第31話 魔神アール=エルシィの葛藤と決意
今回の話は淳は出てこないので3人称視点で進めます。
次からまた淳の1人称視点に戻ります。
魔神・アール=エルシィは悩んだ。
魔神を悩ませたのは、千里眼で見た淳の動向だ。
魔神の特殊魔法である千里眼はただ遠くの物が鮮明に見えるだけでなく、自分が管理している惑星の全生物の収納さえ覗き見できる。収納のプライバシーなどあったものではない。
尤も、魔神が収納の中を覗くことは滅多にない。収納の中は時間が停止している上、他人の収納からの持ち出しは不可能な仕様なので基本的に何を入れられようと問題ないからだ。
トランクルームや銀行の貸金庫と違い、爆発物も貴重品も重要書類もオールーオッケーなのだ。
そんな魔神が淳の収納を見た理由。それは、魔神が淳を監視している途中、淳が収納の中へと入っていったからに他ならない。
その結果、魔神は淳が破壊天使の紋章をコマ撮りにして丁寧に模写していたのを見てしまったのだ。
「あやつはリンネル様への想いを諦めておらん。困ったものだ……」
破壊天使リンネルから命じられた魔神の本来の役目の1つに、「不穏分子の排除」というものがある。
破壊天使と同等の力を手に入れる研究を行う者がこの「不穏分子」に該当するのは明らかだ。魔神には、今すぐにでも淳を殺害する権利──いや、義務があるのだ。
だが先日の決闘からも明らかなように、魔神は淳に勝つことができない。
このままでは、破壊天使リンネルが銀河の巡回でやってきた時にどんな罰を食らうか分からない。魔神には、ただただそれが不安で仕方なかった。
「人類の寿命は短い。この先80年ほどリンネル様が巡回にいらっしゃらなければ、淳はもともと存在しなかったことにもできよう。だが前回のリンネル様のご来訪は400年以上前。そろそろいらっしゃってもおかしくはなかろう……」
こんなことなら、青酸神シーエ=ヌに魔神の位を譲り渡しておけばよかったかもしれない。そう考えてしまうほど、魔神の心は弱っていた。
魔神は、今後の行動の選択肢は3つだと考えた。
1つ目は、他の魔族、例えば現魔王に準決勝で敗れた魔族に特殊加護を与えて魔王を代替わりさせ、そのまま魔族を引き連れて淳に妨害工作をかけさせる強硬コース。
2つ目は現魔王に淳を口説かせるお色気コース。現魔王は、少なからず淳に好意を持っている。そこで2人に幸せになってもらい、淳にはリンネル様への想いをなくしてもらうのだ。
そして3つ目は座して淳の研究の成功を見守り、上手く行ったら淳にリンネル様から匿ってもらう傍観コースだ。
ここから魔神は選択肢を絞る。
強硬コースは仕掛けやすい上に、魔神本人に及ぶリスクも低い。だが、その全てが徒労に終わる確率も極めて高いだろう。
上手く行った時のリターンという意味では、傍観コースがダントツだ。破壊天使級の実力者の懇意にしてもらえるのだから。
だがその代わり、上手くいかなかった場合の被害も群を抜いて高い。仮にも淳の行動がリンネル様の逆鱗に触れ、決闘でも起ころうもんなら全宇宙の大部分の銀河はあえなく壊滅するだろう。
何より、自分の命運がかかった場面で完全に他力本願というのは魔神にとってありえない選択だった。
……消去法で一番望みが厚いのはお色気コースか。
全く以って魔神に似つかわしくない判断なのがどうも腑に落ちないが、なんせ正攻法ではどうにもならない事態だ。
魔神だって魔神にならざるを得ない。
こうして、魔神は方針を固め終わった。
そして魔神は転移魔法を使い、魔王・ヤウォニッカに会いに行った。
☆ ☆ ☆
「……先代の魔神さんですか、どうなさいましたか?」
「単刀直入に言おう。我は、お主と淳が上手く結ばれるよう仲人役を果たそうと思って来たのだ」
先代ではない、と魔王の言葉を否定する余裕すら失っていた魔神は、いきなり本題に入った。
「ああ、淳様ですか……。あれからは、1度神託を受け取ったっきりですね……」
「どんな内容だ?」
「『とある実験を行ったのだが、加護に変化はあったか?』と……」
魔神は、神託の話には深入りしなければ良かったと思った。
どう考えても、淳の質問は破壊天使の力を得るための実験関連のことだからだ。
「そうか、それはまあいい。それより重要な提案があるのだ。ヤウォニッカよ、数日間、淳と行動を共にできる機会をお膳立てしようと考えているのだが、如何かな?」
「はあ……」
ここで、魔神には誤算が1つあった。
それは、ヤウォニッカの淳への想いの種類は「彼氏にしたい」と言った類ではなく、自担のアイドルに対するそれに近しいものであったということだ。
「お断りします」
ヤウォニッカの返答に、魔神の頭は一瞬真っ白になった。
「な……なぜだ?」
「私、あのお方との距離はこれ以上近づけてはいけないような気がするのです。その、どう表現すればいいのでしょうね……」
ここでヤウォニッカは一呼吸置き、こう続けた。
「私は淳が好きです。いえ、正確には「淳の魔神としての偶像」が。私は、あの方のカッコいい部分のみを知っていたい。淳という憧れの存在の、理想的な一面だけを見ていたいのです」
これには魔神も、返す言葉もなかった。
その後も魔神は有効な説得の言葉を思いつくことなく、魔王の拠点を去ることにしてしまった。
☆ ☆ ☆
それから数日が経った。
魔神は更に葛藤し続けていた。
魔神としては、できればヤウォニッカを説得しお色気コースで話を進めていきたかった。だが、説得の手立てがまるで見えてこなかった。
ヤウォニッカの利用は諦め、強硬コースに路線変更するか何度も迷った。
そんな時だった。
魔神の脳内に、1つの妙案が舞い降りた。
言うなればそれは、強硬コースとお色気コースの合体案。
特殊加護を与えた魔族を使ってヤウォニッカを襲わせ、それを淳に阻止させるのだ。
淳とヤウォニッカを共闘させ、仲を深めさせるのが目的だ。
魔神がこの案に至った瞬間、魔王選抜の準決勝で敗れた某魔族の捨て駒化は決定された。




