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銀花、煌めく  作者: 森戸玲有
三章
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陸 【凌星の恋心】

◆◆◆


 すでに太陽は真上にあって、凌星の影を細長く地面に映していた。

 あの後、高熱で意識を失ってしまった花影を寝床に横たえてから、千李を呼びに行ったところ、彼女は飛び起きて、花影のもとに走った。

 続いて目を覚ました丁李も、すぐに納屋に飛び込んできて、二人でてきぱきと、看病を始めてしまい……。

 挙句の果てに、凌星は花影を着替えさせたいから、外に出てくれ……と、やんわり納屋から追い出されてしまったのだった。

 こういう時、女装でいた方が仲間に入れてくれたのか……と、おかしなことを考えてしまったのは、凌星自身、動転していたからだろう。

 花影のことが心配だったが、自分では役に立たない。

 だからといって、外出する気にもなれず、屋敷の小さな庭で、ぼうっと無彩色の風景を眺めていた。


 暇なことは、尊いことだ。


 花影のように、自分で自分を忙しくしてしまう性質たちではないが、凌星も本当はやらなければならないことが山積している状況だ。

 実際、密かに情報を収集したり、今朝は急いで宗家に連絡を入れたりしてもいるが……。

 しかし、基本的には、何も考えたくないし、何もしたくないのだ。


「俺みたいな性格だったら、先生も楽だったんだろうに……」


 よりにもよって、顛河の水嵩のことについて、考えていたなんて……。

 昨夜、花影が書き散らかしていたものを目の当たりにした凌星は、彼女の膨大な知識量と、想像力に舌を巻いていた。

 昨日、二人で行った河辺。

 どこで彼女の好奇心に火がついたのかは、なんとなく分かるような気がした。

 だったら、いち早く凌星に話してくれたら良いものの……。

 信じると話してくれたが、正しくは『信じようとしている』といったところのようだ。

 実感すると、切なくなる。

 花影の感情の表面にしか触れることが出来ないのが、何とも歯がゆかった。

 そして、この苛立ちの正体が何なのか、凌星にも、よく分からないのだ。


「なによ、貴方、こんなところで何やっているのよ?」

「なにって……」


 ゆっくり時間をかけて振り返ると、小鈴が腕組みして、凌星を見下ろしていた。

 派手な紅色の深衣は、寝不足の凌星からすると、ただ目が痛いだけの代物だった。

 彼女は隠れ住んでいるという自覚がないらしく、市場でちょくちょく着物を買っているらしい。

 女性らしい艶やかな衣は、男の興味を誘う一品だ。

 けれど、凌星には、まったく効果がない。

 逆に、光沢のあるぺらぺらの生地は、見ているだけで、寒かった。


「なにって? 今は欠伸しているってところかな。眠くて」


 口にした矢先に、大欠伸をして、うんと腕を伸ばすと、彼女は両眼を眇めて不敵な笑みを零した。


「……まあ、寝不足にもなるわよね」

「はっ?」


 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「何だよ。訳知り顔で?」


 凌星は上擦った声で、とぼけてみせたが、無駄だったらしい。

 小鈴は、不敵な笑みを浮かべていた。


「ああ、嫌だ。二人で抱き合っちゃって、いやらしいったらないわ」

「なっ……!?」


 転びそうになりながら、凌星はやっと、立ち上がった。

 気配には敏感な方だが、昨夜は慌てていて、注意力散漫だった。

 ……しくじった。


「ご、誤解だ! あれは、介抱だ」

「あら、介抱にしては、無駄に密着していたじゃない?」

「仕方ないだろう。先生は熱で苦しんでいたんだ。体をさすってやるくらい……」

「嘘言いなさいな。貴方、どさくさに紛れて触ってたんでしょう?」

「…………うっ」


 図星である。

 悲しいことに、否定できなかった。


「いや、だから……あれは、ちょっと心配で思い余ったというか」

「やけに、動揺しているじゃないの?」

「あんたが下世話な言い方するからだろう!」

「……で、好きなの? あの人のこと……。エスティア人の混血だっていうのに?」


 嘲笑しながら、小鈴が問う。

 しかし、凌星にとって、問題は彼女がエスティアの血を引くからではなかった。

 重要なのは、自分の気持ちだ。


「そう……なのかな。 やっぱり」

「はあっ!?」


 小鈴が目を丸く見開き、驚声を轟かせた。


「いや……普通。そこは否定するところなんじゃないのかしら? 出会って間もないのに……あんな素顔も良く分からない蛮国の女なんかに、そんなふうになるものなの?」

「言い過ぎだぞ」

「事実じゃないの」


 小鈴は、花影を差別している自覚すらないのだ。

 その鈍感さに、腹が立った。

 まるで、凌星が貶められたような気分になる。

 こういう人間が多いから、花影は自分に自信が持てないのではないか?


