第2話 高値の魔石と特殊初心者優遇規則
冒険者ギルドに戻ると、なぜか俺は一斉に注目を浴びた。
いや、正確には……俺ではなく、俺が持っている武器に視線が集まっているな。
門番曰く国宝級の武器らしいし、仕方ないか。
せっかく覚えた魔法だし、試しに使ってみようと軽い気持ちで「魔槍創造」を行ってしまったが、そういえば魔法で創造した武器を消す方法を覚えていなかった。「時間が経てば魔界かどっかに帰るのかなー」とか適当な予想をしていたのだが......そういう性質のものでは無いらしいな。
毎回こうも注目を浴びるのも面倒だし、早急に消す方法を習得するとするか。
「この魔石、売れますか?」
未だに輝きを失わない魔石をカウンターに出し、係員に尋ねる。
すると、係員は眉間に皺を寄せ、まじまじと魔石を見つめてこう言った。
「これ.......一体何の魔石ですか?サイズ的にはホーンラビットのものに見えますが、込められている魔力量は亜竜の魔石を軽く超えていますよ......?」
「さあ......南門を出た所の平原に出たウサギ型の魔物を討伐した時に拾った魔石なので、あれが『ホーンラビット』ならホーンラビットの魔石だと思いますが......」
「はい、あの平原に出るのは確かにホーンラビットですね」係員は言った。「ですが、『コレ』が持つ魔力量は明らかにホーンラビットの魔石を超えていますし、ホーンラビットの魔石の価格でコレを買い取らせていただく訳にはいかないと思います。ちょっと待っててください」
そそくさとカウンターの奥へ向かう係員。1分ほどすると、初老のおじさんを連れて係員が戻ってきた。偉い人でも呼んだのだろうか。
「ほう、コレが例の魔石か」初老のおじさんが口を開いた。「見たところ、ホーンラビットの魔石で間違いないわい。異常な魔力が秘められておるという点を除いて、な。」
「ええ、そうなんです、ギルドマスター。ではこの魔石は......いくらで買い取ればよろしいと思いますか?」
このおじさんがギルドマスターなのか。やはり、「偉い人を呼んだ」という予想は間違いではなかったな。
ギルドマスターは魔石を観察しながら、どうにも腑に落ちないといった感じで言った。
「この魔石......異常な魔力の原因はおそらく、ホーンラビットが途轍もなく強力な魔法で倒され、魔石に攻撃魔法の魔力が凝縮されたことじゃろうな。魔法の威力は......古竜の最大出力のブレスかそれ以上じゃ。」
「しかし、それだと不自然な点があります」係員が疑問を投げかけた。「攻撃魔法で魔石に過剰な魔力が注ぎ込まれる場合、魔石にはその魔法の属性が付与されるはずです。この魔石は雷属性が付与されていますが、古竜のブレスに雷属性ってありましたっけ?」
「そこが問題なのじゃがな。 ......まさか、魔神の再来というわけではあるまいな?」
「魔神の再来?」係員が不思議そうに聞く。
「ああ。魔神には、『ハイボルテージペネトレイト』という固有魔法があるんじゃ。古竜数匹をまとめて始末できる、まさに災禍の如き魔法じゃわい。コレが放たれたとなると──」
ここでギルドマスターの言葉は遮られた。伝令が来たのだ。
「大変です! 南門から約3kmの地点で大爆発が起きました!」
伝令の言葉と共に、ギルドマスターも係員もギルドの外の様子を見に飛び出した。
そこで2人が見たのは、今しがた俺が「ハイボルテージペネトレイト」で起こした爆発の余波である、巨大なキノコ雲だった。
「なんと......」ギルドマスターが唖然としつつ呟く。
しかしすぐに我に帰り、俺に質問してきた。
「お主、よもやあの爆心から魔石を取ってきた訳ではあるまいな?」
「いえ、その通りです」俺は返す。「あの爆心でその『ハイボルテージペネトレイト』を詠唱したんです」
「お主、変な嘘をつくものではない。ハイボルテージペネトレイトは魔神の固有魔法、仮に全人類が勇者だったとして全員で儀式を行ったとて人間に放てるものでは──」
俺の正直な返答を全否定するように諭し出したギルドマスターだったが、途中で何かに気づいたように言葉を止めた。そしてこう訊いてきた。
