第7話 轢き逃げ事件を起こした
「護衛を1人も集められなくてごめんなさい。ハコネやユフインに殺される事なく無事王都に着けるのを願ってます」
サルファ=ラ=ドン討伐(?)から1週間が経ち、とうとう「特殊初心者優遇規則」に則って王都に旅立つ日が来た。
今別れの挨拶をしてくれたのは、転生した当日からお世話になっている受付嬢だ。
「・・・護衛、付く予定だったんですか?」
「はい。通常、特殊初心者に護衛が付くことは無いのですが......魔王妃に命を狙われているという事情がある以上、ギルドの方針として特別に護衛を用意する事に決めたんです。報酬もかなり弾んだのですが......結局、魔王妃からの護衛となるとSランク冒険者でさえも渋ったみたいで」
僕なら大丈夫ですよ、と受付嬢を労った後、ふと違和感を感じたことを尋ねてみた。
「今貴方は『ハコネやユフインに』とおっしゃいましたが、アタミが来る可能性はないんですか?」
「その心配は無いと思います。アタミは魔王の正妻でして、その従魔であるサルファ=ラ=ドンは他のサルファ=ラ=ドンとは毛の色が違います。アタミが来ようもんなら勝機は更にうんと小さくなりますが、それは杞憂でしょう」
その時、横からホッホッホと笑い声が聞こえてきた。
「本当に馬は用意しなくていいんかのう」
会話に割り込んできたのはギルドマスターだ。
それにヤオジムも付いてきている。
「淳なら大丈夫ですよ」ギルドマスターの問いにはヤオジムが答えた。「淳の乗り物は馬なんか目じゃないくらい速いですからね。僕も同乗した時は死ぬかと思いましたよ」
せっかくヤオジムが話題に出したので、良いタイミングだと思いカワサキを収納から取り出す。それを見て、ギルドマスターは「これが......乗り物なのかのう?」と不思議そうな顔をした。
「王都への直線的な方向は向こうだ」
ヤオジムが北北西あたりを指した。
ヤオジムの言わんとする事を理解したのは俺だけらしく、受付嬢とギルドマスターはぽかんとしている。
「確かにそうじゃが......ここから王都に一直線で通っている道などなかろうに」
「ギルドマスター、淳はあの乗り物で空を飛べるんですよ」
「......はぇ?」
・・・実際には空中に浮かぶ結界を地面がわりにしているので、飛行ではないのだが......ヤオジムもそれはわかっているはずだし、あくまで分かりやすく便宜的な説明をしたということなのだろう。
「今までありがとうございました。では行って参ります。"バイクだけに、ブンブン"」
カワサキのエンジンをかけ、跨る。
挨拶も済んだのでいざ発進、と思った矢先、ヤオジムが最後のアドバイスをくれた。
「もし魔王妃に遭遇したら、全力で逃げるんだぞ。その乗り物なら......あるいは、魔王妃の追跡を撒けるかもしれん」
「肝に命じます」
☆ ☆ ☆
地上から十数メートルの高さに張った結界の上を進み続けて1時間が経った。
途中、「この高さで走ってて、山とかにぶつかったりしないだろうか」と考えもしたが、弓矢を創造して第一宇宙速度と第二宇宙速度の間の速度で射てみたところ、無事に帰ってきたのでその心配は無さそうだ。
意外と景色が綺麗なので、スピードも時速300km程しか出していない。
そんなこんなで、前世、つまり地球では見なかったようなのどかな景色に目を奪われていた最中。突如かけられた大声に、俺のまったり気分は壊された。
「そこの人間、止まりなさい!」
聴こえてきたのは上空からだった。
見上げると、頭に角を生やした1人の女性が浮かんでこちらを指差していた。
・・・うーん、何というか「ザ・魔族」ってな見た目だな。確証は無いけれど。
タイミングからして、あれが魔王妃である可能性はかなり高い。
人違いだったら無視するのも申し訳ないが......ここは俺の身の安全優先ということで、更に加速させてもらおう。
アクセルをより一層吹かし、時速500kmくらいに加速する。
魔王妃と思われる女性は上空に浮かんでいるだけだったので、あっさりと抜かすことができた。
と思ったのも束の間。なんと、魔王妃と推測される女性は飛んで追いかけてきたのだ。時速500kmに後れをとることなく、だ。
「逃げるってことは、自分から『私がサルファ=ラ=ドンを殺しました』って白状しているようなもんね。貴様には死んでもらうわ!!」
・・・しまった。これってもしかして、素直に止まってれば話し合いで誤魔化せたやつじゃないのか?
発言内容からも追跡者は魔王妃で確定だし、この判断ミスはかなり気が滅入るな。
こうなれば、いよいよ残されたのはスピード勝負だ。
気持ちを切り替えて、とにかくアクセルを吹かしきろう。
こちらの速度が亜音速程度になると、流石に追いつけないのか、魔王妃との距離が徐々に開き始める。
良かった、これなら無事魔王妃を撒いて王都に入れそうだ。
そして、いよいよ魔王妃が点にしか見えなくなってきた頃。俺は、一つの異変に気づいた。
遥か遠方、ちょうど自分が進んでいる方向に、黒い扉が現れたのだ。
「・・・瞬間移動でもする気か?」
9割方有り得ない、と思いながら呟いた独り言。数秒ののち、それは現実と化した。
「このユフイン様から逃げられるとは思わないことね!」
かなり遠くにいるはずなのに、拡声魔法でも持っているのだろうか、明瞭に声が聞こえてくる。
・・・ユフインか。確かに、アタミではなかったな。
流石にこのままでは埒があかないので、攻撃に出てみるとしよう。
と言っても、正面からやり合うつもりは特に無いので「バイクで走行したままできる攻撃のみ」でだが。
既存の結界道路の上に、ちょっとした上り坂の結界を作る。
勾配は、ちょうどユフインの顔面を車輪が通過する程度だ。
「は......?なにこの結界、動けない!」
ちょうどユフインの首の位置だけ穴を開ける形で結界を用意したので、結界を壊されたり再び瞬間移動をされたりしない限りユフインが動くことはできない。
その間にも、俺は上り坂を走りながらギアを1速に入れ、体重を前に移動させる。
「せーの、ほっ!」
掛け声と共に、エンジンを再び全開にしつつ重心は後ろに移動させる。
すると、バイクの前輪が浮かび上がった。そう──ウィリーだ。
ウィリーが始まったカワサキの後輪からは、隠し武器である刃が後輪を覆うように出現する。そう、ちょうど草刈機の刃のような形状になるのだ。
「こちらも命は惜しいんで一瞬で決着をつけさせてもらおう。秘技・<後輪鋸>」
刃付きのカワサキの後輪は、いとも簡単にユフインの顔を両断する。
決着は、おそらく着いた。
☆ ☆ ☆
ユフインとの対峙から1時間弱が経ち、俺は王都に着いた。あの後は亜音速で走り通したので、予定より速い到着だ。
常識的に考えて顔を両断されて尚生き延びるなどあり得ないが、それでも相手は魔王妃。「殺した」と断言できないところが異世界の辛いところだ。
それでもまあ、ユフインが再出現することはなかった以上容体は「死」ないしは「瀕死」のどちらかだろうけれど。
逃げ切れただけで満足だと思いつつ俺はカワサキを着陸させ、エンジンを切った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その頃、魔界にて。
アタミは、一つの魔道具を右手に呟いた。
「ユフインが......殺された......」