閑話 破壊天使の日常
ある日、遥か彼方の銀河でのこと。
「貴様らなど、このディバインミサイルで終わりにしてやらぁ!」
「だから、そんなチンケな攻撃は効かぬと言っておるだろう」
隣り合う2つの恒星系を管理する2人の魔神・ニトロンとマイトは、この日も星間戦争に勤しんでいた。
星間戦争といっても、実際に行われているのはそれぞれの恒星系の魔神同士の一騎討ちだ。
惑星に住む人々がやっているのは、魔神へのお祈りのみ。けれどもそれは、魔神にとっては戦う理由としては十分すぎるものだった。
星間戦争の原因は、ズバリ、オリハルコンだ。
オリハルコンは、この2つの恒星系の片方にしか存在しない貴重な金属。
それを奪うため、オリハルコンを持たぬ恒星系の惑星に住む人々が侵略を開始したのだ。
謂わば、オリハルコンを持つ恒星系がやっていることは正当防衛である。
仮に破壊天使リンネルがこの場に居合わせ、この戦争を仲裁するならばオリハルコンを持たない側の魔神・ニトロンが一方的に罰せられることとなろう。
──オリハルコンを持つ側の魔神・マイトが、禁断の魔法を行使していなければの話だが。
マイトは、持たない側の侵攻に心底嫌気が差していた。
そのイライラが募りに募って、マイトはとある魔法に手を出してしまう。
「……ええ加減にせい。タイムポジトロン」
タイムポジトロン。
電子の時間経過を逆さにする事で電子を陽電子のように振舞わせ、えげつない攻撃力を持たせる時空魔法の一種である。
魔神が行使するタイムポジトロンが直撃すれば、惑星の1つや2つ軽く消滅してしまう。
「チッ……また使ってきやがったか。禁断の魔法を何度も何度も躊躇いも無く……!」
ニトロンは、この禁断の魔法から自らが管理する惑星を守ろうとする。
が、しかし、ニトロンに可能なことと言えばタイムポジトロンの軌道を逸らす程度のことだった。
「ぬおおおおおおぉぉぉ! ……ふぅ、何とかどかしたぜ。……! しまった!」
何とかタイムポジトロンの軌道を逸らす事に成功したニトロン。
しかし軌道を逸らされたタイムポジトロンは、恒星系の中心にある恒星に1直線に向かっていった。
こうなる事は過去にも多々あった。
その度に、恒星は多大なるダメージを負っていった。
もし、今回のダメージがそこに加われば。
今度こそ、その恒星は超新星爆発を起こし、惑星ごと霧散してしてしまうだろう。
「……こうなったらやむを得ねえ。俺だってやってやらぁ!」
タイムポジトロンの射線上に転移したニトロン。
彼もまた、禁断の魔法の行使を心に決めていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「これで100件目の星間戦争。悪いけど、この銀河は見限るしか無いようね」
ニトロンとマイトの星間戦争その一部始終を目にし、呆れを隠せないでいる者がいた。
その者こそが、破壊天使リンネルだ。
「あれは……タイムポジトロン。またやってしまったのね。時空魔法は使うなとあれだけ言っておいたのに!」
相対論棄却の魔法を使い、光速を超えて戦場へ突入するリンネル。
ニトロンがタイムポジトロンを行使した直後にその射線に到着したリンネルは、両者のタイムポジトロンを手首のスナップだけで搔き消した。
「強制転移」
ニトロンの近くへ、マイトを転移させたリンネル。
その冷ややかな視線に、2人の魔神は慄くより他無かった。
「時空魔法の使用は禁止って、前もしっかり伝えたはずよね?」
リンネルの問いに、答える者はいない。
何か話さなくては余計な怒りを買ってしまう。その事は重々承知している魔神たちだが、恐怖と絶望がその口を開けないようにしているのだ。
「何とか言いなさいよ。──イモータルパニッシュ」
不死の魔法でショック死を防ぐ事で、限界以上の苦痛を与え続ける魔法が2人の魔神を襲う。
その断末魔の叫びはほぼ真空に近い宇宙空間の低密度な空気分子を伝い、惑星の大気をも震わせた。
「まあ、どうせこの銀河はもう用済みだから、この2人を苦しめる理由は無いか」
数十秒ほど不死の拷問を加えたリンネルは、その魔法から不死の効果を解除した。
その途端に、魔神たちは息絶えた。
「星間戦争発生件数が3桁に達した銀河は『規定以上の退廃度』と見做し、排除するわ。」
リンネルは右手からエネルギー弾を生成すると、それをその場で爆発させる。
この日、宇宙にある銀河の1つが、たった1撃の魔法で跡形も無く破壊された。




