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銀花、煌めく  作者: 森戸玲有
序章
1/57

序 【母の形見】

◆◆◆


『光陰流星如 銀花明々為』


 そんな文字が書き殴られた紙片を発見したのは、母、ゆい 流月りゅうげつが亡くなってから、一年以上経った日の朝だった。


「何だろう?」


 母の机の引き出しの奥で、小さく折り畳まれていたそれは、乱暴に元の紙から切り離したかのような歪な形の紙に、読みづらい滲んだ文字で綴られていた。

 母の文字ではない。それに、詩の体裁も為していない。

 花影かえいは詩については、それなりに、詳しいはずだった。

 ……が、さっぱり内容が掴めなかった。一体、この作者は何が言いたいのだろう。

 年月が経つのが流星のように早いという文言までは理解できる。

 けれど、その後に続く銀花ぎんかが明々というのは、意味不明だった。


 ――銀花……。


 一応、その花については、心当たりがある。


(そうだ。……あの花だ)


 黒い長布を巻いて咄嗟に銀髪と顔を隠した花影は、薄い木製の戸を開けて、廊下に出た。

 吹き曝しの冷たい風に煽られつつ、塔の最上階の柵に寄りかかって、下界を見下ろす。

 目を凝らせば、王の住まう光和殿こうわでんに続く、鳳凰の彫刻が施された欄干のその下に、咲いている小さな白い花を発見することができた。あれが『銀花ぎんか』と呼ばれているものだ。


(……とすると、あの花が星の下で、明るく輝いているってこと?)


 分からない。

 もう少し特徴のある文章なら、作者も特定できるのかもしれないのに……。

 銀花について知っていることと言えば、初春の花というくらいだ。この季節に満開になることは、非常に珍しいことだろう。

 今年は、暖冬のようだ。


「……て、それじゃあ意味ないか」


 顔を覆った長布が、冷たい風にゆさゆさと音を立てて揺れている。

 花影は手に息を吹きかけ、遠くの景色に目を凝らした。

 薄ら見えるのは、雪の冠を抱いた神名しんめい山脈だ。

 その山々からの雪解け水を運んでいるのは、この国一番の大河川、顛河てんかわである。

 花影の暮らす光西こうさいは、冬の間は雪に閉ざされている。

 きっと、街の中も白い世界が広がっていることだろう。


(ここが異常なんだろうな……)


 常夏のように、永遠と続く煌びやかな空間。

 光西の王宮の中で、眼下に見える朱塗りの瓦屋根が連なっている建物の正式名称は、七之芳霞宮ななのほうかきゅう。この国の君主の妃嬪きひん達が住まう

 ―――通称、後宮だ。

 花影は、後宮の番人のような存在だ。

 決して、妃になることも、官女になることもないだろうが、一生ここにいるだろうことだけは分かっている。


(……さあ、そろそろ、時間だわ)


 寄りかかっていた手摺から、そっと身を離した花影は、しかし、次の瞬間……。


 後宮の入口に聳える朱塗りの大門の下に、白い単衣に、赤いくん姿の少女が佇んでいるのを見つけた。

 この時間に、お付きの人間もなしに単独行動を取っている娘は珍しい。


(一体、どこの良家の娘だろう?)


 凛とした目元に、きりっと唇を引き締めた少女。

 背は高く、長髪は高く一つに括られていた。

 光の中に燦然と輝くように、圧倒的な存在感を放っている娘。

 だが、花影は、どこかで彼女と会ったことがあるような既視感を覚えていた。

 ――一体、何処だったのか?


「あっ、先生!」


 慌てて花影が振り返った僅かの間に、少女はあっという間に姿を消してしまった。


「あれ? 一体、どこに……?」

「……大丈夫ですか。先生?」

「ああ、ごめんなさい。丁李ていり


 元々、母、流月の唯一の友人の娘で、母の死後、手伝いに来てくれて、そのまま侍女となってくれたのが丁李だ。

 妹のような存在となっている彼女に、心配をかけたくはない。


「ちょっと、ぼうっとしてしまっただけです。今、行きますから」


 丁李から表情なんて分からないだろうが、花影は微笑を浮かべて、背筋を伸ばし、楚々と歩きだした。

 後宮においての立居振舞い、教養を妃候補の宮女たちに教える

学司がくし』は所作一つでも乱暴ではいけない。花影は、学問と礼儀作法、そのすべてを母から叩きこまれた。


 母の亡き後、学司を継いだ花影がまだ若干一八歳であるとことは、丁李と現国王、そして学司を束ねる学司長以外知らない、この国の秘め事の一つだと思っていた。

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