叩いた。


「玄瑞様から、もし貴方に会う機会があったら、伝えて欲しいって、お言葉があったんだわ。貴方に慰めてくれたこと、礼を言う……ですって。あの言葉、禅譲をうながしただけじゃなかったんですってね?」

「……ああ、玄瑞様は気づいて下さってたんですね」


 ――瓢風は終朝せず、驟雨も終日ならず。


 不自然なものは長続きしない。玉座を凌星に迫ると同時に、この嵐も長くは続かないと、励ましの意味にも取ることが出来る言葉だった。

 紫陽の死について、責任を感じ、自暴自棄となっても、貴方にはその先があると、説いたつもりでいたが……。

 響いたのなら、もっと早く禅譲してくれたら、良かったものの……などと、今更になって責めはしないが、花影にとって、玄瑞はいつまでたっても、分からない人のままであった。


「……今、玄瑞様はどうされているのです?」

「王宮のすぐ傍に、屋敷を構えていらっしゃるわよ。監視用にと建てられたみたいだけど、誰かさんは、気にせずに、ずけずけと通っているみたいね。『慧正記』の内容、教えてもらっているみたい。今は、お姉さまの方が病んでしまって、寝たきりになってしまったけど、同情はできないわよね」

「……そう……ですか」


 明鈴は呂県から追い出され、生母の実家に身を寄せていると、風の便りで聞いていたが、紫陽を暗殺した罪を問われず、処分が甘いと見るべきか、一生をふいにしてしまって、哀れと感じるべきなのか、花影には分からなかった。

 流月が生きていたら……と、つい考えてしまう。

 

「それで、本題ですが、先生」

「はい?」


 上の空で答えたら、珠水がじっと、花影を睨んでいた。


「その……誰かさんがですね、 正解の分からない謎かけを出したせいで、光西中大変だというわけなのですよ」

「はっ……?」


 ……誰かさん。


(つまり、それは……)


 花影は、ごくりと息を飲んだ。

 小鈴とは真逆に、女らしさというより、一層、爽やかさに磨きが掛かった珠水が、萌黄色の深衣の襟口から二つ折りになっている紙切れを一枚取り出す。

 どうぞと渡されてしまったので、花影は嫌々受け取るしかなかった。


「これは私が書き置いたものですが、この文言が都市部の至るところに掲示されています。先生は、まだご覧になっていなかったようですが……」


 さあと、今度は目で促されて、花影は緩慢な手つきで、二つ折りになっている紙を広げた。


 ……と、そこには、ただ一文。


 『銀花について一切を識る者』


 ……と、流麗な珠水の文字があった。


「……………………何ですか、これ?」


 花影が一人で途方に暮れていると、背もたれに身体を押し付けた小鈴が、物憂げな溜息を吐き、両腕を組んだ。


「要するに……慧 紫晴様は、玄瑞の妃や侍女、官女や妃候補の娘たちも、すべて実家に帰してしまったので、七之芳霞宮ななのほうかきゅうも八之宮ももぬけの空になっちゃったってわけ。……で、今回、広く官女や妃候補を募ると言う話で、光西全土に触れが回ったのよ。その条件というのが……」

「……銀花について一切を識る者……ということですか」


 花影が無感情に言い放つと、二人して同時に深々と首肯した。


「さっぱり意味が分かりませんね。誰に聞いても何のことかと、首を捻るばかりです。とりあえず、光西中の銀花を摘めば良いのではないかと、年頃の娘たちが、こぞってやろうとしたら、禁止の命が出てしまいました。どうやら、銀花の植物としての性質などが答えというわけでは、ないみたいですね」


 珠水がわざとらしく肩を竦める。

 一方の小鈴は、にやにやしているだけだった。


「わたくしも、少しばかり知っているところはあるけれど、深い意味は分からないのよね。貴方なら、絶対に知っていると思ったんだけど?」

「…………私は」


 もちろん、知っている。


 ――いや、むしろ、知りすぎるくらいに……。


 しかし、そんなことを、わざわざ答えさせようとしている凌星の意図が、花影にはさっぱり読めなかった。


「どうやら、思ったとおり、先生はご存知のようですね」


 皆まで答えていないのに、珠水が勝手に結論づけた。


「本当に良かったです。これで不毛な謎かけに振り回される、女性たちがいなくなります。私たちも先生を捜し出した甲斐がありました。二人の問題なら、とっとと、王宮に行って、公費と時間の無駄遣いを終わらせて来てください」

