第35話 勇者は魔王から魔王を守る
「おはよ……うん?」
「あ、淳さん、ちーっす」
朝が来て収納から出た時、俺は魔力でできた黒い扉を目にした。
転移門だ。
一体、誰が来るというのだ?
「……あ、淳様もいらっしゃったんですね」
転移門から出てきたのは、ヤウォニッカだった。
ヤウォニッカは続ける。
「昨日、淳様がお連れさんと一緒にここへいらっしゃったじゃないですか。ですから、お会いしようと思っていたんです。 ……淳様はお連れさん1人残してすぐ消えちゃったんで、来るかどうか一晩迷っちゃったんですけどね」
「淳さんが消えたのはね、収納に入ってたからなんだよ! あの収納に入っちゃうとかマジヤバくね?」
「そ……そうだったんですか」
心なしか、アラレジストのテンションが上がっているように見える。
初対面の相手に、あんな気さくな話し方する奴では無かったと思うのだが。
「で、君、名前なんて言うの? 君も魔王を倒しに来たの?」
「……はい? 魔王はわ──」
『ちょっと待て! その事は言ってはダメだ!』
一瞬、ヒヤリとした。
そうだった、魔王が2人いて、倒してほしいのは片方だってことはアラレジストには伝えて無かったな。話がこじれる所だった。
『どうしたんですか? 急に念話で』
『俺の連れは勇者だ。素性は明かさない方が良い』
『……勇者? 何でそんな奴を連れて来たんですか!』
『もちろん、あいつに討伐してもらうのはルシオラの方だ。俺が直接手を下すのがまずいなら、人間にやらせれば済むと思ってな。ヤウォニッカが魔王だとバレたとしても討伐対象では無いと説明すれば良いだけだが、話はこじらせない方が良いだろう』
『そういうことでしたか』
ヤウォニッカに納得してもらったところで、念話を切った。
「私はヤウォニッカと申します。私ではお力添えになれないので、魔王討伐はあなたに任せます。頑張ってくださいね!」
そう言って、ヤウォニッカはアラレジストに満面の笑顔を見せた。
「いっちょやったりまっせ!」
アラレジストは上機嫌そうに腕に力こぶを作って見せ、やる気アピールをした。
その後、ヤウォニッカは自らの城へと帰っていった。
すると、アラレジストが呟いた。
「……やっべぇ、あの子超かわいいじゃん。マジやる気出たわ。かっこいいとこ見せよ」
……アラレジストの奴、さてはヤウォニッカに一目惚れしたな。
応援するぜ、その恋。
そうだ、思い出した。
今日は聖フワジーラ学院の上級生に使徒の紋章を彫らなければならないんだった。
魔界側の状況、アラレジスト1人に任せて大丈夫だろうか?
「アラレジストさん、ちょっと話が」
「何ですか?」
「俺、ちょっと王都に用事があるんですが……俺だけ一旦帰るのは、流石にマズいでしょうか? あ、もちろん迎えには来ます」
「全然問題無いっすよ! ってかむしろ、ヤウォニッカちゃんに良いところ見せるには俺1人の方が都合良いかもですし」
想定以上の快諾だな。
これはここに来てくれたヤウォニッカにお礼すべきかもしれない。
「魔王はヤウォニッカさんを狙ってるんで確実にここを通ります。すれ違うとマズいので、ここで待ち構えておいてくださいね」とだけ言い残して、転移魔法を発動した。
ぶっちゃけアラレジストがルシオラを見失うとは考えにくいが、決戦が遅れてくれれば戻って観戦できるかもしれないからな。
転移門を開き、「彫り右衛門」の店内に戻る。
……今回は、慣れのおかげかちょっとだけ魔力消費を抑えられた気がする。
☆ ☆ ☆
「施術完了です。お疲れ様でした」
……ふう。ようやく4人目の先輩の紋章改造が完了した。
これで、最悪の場合でも聖フワジーラ学院は結果を残すこともできよう。
