第二話 名前も知らない
「おーい! クオーン! もう起きてるんだろー? 開けてくれー!」
俺の朝は早い。
まあ、夜に寝ていないから早いという言葉を使うのは間違っているかもしれないが「牧師」としては夜が明けてすぐ行動を始め、教会を開けることにしている。
「なぜそんなことを?」と思う人がいるかもしれないが……見ればわかるだろう? 教会の扉をガンガンと叩き大声で俺を呼ぶ近所迷惑この上ない男(まあ、こいつだけでは無いのだが)が早朝から訪れるからだ。
「ハルトお前な……毎日毎日、もう少し静かにしてくれといつも言っているだろう」
「へへ、まあいいじゃねぇか! 俺とクオンの仲だろ? 細かいことは気にすんなって!」
「近所迷惑だと言っているんだ。誰もがお前みたいに朝から元気なわけじゃないんだぞ」
「ははっ! 確かに、クオンが言うと説得力あるな。今日も相変わらずひでぇ目つきだぜ?」
「はあ、余計なお世話だ。それで今日は何が欲しいんだ?」
「おっ、流石話が早いな。今日は石化予防薬を貰いにきた。あと石化回復薬も」
俺は牧師として教会を管理する傍ら、こうして自分で調合した薬を売ることで生活費を稼いでいる。
その中でもハルトのように難度の高い依頼を受けるような冒険者には希少で高価な薬がよく売れた。
「石化対策ということはコカトリスの討伐依頼でも受けたのか?」
「いーやもっと珍しいぜ、なんたってゴルゴーンだからな! 元々はとある洞窟の調査依頼だったらしいんだが、その依頼を受けた中堅パーティーがやられたらしい」
「確かに珍しい魔物だな……そうだ、これも持っていくといい」
「なんだこりゃあ?」
石化予防薬と石化回復薬に加えてもう3つ同じ薬が入った小瓶を渡すと、ハルトは奇妙な物にでも触れるようにその小瓶を摘んだ。
「なに、怪しい薬じゃない。まだ名称はつけていないが、精神を落ち着かせて集中力を高める効果がある。そうだな……『精神統一薬』とでも名付けようか。副作用も特に無いから安心していい」
「い、いや、そりゃあすげぇと思うんだけど、どうしてこれをくれるんだ?」
「きっと役に立つと思ったからな。それに、最近面倒をみている後輩がいるんだろう?」
「だから3本も……ありがたい」
「そう思うなら早朝の近所迷惑この上ない大声を少しでも小さくしてくれるとこちらとしても嬉しいんだが?」
「おう、次からはそうする! じゃあ行ってくるぜ!」
「ああ、気をつけてな」
ハルトが何かしらの依頼に赴く際は必ず俺のもとで薬を調達していく。
そのため、こうしてハルトが依頼に向かうのを見送ることが一種のルーティンになっていた。
……だからあいつが次来る時にも、近所迷惑この上ない大声で俺を呼びながら教会の扉を叩く様子が容易に想像できた。
「牧師さんおはようございます。実はねぇ、少し頼みたいことがあるんだけど……」
そうこうしているうちにまた1人、今度は近所に住むお婆さんが教会を訪ねてくる。
この教会に祈りに来る人はあまりいないが、薬を求めに来る人や大なり小なりの依頼を持ち込む人は割といる。
今日も忙しい1日になりそうだと予感しながら、俺はお婆さんの話を聞いていた。
「この娘が倒れてたんだけど、私じゃどうすることもできなくてねぇ……」
お婆さんの話を聞いた俺はお婆さんの家の近くに来たが、なにやら見覚えのある白髪の少女がうつ伏せになって倒れていた。
いちおう仰向けにして脈を測り、呼吸も確認したが別に問題は無い。
「寝てるだけか……でも、かなり疲労が溜まってるみたいだ」
「おやまぁ随分と別嬪さんだねぇ。こんな可愛い娘さんに何も無くてよかったよ。じゃあ後は牧師さんにお願いしてもいいかしら?」
「ああ、目が覚めるまでの面倒は見よう」
とりあえず教会に運ぼうと少女を横抱きに抱き上げる。
「あらあらまあまあ!」
背中にお婆さんからの妙に生暖かい視線を感じる。
いや、お婆さんだけじゃなく、少女を運んでいると色んな人からお婆さんと似たようなどこか生暖かい目で見られた。
もうわけがわからなかった。
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昼飯時。自分の昼飯を作るついでに野菜のスープストックに溶いた卵を加えてスープを作る。
そろそろ目が覚める頃だろうし、起きたら腹も減っているだろう。
「よし、美味い」
野菜の優しい甘みがじんわりと口に染み渡る。
スープも完成したのでベッドに寝かせていた少女の様子を見に行く。
するとちょうど今、目を覚ましたようだ。
「あれ? 私は……」
「目が覚めたか」
「ひゃあっ! あ、貴方はあの時の……クオンさんでしたよね?」
「ああ、昨夜ぶりだな。道端で倒れていたからここに運んだが、体調に問題はないか?」
「は、はい! 疲れもとれて絶好調です」
「そうか、腹は減ってないか?」
「え、えーと、お腹は……」
タイミングよく、きゅるるる〜という可愛らしい音が鳴った。
もちろん俺ではない。
「えと、こ、これは、私じゃ……」
この部屋には俺と彼女の2人しかいないから誤魔化しようがない。
少女はよほど恥ずかしかったのか、白い肌を真っ赤にしてお腹を押さえていた。
「ちょうど昼飯ができたところだ。少し待っていてくれ」
可愛らしい音に関してはあまり触れない方がいいだろうと思い、すぐにスープを取りに行こうとすると少女はベッドから下りて俺の服の袖を掴んだ。
