第43話 融合使徒は弱いかもしれなかった
「あいつが例の脅威か?」
振り向くと、いつのまにか先輩たちが自分の元へと集まっていた。
まあ、他の敵がいなくなったのでそうしたのだろう。
「おそらくは。あいつが融合使徒でしょう」
「聴いてた割に温厚そうな奴じゃん。負けるかもしんないけど、命の危険はないっぽいね!」
おちゃらけた口調で、別の先輩がそう口にした。
この人、この状況で肝っ玉据わってんな。
「ってかさあ、これ試合続行するの? 審判、逃げちゃったよ?」
先輩がそう続ける。
……それは完全に盲点だったな。試合が中止となっては、そもそも戦うこともできない。
破壊天使の紋章実験も延期となってしまうな。
だが、ここで問題が一つ発生する。
確かに審判が逃げてしまった以上普通に考えて試合中止なのだが、審判は「試合中止」と言い残していってもいないのだ。
つまり、ここで勝手に選手の身で中止になったと判断し、帰ったら場外負けになってしまう恐れがある。
平たく言えば、帰るに帰れない状況となってしまったわけだ。
収納に入って仮眠でも取るか?
いや、審判は俺が収納に入れる事など知らない。
俺が収納の中にいるうちに審判が戻ってきたら、即座に俺は場外判定とされてしまうだろう。
そもそも収納が場内扱いなのか場外扱いなのかも不明だしな。
前例も定義も無いから議論不能だろうけど。
そんなことを考えていると、よく知っている声が響いた。
「審判は私が代わって務めます。試合、続行!」
審判の交代を宣言したのは、サフシヨ様だった。
……それ、ありなのか?
確かにサフシヨ様はどの学院の運営にも関わってはいないけれど、フワジーラ家の最高権力者が聖フワジーラ学院に肩入れする事など、火を見るよりも明らかなはずだ。
いくらでも不正な判定が出そうな気がするんだが。
まあ、フワジーラ家の力を以ってすればどうとでもなるんだろう。
祭政一致と摂関政治のダブルパンチ、マジで半端ないな。
そう言えば、タイラーノ学院の使徒編入の手口も実は結構グレーな線を行ってるって話だったか。
ミットナーモとエノコの選手は全員審判交代前に場外となったし、そこからの文句は特に出ないだろう。
そう言った事情を加味すれば、確かにこの審判交代を強く批判できる人間はどこにもいないのかもしれないな。
見ると、先輩たちはサフシヨ様の発言をうけ、真剣な表情に戻って融合使徒と対峙している。
どうやらやる雰囲気だな。有難い。
☆ ☆ ☆
拮抗は30秒ほどの後、先輩たちの攻撃によって崩れた。
3人とも、それぞれに出せる全速力で融合使徒に向かっていく。
使徒の紋章を手に入れて4日しか経っておらずまだその力に慣れきっていないはずだが、なかなかいい動きをしているな。
それに対し、融合使徒も動く。
「フハハ、3人か。皆一斉に場外まで吹き飛ばしてやる! 技はこうだったな、サイレントヒル!」
融合使徒は、俺の真似をするつもりかのようにサイレントヒルを詠唱した。
だが、俺はその魔法に違和感を覚えた。
条件反射で、鑑定が発動してしまう。
【融合使徒の即死魔法】
効果範囲内の強さ0.88888以下の人間を皆殺しにする魔法■
……前言撤回だ。
この融合使徒、口では温厚そうな奴を装っていたがとんでもない凶人だった。
すかさず、サフシヨ様の元へ移動し、その手に握られていた青龍偃月刀を奪いとった。
そして、絶対生命維持の月を発動した。
審判の武器を奪って使うなど、どう考えても一発で失格になる行動だ。
だが背に腹は変えられない。人命がかかっているのだ。
……まあサフシヨ様のことだから、この行動は不問にするだろうけど。
即死魔法を受けた先輩たちは、四肢を吹き飛ばしながら場外へと吹っ飛んだ。
絶対生命維持の月が無ければ、木っ端微塵にでもなっていたのだろうか。
「サフシヨ様、後を頼む」
そう言って、俺は青龍偃月刀をサフシヨ様に返した。
これで、絶対生命維持の月の術者はサフシヨ様へと入れ替わり、俺は戦いに専念できるようになる。
「他の選手の怪我は、私が何とか全治させて見せる。だから、心配しないで戦ってきて」
そう言われ、俺は試合へと戻ることになった。
……融合使徒が、危険な奴であることは分かった。
だが、まだそいつが俺より強いのかどうかは判明していない。
つまり、魔神を納得させるには、時空魔法発動の前に少し手合わせをする必要があるだろう。
とりあえず、これだな。
「青酸撃」
すると……融合使徒は痙攣を起こし、悶え出した。
……嘘だろ? これで終わりとか無いよな?




