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銀花、煌めく  作者: 森戸玲有
二章
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肆 【叛乱の犠牲者】

「おい、姉ちゃん」


 見知らぬ少年が、小鈴の袖を引っ張った。


「な、何よ? この子?」


 薄汚れた着物姿に、ぼさぼさ頭の髪。

 明らかに、貧しそうな少年に、あからさまな侮蔑を抱いた小鈴は『触らないで!』と、勢いよく振り解いた。

 ……が、少年はその反応を待っていたのだろう。

 飛び上がって、小鈴の袖の奥から黄金色の銭袋を引っ張り出すと、そのまま走り去って行ってしまった。


「なに? 今の何だったのよ?」


 唖然としながら、小鈴が呟く。


「多分、スリ……ですね」

「はあっ!?」


 袖の中を自分で再確認して、銭袋のないことを確認した小鈴の顔は、みるみる青くなり、走り出した。


「ちょっと、ちょっと待ちなさいよ! それを返しなさい!!」


 渋々、花影も小鈴に続いた。


「小鈴殿。まさかと思いますが、全財産なんてことはありませんよね?」

「当然でしょ! あんなあばら家に、お金なんて置いておけないもの!」


 ―――まさかの全額だったらしい。


「最悪ですね」


 その、あばら家……丁李の自宅に、お金を置いておけば、こんなことにはならないで済んだのに……。

 実家が寄越した支度金のほぼ全部ということは、王都に豪邸を一軒立てることができるくらいは、お金を持っていたということだ。

 スリに持って行かれるにしても、大金すぎる。

 花影も必死になって走ったものの、向かい風に襟巻が髪の半分を隠していた襟巻が取れて飛ばされそうになってしまった。


「あっ!」

「何やっているのよ!?」


 小鈴が苛立ちながら、振り返った。

 慌てて、襟巻を掛け直した花影だったか、しっかり髪色を見られてしまったらしい。

 ここに来て初めて小鈴は、花影の正体を知ったようだった。


「………………ちょっと……貴方、もしかして?」

「今、それを言いますか? そんなことより、小鈴殿!」

「ああ、もうっ! あとでちゃんと、とっちめるわよ!」


 小鈴は、再び走り出した。

 妃候補の講義に駆けっこがないのが、残念なくらいの見事な走りっぷりだ。


「お腹痛い……」


 饅頭を食べた直後に、全力疾走しているせいだろう。

 けれど、半べそになりながらも、根性はあるのか、小鈴は少年を見失わずに、追いつくことに成功した。


「捕まえたわよ!!」


 そこは、大通りから一本道を入った、日差しの届かない陋巷ろうこうだった。


「あんたねえ! 人の物を盗んだら、死罪なのよ! 知らないの?」

「うるせえ。お前、金持ちなんだろう。少しくらい、恵んでくれたっていいじゃないか?」

「少しじゃないわよ。全財産よ。いいから、返しなさい!」

「嫌だね!」


 少年は小鈴に襟首を掴まれても、頑として、譲らない。

 ようやく、二人の間に入ることに成功した花影は、至近距離で少年を目の当たりにして、そうして気が付いた。


(この子は……)


 裏通りに暮らす者としては、身なりが良い。

 煤汚れてはいるが、しっかりした生地の袍を身に着けているし、頭はぼさぼさだが、髪が伸び放題という訳ではない。

 ……だとすると、急にこのような環境に身を置くしかなくなった人だと判断すべきだ。


「大金を手にして、君はどうするんです? そんなに困っているのですか?」

「俺は盗られたから、取りかえしているだけだ」

「盗られた?」

「三日前、浅氏の奴らが都から逃げて行った時に、俺達の集落は荒らされたんだ」

「………………はっ?」


 思いがけない話に、小鈴が目を丸くしていた。

 花影も事情が分からないだけに、何とも答えようがない。


「だって……そんなこと、あるわけがない。浅氏は裕福だもの。庶民のお金を奪うなんて」


 辛うじて、小鈴は言葉を紡ぐ。

 だが、それがかえって、少年の怒りにはかえって火がついたらしい。


「金があるのに、人のちょっとだけの蓄えを奪っていくなんて、最低だ! こっちは、家も焼かれて、こんなところに流れるしかなくて……。妹の薬代だって、払えないんだぞ」

「きっと、何かの間違いだわ」

「何で、お前にそんなこと分かるんだよ?」

「分かるに決まっているでしょう」

「小鈴殿」


 少年は、小鈴の正体を知らないのだ。

 ……とはいえ、この場で正体を話してしまったら、更に厄介なことになるだろう。


「ともかく、その話……もう少し、ちゃんと聞かせてくれませんか?」

「うるせえな。離せよ! ババア二人で来るな!」

「ババア? わたくしが?」


 面食らった小鈴が襟首から手を離した時に、少年は背後に向けて、手にしていた銭袋を投げた。


「父ちゃん! これっ!」

「おおっ!」

「…………父……ちゃん?」


 共犯がいたのか?

 しかし、背後の『父ちゃん』の手中に、落下するかに見えたその銭袋を受け止めたのは、風のような速さで、颯爽と駆け付けた青年だった。


「一体、何事なんだよ? ……これは?」


 男装姿の凌星が小首を傾げていた。

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