表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀花、煌めく  作者: 森戸玲有
二章
12/57

陸 【銀花の簪】

「あのさ。もしかして……と思うけど」

「何です?」

「それを、今から一人で作って、売る気なのか?」

「そうですけど」


 花影は目前で口を大きく開けて、ぽかんとしている凌星に決然と言い放った。


「当然、小鈴殿は落ち着いた頃合いに、浅氏のもとに送るつもりです。そしたら、私はここを出て、一人で生きていきます。今回のことは、自活の一歩にも繋がると、前向きにとらえているのです」

「ふーん。そうなんだ」 


 おもいっきり、含みを持たせた物言いだ。


「あんたさ、もう二度と王宮には、戻れないって思っているのか?」

「小鈴殿の問題とは別に……。エスティアの混血が王宮にいる時点で、殺されてもおかしくありません。今回それが表沙汰になってしまいましたからね」

「先生のお母さんの時は、見逃されていたんだろう? 俺と小鈴が黙っていれば……」

「小鈴殿が、私のために黙ってくれると思いますか?」

「……むしろ、率先して言いまくりそうだな」


 凌星が唇をかみしめた。

 なぜ彼が忌々しそうにするのか、花影には分からない。


「それに、母の場合は特例だったので……」

「特例?」

「柳先生が宮女試験に来た母の記憶力の高さを買って、特別に王宮で勉強をすることを認めてくれたそうです。それで母は顔を隠して勉強に勤しんだとか……」

「へえ。あの爺さん、結構、器が大きいんだ。だったら、それこそ今回の騒動で何かが変わったら?」

「世の中には、変わらないことの方が多いと思います」


 花影は間近に迫った凌星の視線から逃れるように、目を伏せた。

 隣国、エスティアとの戦いの歴史は古い。

 光西は過去に何度も彼の国に侵攻されては、激戦の末、辛うじて国を護ってきた。

 国民も多く犠牲になっているし、先々代も、先代の国王もエスティア遠征がきっかけで亡くなっているのだ。


「そういうものかな。出生のことは、あんたのせいじゃないだろう?」

「それなら、あの家族だって……。彼らのせいではないのに、こんな目に遭っています」


 話題を逸らしながらも、花影は自分の姿を見つめ直している。


(……いつも、ひっそりと隠れるように生きてきたから)


 それが、正しいのだと、自分に言い聞かせていた。

 でも、本当は……。

 くだらない人生だと……。

 飼いならされていく家畜のようだとすら、蔑んでいた。


「なあ……」

「はい?」

「……俺、手伝おうか」


 ふと顔を上げると、凌星が花影のすぐ傍でしゃがんでいた。

 深奥を探るように、凌星の黒い瞳が細められている。


「俺は薬を作ったことないけど、あんたが指示をしてくれれば、動くことはできる。それに、愛想を振りまくことは得意だから、売り子だってできると思うけど?」

「なぜ、貴方が?」

「一人より、二人の方が何かと便利だろう。違うか?」

「……そういうものなのでしょうか」


 花影は呆れたとばかりに、半目を凌星に向けた。

 男装の凌星は、優しい面立ちをしているが、とても女性には見えなかった。

 むしろ、髪をまとめているせいか、整った輪郭が露わになって、性別を越えて、同じ人間とは思えないほど綺麗だった。

 花影は素顔でいる分、いつも以上に彼の眩しさを直視せざるを得なかった。


(やっぱり、この人は私と違う。陽の下にいるのが似合う人なんだな)


 懐かしいなんて、思ってもいけないことだと、花影はしみじみ感じていた。

 ――そして。


「結構です」


 きっぱり、言い放った。


「………………何で?」

 

 凌星はわざとらしいほど、大仰に脱力している。


「そこまで、俺は怪しいか?」

「それ以外に、表現のしようがありません」


 花影は横を向いて、咳払いをした。


「貴方には、仲間がいるのでしょう?」

「仲間?」

「仲間がいるからこそ、着物を新しく貰い受けることも出来た。仲間がいるのに、私たちと行動を共にしているのは、小鈴の監視のためではないのですか?」

「先生とは、小鈴を押し付けられる前から、会っていたじゃないか?」

「最初は、本当に身を隠すつもりだったのが、途中で作戦を変更したとか?」

「あんな小娘一人に監視の人員を割くほど、将軍も暇じゃない。本気で浅氏を恨んでいるのなら、すぐに捕まえてどうにかしているさ。そのくらい、あんたも分かっているはずだ」

「だったら……?」

「まどろっこしいな。じゃあ……この際だから、話しておくけど」


 言いながら、億劫そうに凌星は懐から、金色のかんざしを取り出した。


(これは、確か……)


 凌星が最初に国王の前で舞を披露した際に、髪に挿していたものだ。

 透かし彫りされているのは、一輪の花だ。

 花の中心に小さな真珠があしらわれていて、先端には赤色の房がついている。

 華やかで荘厳な造りは、職人の技術の高さを示しているようだった。


「…………銀花。このかんざしの花、銀花に見えるだろ?」

「はっ?」

「よく見てくれよ。ほら」


 そう言って、凌星は花影の鼻先に簪を押し付けてくる。

 花影は、目を凝らした。

 しかし、残念ながら、それを銀花と断言はできなかった。


「うーん。そう言われてみれば……そう見えなくもないような気もしますけどね。まあ、銀花なのに、金色というのも、なんか妙な気はしますけど」


 銀花は、地味で目立たない小振りな花なのだ。

 むしろ、太い枝や、青い葉の方が個性で区別しやすい。

 あえて、花に特徴のようなものがあるとすると、花弁が八枚からなるところくらいだろうか。

 その簪の花弁も、八枚になっていたが、他の花と言われても、花影は納得したに違いない。


「陶のおっさんが銀花だって言うんだから、きっと、そうなんだろうよ。だから、俺はあの日の早朝、王宮に着いたのと同時に、衛兵を買収して、忍んで銀花を観に行ってたんだ」

「……そう……だったんですか」

「まさか、あんたがあの日の夜、独りで銀花を見に来るなんて、思ってもいなかったし、そのあと、学司の仕事をしながら、銀花と呟いている時には、どきりとしたもんだよ。これは、運命なんじゃないかと思ったくらいだ」

「運命とは大げさですが、それほどまでに、貴方は銀花を?」

「まあな」


 凌星は感慨深そうに、簪を眺めていた。


「この簪は、俺の母親の形見だと聞いた。父が母に贈ったものらしい。どうして、父が銀花の簪を作らせたのか、俺にはさっぱり分からないけどな」

「要するに、貴方は、それを知りたいから、私の傍にいるんですか?」

「まあ、それもあるけど。あんた自身に興味を持ったのは、確かだ。だから、せめて敵ではないって認識くらいは、持って欲しいと思う」

「私だって、貴方がそんなに悪い人間ではないってことは、分かっています」

「……なら、いいんだけど」


 ほっとした隙だらけの表情を浮かべる凌星に、花影はどきりとした。

 その感情こそが怖いのに……。

 逃げるように立ち上がった花影は、再度、彼の要請を念入りに断ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=335458198&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