「いえ! そこまでお世話になるわけには……!」
きゅる〜とまたしても可愛らしい音が鳴る。
少女は俺の服の袖を掴んだまま、さらに顔を赤くして俯いてしまった。
「ああ、歩けそうならダイニングに来てくれ。すぐにスープを用意しよう」
「は、はぃ……」
相当恥ずかしかったのか少女の返事は消え入るように小さく、ダイニングまで歩きテーブルについてもその真っ赤になった顔を上げることは無かった。
「パンとスープしか無いが、温かいうちに食べてくれ」
未だ顔を赤くして俯いた彼女の前にパン屋で買ったパンと野菜と卵のスープを置く。
「あ、す、すみません。いただきます」
彼女はまずスープから口をつけた。
「……温かい」
「それはまあ、出来立てだからな」
「これは貴方が作ってくれたのですか?」
「ん? ああ、あまり他人に振る舞ったことは無いからな。口に合わなかったか?」
「いいえ、そうでは無いんです」
炊き出しは神殿で行うから他人に料理を振舞う機会が無く、口に合わない味付けだったかと心配したのだが、どうやら違うようだ。
「ただこの美味しくて、優しい味のスープを作ったのが男性の神官であることに驚いて……えっと、貴方のことを悪く言っているわけでは無いのですが」
「ああ、そういうことか。確かに、貴族の相手や政治やらに忙しい王都の男神官は料理なんかしないだろうな」
愛と平和の女神の総本山であるギブンピースがある王都の男神官は諸貴族と裏で金のやり取りをしていたり、権力闘争に明け暮れているという噂は多少聞く。
料理をしている暇なんて無いのだろう。
その点、リゲインの神殿はあの領主が目を光らせているから平和そのものだ。
「よく知っていますね。王都の神殿に行ったことがあるのですか?」
「……幼い頃に一度だけな。成人してからは一度も行ったことはない」
成人になる誕生日を迎えて洗礼を受けずに王都を飛び出したからな。
幼い頃の一回というのも、ソーマが産まれる瞬間に立ち会っただけで、それ以外で王都の神殿には近づくことすらなかった。
「その割には王都の神殿事情に詳しいようですが…….」
「まあ一応牧師という立場だからな。噂くらいは耳に入るさ。勿論、アンデッドを専門に討伐依頼を請け負う白髪の神官のこともな」
「ッ! ……気づいていたのですか」
どうやら、彼女は俺が知らないと思っていたらしい。
スープを口にしてから微笑みすら浮かべていた彼女の顔が引き締まる。
「まあ、白髪の若い神官というだけでかなり珍しいからな。加えて今は小さくしているようだが、昨夜見たあの白い大鎌という2つの要素があれば君が『白鎌の神子』であることにほぼ確信が持てた。君はどうやら俺が君のことを知らないと思っていたみたいだが、同業者の情報を調べないはずがないだろ?」
「同、業者……?」
彼女はもっと自身が有名であるという自覚を持った方がいいだろう。
彼女は俺が『白鎌の神子』という言葉を出したことに多少驚いたようだったが、それよりも「同業者」という言葉に反応した。
「クオンさん……貴方は何を知っているんですか? お願いします。貴方の知っていることを私に教えて下さい」
彼女はとても真剣な目でこちらを見つめてきた。
最初からこちらの事情はほとんど全て話すつもりだったから、教えることは特に問題ない。
しかし今の彼女の様子を見るに、少し、いや、かなり心に余裕がないように感じた。
「それは構わないが、昼飯を食べてからにしないか? ほら、スープも早く食べないと冷めるぞ」
「え? え?」
「君がまたあの可愛らしい音を聞かせてくれるなら、今すぐ話し始めてもいいかもな」
「それは……! いえ! 先にいただきます!」
話を逸らしたことで少し呆気にとられていた彼女も、ハッとしたように顔を再び赤く染めてスプーンを握った。
「あっ……」
だが、また何かに気づいたようですぐに食事の手は止まった。
「え、え〜と、今更ですが、私はクロエと言います。これほどお世話になっておきながら名前も名乗らず、本当に失礼しました」
そう言うとクロエは座ったまま深々と頭を下げた。
そうか、そういえば確かにまだ名前を聞いていなかったな。
よくよく考えてみればおかしな話だ。
どうやら俺はクロエの名前を聞かないまま彼女に昼飯を振舞い、彼女に詰問されかけていたらしい。
「フッ、本当に今更だな」
「うっ、神官として、いえ大人として恥ずかしいです……」
「いやそんなに落ち込まなくてもいいと思うんだが……まあ、あまり気にするな」
「いえ、それでは私の気がすみません」
「なら俺が作ったスープをさっきみたいに飲んでくれ」
「それだけ、ですか?」
「ああ、美味しいと言ってもらうのはなかなか嬉し……いや、なんでもない」
口が滑った。
初めて美味しいと言って貰ったことで少し浮かれてしまったのかもしれない。
「で、ではいただきます。……はい、やっぱり美味しいです」
「そ、そうか」
なぜか妙に恥ずかしい。
こんなはずではなかったのだが、それから俺もクロエもぎこちないままパンとスープを食べ進めた。
山登チュロです。
すぐに次話を投稿しようとしたんですが、ポケモンソードを購入した結果音速で時間が過ぎました。
引き続き投稿頑張ります。
……あ、もうチャンピオンになったのでメタモンの厳選というものに手を出して地獄を見ていています。
ポケモン剣盾オススメです!