「お主、先程から気になっておったのじゃが......その武器、神話上の兵器と言われておる『方天画戟』ではあるまいな?」
奇遇にも、ギルドマスターはこの武器に関して自分と同じ推測を立てたようだ。まあ三国志でお馴染みの方天画戟がこの世界の方天画戟と一致するか確かではないのだが。
「ええ、おそらくこれが『方天画戟』ですね」
──この返事で、ギルドマスターは目をカッと見開き、口をぱくぱくさせだした。
「似ておるとは思ったが......しかし、本当に『方天画戟』なら勇者でもごく一部にしか扱えないはずじゃ。」一呼吸置いて、こう要求してきた。「もしよかったら、一旦その武器を地面に置いてはくれぬか?もしワシがこれを持ち上げられなかったら、紛うことなくこれは『方天画戟』だと言えようからの」
そう言われたので、武器を地面に置く。そしてギルドマスターがそれを持ち上げようとする。
持ち上がることは、なかった。
「な......マジかよ。ギルドマスターに持ち上げられないのか、あの武器?」
「てことは......あれ本物の『方天画戟』だってことになるじゃねえか。アイツ、何者なんだ?」
振り返ると、いつのまにか自分たち3人の周りに人だかりができていた。全員、息を呑んでいる。
全員が静まり返った中、声をあげたのは係員だった。
「あの......ギルドマスター、これって『特殊初心者優遇規則』に則った案件なのではないですか?」
全員の視線が係員に向く中、係員は尚も説明を続ける。
「なぜ最弱紋の持ち主が『方天画戟』を扱えるのかは不明ですが、あの爆発が『方天画戟』の暴発によるものだとすれば、この方をただのFランク冒険者として放置しておくと恐ろしい自体になりかねません。早急に王都での特殊訓練を開始させるべきです」
・・・なるほど。方天画戟を他の人が扱おうとすると持ち上がりすらしないため、俺から奪いあげることができない。ならば、いっそのこと俺が正しく方天画戟を扱えるように訓練した方が良いということか。
しかしあの爆発は、(あの規模の魔法と知らなかったからではあるが)意図的に起こしたもの。「暴発させた」ということにして不正に王都での特殊訓練を受けるのは忍びないな。
『特殊初心者優遇規則』は取り下げてもらおうと、係員とギルドマスターに全て事情を話した。
刺青の件を話すと「皮膚内に注射器で染色液を埋めるとは......お主天才か?」などどギルドマスター含め全員にノーベル賞受賞者を見るような目で見られたので、「よろしければあなた方にも魔神の紋章を彫りましょうか?」と本業の宣伝をしてみたのだが、あっさり断られた。
なんでもこの世界では特殊なインクを皮膚に塗ることが奴隷契約を意味するらしく、プロセスは断然違えど他人に肌に何かを描かれるのは抵抗があるそうだ。
そしてギルドマスターが言った。
「お主があの爆発を完全にコントロールしていたとしても、『特殊初心者優遇規則』に則った処置には変わりないわい。どちらにせよ『方天画戟』を扱える人材を推薦しなくては人類の利益を大きく損ねることになるからのう。安心せい、お主なら確実に合格じゃわい」
安心せい、と言われたものの俺は逆に不安になった。『魔神の固有魔法以外何も使えない』という深刻な事実を思い出したからだ。
それを言うと、ギルドマスターは驚きと呆れの混じったような表情で
「方天画戟の扱い以外何も知らんと言うのか......つくづくデタラメな奴じゃ。そうとなれば、ギルド主催の初心者用魔法教室に参加してもらうことになるのう。1番近い日程じゃと3日後からじゃ。3日後の朝、ギルドに寄ってくれ」と言った。
◇ ◇ ◇
魔石は、「サイズこそ小さいものの亜竜の魔石以上の魔力を持っているので最高品質の魔剣の材料になる」とのことで金貨3枚で売れた。これで3か月くらいは何もしなくても暮らせると言うのだから恐ろしいものだ。
あと、方天画戟は持ち歩くには危険すぎるとのことで収納魔法を教えてもらった。これでいちいち武器で目立つことはなくなるって訳だ。
当面の生活は安泰になったもののとんでもなくでかい事態になってしまったな、と思いながら宿を探したのだった。