「ちょっと待って下さい。私は官女試験など、受けるつもりなんてありませんよ」

「じゃあ、私達に答えを教えて下さる……と?」

「それは…………その」


『銀花』のすべてを語ることは、凌星の出生にも抵触する機密事項だ。

 うかつに喋ることなんて出来やしない。

 珠水も何となく察知した上で、言っているとしたら、意地悪な話ではないか。

 彼女たちの流れに乗っかったら、大変なことになる。

 花影は珍しいくらい、狼狽していた。


「ああ、そうだ。じゃあ、小鈴殿など、いかがですか? 多少なりとも察しがついているのなら、貴方の方がよほど……」

「はあっ!? ふざけないでよ。何で私が凌星様の妃やら、官女にならなきゃならないのよ。有り得ないでしょう?」

「浅氏との和睦条件……ということで……?」

「……慧公は他領に知り合いが多いみたいだから、父様の力なんて必要としてないのよ。むしろ、恨みを抱いている大司尉や大将軍が、それを赦さないでしょう」


 ――まあ、そのとおりだ。

 いくら表沙汰になっていないとはいえ、実父である国王を殺した女の妹を、家格が釣り合うからといって、凌星側が妃やら官女に据えるはずもない。


「では、珠水殿とか……」

「私は以前も……とあることの当てつけで、後宮に上がろうとしましてね。また今回もそれをしたら、あの御方から永遠に嗤いの種にされ続けるでしょう」

「いや、だからって、私だって、あり得ないでしょう。…………だいたい、私は」

「ともかく、先生! 私は閉口しているのです。こんな訳の分からないことを広めて、領民を翻弄するなんて、言語道断です。唯 花影先生が怒っているとか、見張っているとか臣下が告げると、あの御方はちゃんと仕事をするそうなので、光西のために、面と向かって怒って来て下さい」

「私は一体、今、王宮でどんな扱いになっているんですか?」

「……最高に、笑えるわね。花影」


 実際に大口を開けて大笑しながら、目尻に浮かんだ涙を拭って、小鈴が言い放った。


「その答えになるような情報、教えてあげるわよ。わたくしが絶対に後宮入りしたくない理由……」

「はっ?」


 ……そうして、小鈴が真面目な口振りでありながら、にやにやして語った内容は、珠水を更に呆れさせ、花影の顔を真っ赤に染め、同時に真っ青に変えるものだった。



 …………結局、小鈴の話を聞いているうちに、昼過ぎには王宮の前に到着してしまった。


 現在、表向きは王宮に入ることのできない小鈴は、門の手前であっさりと去って行き、獲物を逃がさないよう、がっちり脇を固めた珠水の手引きで、花影は講義を行っていた図書搭の一間に通された。

 珠水は役人を呼んでくるとかで、すぐに席を外してしまったのだが……。


(これは十中八九、まずい成り行きだわ……)


 静かな一間で、花影は正座しながら、めいいっぱい頭を働かせていた。

 図書搭も現在は柳 周庵が隠棲したため、無人の状況らしい。

 王宮に来たからには、周庵と今一度言葉を交わしたいと考えていた花影は、出鼻を挫かれた気持ちで一杯だった。

 大体、官女登用試験をしているのに、他の受験者がいないなんて、おかしいではないか。

 花影だけ特別扱いなのは、火を見るより明らかだった。


(逃げなければ……)


 今、光西が大切な時なのに、花影のような異端の人間のために、手間をかけている暇などないはずだ。

 とにかく、一度冷静になって、いろんな意見を集約した上で、間接的に凌星に謎かけを撤回させよう。

 花影はそんなふうに、何度も自分を叱咤し、言い聞かせた。


(……そう、期待などしたら、いけないのよ)


 離れるのが一番だと思って、身を切るようにして彼と別れた。

 王室の体質がそう簡単に変わるはずがないのだ。

 凌星の足枷にだけは、なりたくない。

 彼には前途に見合った女性がいるはずなのだから……。

 あの時と同様の痛みをまた味わうくらいなら、早いうちに、花影自身がいなくなった方が絶対に良い。


(そうだ。隠し通路を使って、まず外に)


 周庵の口から、王宮に張り巡らされている隠し通路の場所が凌星に漏れている可能性もあるが、道は全部で百以上ある。そのすべてを押さえられているとは、到底思えなかった。

 幸い、一人にしてくれたのは助かった。

 花影はそっと席を立つと、摺り足で歩き出した。


(えーっと、この近くの隠し通路は……)


 頭では逃げることばかり考えているのに、どうも全身黒ずくめの格好でいると、学司の時代に戻って、背筋がぴんと伸びるようだ。急いでいるのに、楚々として歩いてしまう。


(まったく……。そんなに、愛着がなくても、懐かしいものなのね)


 妃候補の娘たちが滞在している八之宮に通じている回廊、その横には後宮、七之宮の芳霞殿に繋がる廊下があり、更にその隣に、国王の住まい、光和殿に続く朱塗りの橋がある。


 遠目でも分かった。

 その欄干の下に、今も銀花が整然と植わっている。


(まだ銀花が……あるの?)


 てっきり、花影は処分されたものだと思っていた。

 『銀花』は花影や流月、紫陽にとって、大変、思い入れの深い花だが、毒花が王宮に植わったままというのは、さすがに危険すぎるのではないか?


(凌星殿だって、自分が危ない目に遭ったら、どうするつもりなのよ?)


 黒頭巾の下で、花影が眉根を寄せていると、表情など分かるはずもないのに、花影の気持ちを汲んだように、声がかかった。


「……なぜ、まだ銀花がそこにあるのだろうな」

「なっ?」

「その花を撤去すべきだと、ずっと進言しているのだが、あの御方は頑として受け入れやしないんだよ」


 かしゃりと音が鳴ったのは、鞘が腰に擦れる音だった。

 王宮内で唯一帯剣を認められている人間は、限られている。


「………………貴方は」


 花影が恐々としながら振り向くと、男は鋭い双眼を微かに細めて、口角を片方だけ皮肉気に上げていた。

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