もう昼過ぎだな。転移したら夕方か。
ルシオラはと言えば……ようやく動き出したようだな。
アラレジストのいる場所まで、あと1時間ほどで到着か。
そうだ。
アラレジストの奴、ヤウォニッカに良いとこ見せるため1人で戦いたいとか言っていたな。
どうせなら……俺、透明になれるかやってみるか。
可視光の屈折と反射をなくすイメージで魔法を使う。
……うん。上手くいったようだな。
再び転移門を開き、魔界へと転移した。
☆ ☆ ☆
1時間後。
ちょうど完全に日が落ちた頃、ルシオラ一行はやってきた。
「っしゃあ来たか。一人でやってやらぁ!」
アラレジストはと言えば、未だに俺に気づいていない。
ルシオラ一行がここを通るのは自明とはいえ、定期的に探知くらいしろよって思ってしまう。
そして、いよいよお互いの距離が近くなった時。
「止まれ、魔王! ヤウォニッカちゃんを傷つけようってやつは、ここで俺が成敗してやる!」
アラレジストが、ルシオラの目前に躍り出た。
「……ヤウォニッカの手下か。我らへの妨害は万死に値する! 覚悟せい!」
ルシオラはアラレジストに全力で殺気を放つ。
もっとも、アラレジストはといえばそんな物は意にも介していないのだが。
「俺はたしかにあの日、ヤウォニッカに負けた。だがな、俺の真価は集団戦術にこそあるのだ! とくと恐怖を味わってもらうぞ──点滅幻惑の陣」
ルシオラは、詠唱と共に高速で点滅し始めた。
……なるほどな。確かに、高速の点滅の影響でルシオラの部下たちは幾多の残像に見えるようになった。
どこから来るのか判断し辛くさせる魔法という事か。
「そんな小細工は俺には通用しねえよ!」
猛スピードで突撃するアラレジスト。
「くらえーい、シアニドストライク!」
アラレジストの一撃で、広範囲に毒ガスが舞った。
……さてはお前、魔王妃アタミに憧れていたな?
それはいいとしても、毒の正体を知らないで魔法を発動したせいで詠唱と効果が一致していない。
アラレジストよ、それは青酸ではなくただの高濃度な毒霧だ。
「ゲホッ、ゲホッ。ああちくしょう、カッコよく行くつもりが」
……アラレジストのやつ、自分の毒にやられてすぐに毒を消しやがった。
俺は何のコントを見せられているんだろう。
何故自分には効かない工夫をせずに毒霧を使うんだ。
カッコつけるために、敵の必殺技以上の自爆ダメージを負ってどうする。
……しかし、あの点滅は……ちゃんと探知しながら倒せば特に厄介ではないのだが、目がチカチカして鬱陶しい。
魔王本体はアラレジストに任せるにしても、手下は俺がやるか。
「サイレントヒル」
アラレジストがその気なら、俺も魔王妃の技を借りよう。
もっともこの技は俺も正体を知らないので、見よう見真似である。人のことを言えない。
とりあえず、四方八方に衝撃波を飛ばすイメージでやってみたのだが……
「「「「ぐああああぁぁぁぁっ!」」」」
全ての手下が、断末魔の叫び声をあげながら四散した。
「どやあっ、後から効く毒!」
……アラレジストよ、俺が攻撃に参加しても気づいてないのか。
カッコつけたいのは良いが、あまり残念な奴にならないようにしろよ。
「これで後はお前だけか。終わりにしてやる!」
アラレジストはそう叫ぶと、魔力をめいっぱい込めた火の球を生成した。
そして、左足を軸にして2回転してから──
「パイロブレイク!」
右足で、思いっきり火の球を蹴り飛ばした。
火の球は、一瞬でルシオラに肉薄する。
そして……避ける間も無く、ルシオラは豪炎に焼き尽くされた。
魔王城の方角に、グッと親指を立てるアラレジスト。
……ヤウォニッカには、アラレジストの功績を少々盛って話しとくとするか。
アラレジストの恋の行く末やいかに?