「素顔が云々という話なら、先生は美人だよ。綺麗だと思う」

「綺麗!? 嘘でしょ!?」

「綺麗だし、美人だ。俺はそう思うけどな」

「髪色も微妙に違うし、肌の色だって、真っ白じゃない?」

「それ美醜じゃなくて、差別だろ。ばかばかしい。あんたの父親の領内には、エスティア人も多く暮らしているじゃないか。そんなこと言っていたら、この先、あんただって、生きていけないぜ」


 小鈴の父、浅 泰然たいぜんが支配している呂県は、丁度街道に面していて、訪れる人間も多国籍だ。よく栄えている。

 昔から、陶大将軍が浅氏を攻めにくいのは、その一点にあった。

 戦いに関しては大司尉、大将軍共に得意であっても、大司政の潤沢な資金を盾に取られたら、為す術もないというのが実情なのだ。

 それを……娘の小鈴が理解していないというのは、皮肉なものだった。

 いまだに、彼女の言うことは、決まっている。


「わ、わたくしは、陛下の正妃になって、次代の王を生むのよ。王宮の一般的な考えを、口にしているだけだわ」

「本当、あんた二言目には、それだな。…………くだらない」

「だって、そうなるように、わたくしは育てられてきたんですから。当然でしょう?」

「国王……ねえ。いつ滅ぶかもしれない国の王の子供なんて生んで、楽しいのかね?」

「不吉なことを……よく、ぺらぺらと……」

「本当のことだ。あんたの父親に聞いてみたら良い。エスティアとまともに戦って、この国は勝てるのかって。答えは否だ。こんな小国。雪が鎧になってなきゃ、今頃滅んでいるさ。まあ、良いか悪いか、エスティアがこちらを狙っているせいで、派手な内乱も起こせやしないがな」

「まさか……」

「まだ知らないふりか? 愚かだな……。俺もまだまだだけど、あんたよりはマシだって思うよ。あんたは、自分の知っている世界しか信じようとしない。例の家族のことだって、頑なに浅氏のせいではないと、突っぱねたままだ。欠片も、真実を知ろうとしていないじゃないか」

「それを言うのなら、あの人だって、狭い世界しか知らないじゃないの?」

「少なくとも、そのことを、あの人は恥じているし、視野を広くしたいと思っている。もっと堂々としていれば良いのに、あんたみたいな人間が、あの人の肩身を狭くさせているんだよ」

「偉そうに、よく言うわ。ただの色ボケじゃない」


 ぷいと横を向いた小鈴だったが、すぐに自分の言葉に反応した。


「………貴方、偉いの?」

「な、何だよ。急に……? 俺はあんたの嫌いな、気持ち悪い女装男だぞ」

「そうやって、はぐらかしたって、わたくしには無駄なのよ」

「あっ、そう……」


 何が無駄なのか分からないが、面倒な凌星は、はぐらかし続けることにした。


「そういえばさ、あんたの方こそ、わざわざ明け方に納屋に来るなんて、先生に用があったからじゃないのか?」

「それは…………」


 待っていたとばかりに、小鈴は胸を張って答えた。


「決まっているでしょう。貴方のことよ!」

「俺のこと……?」

「わたくし、貴方の顔、見たことがあるんだから。それを話しに、花影あのひとのところに行こうって」

「どこで……?」

「それが思い出せないから、困っているんでしょう?」

「…………困ったな。それは」


 確信めいた物言いのくせに、場所は覚えていないらしい。

 しかし、嗤えなかった。

 言い分はめちゃくちゃだが、凌星にはひっかかることがあったからだ。


「あんたも、先生と同じことを言うんだな……」


 以前、花影にそのことを訊かれた時は、口説き文句かと、軽く受け流したものだが、さすがに二人目となると、凌星も真剣にならざるを得ない。


「記憶にある限り、俺はあんたと直接会ったことはないはずだが?」

「違う。そういうのじゃなくて……。なんか……おぼろげに」

「俺は幽霊か? 物の怪かよ?」


 どうやら、凌星は驚くほど誰かに似ているらしい。

 自分とそっくりな人物が王宮に存在していたら、それはそれで恐ろしかった。


「だから、貴方は誰なのかって訊いているのに!?」

「誰って、言われてもなあ……」

「陶大将軍とあんたって、どういう関係にあるのか教えろって言っているのよ」

「驚いた。あんた……。まるきり、馬鹿でもないらしいな」


 純粋に関心していると、甲高い声で怒鳴りつけられた。


「ふざけないで!」


 全力疾走した後のように、肩で息をしている小鈴を見下ろしているうちに、凌星も気づくことがあった。


「あっ、もしかして、あんた……?」

「ようやく気づいたわけ? 昨日、薬売りを手伝いに行った時……。丁李は分からなかったみたいだけど、わたくしは遠目にも分かったわ」

「…………なるほど。だから、あんた、あっさりと薬代を払ってきたのか。納得したよ」

「そ、それは、まあ、そういうことになるのかもしれないけど」


 歯切れの悪い小鈴に苛々しながら、凌星は、こめかみを押さえた。

 いよいよ、言い逃れできなくなってきてしまった。

 小鈴はごくりと息を飲み込んでから、きっぱり言い切った。


「貴方に絡んでいた、あの男……。あれは、 伯豹はくひょう。今回、陶大将軍と一緒に叛乱に加担した三公の一。………………大司尉だいしいでしょ」

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