プロローグ 転生、そして神話との出逢い
「どう言うつもりだこのチャチな龍は!!」
俺は千堂淳。彫り師になって10年のベテランだ。
今日の依頼人は、とある暴力団の組長。依頼された龍の刺青はいつも通りのクオリティに仕上がったはずだ。
だが、組長はその出来に満足いかなかったらしい。決して怒らせてはいけない人を激怒させてしまった事実に動揺していると、眉間に拳銃を突きつけられた。
「腕の立つ彫り師と聞いて依頼してみれば、こんな程度の低い刺青を掘りおって......おめえは一生モンの肌に取り返しのつかないことをした。決して許さん!」
引き金を引く音と共に、俺は意識を失った。
走馬灯が走る余裕など、そこには無かった。
◇ ◇ ◇
目が覚めた時、俺はハンモックの上にいた。
確か、俺は暴力団の組長に射殺されたはずだった。それなのに、何故こんな場所にいるのだろう。
一命を取り留めて病院のベッドの上、というのならまだ分かる。しかし、脳を損傷したケガ人を揺れの大きいハンモックに寝かせる病院が一体どこにあると言うのだ。そんな病院は即刻潰れてしまうに違いない。
よく見ると、ドアの上に見慣れない文字が書いてある。そこには、「冒険者ギルド 休憩室」と書かれてあった。
・・・冒険者が一体どういうものなのかはさっぱり分からないが、ここが病院じゃないということだけは確実に言えそうだ。
ふと、銃で撃たれた部位に手を伸ばす。全くの無傷だった。
もしかしたら俺は、生まれ変わったのかもしれない。所謂輪廻転生ってヤツか。むしろ彫り師としての記憶の方こそ虚構って可能性もあるがな。
いずれにせよ、今は細かいことを気にしてる場合ではなさそうだが。
というのも、今の俺は一文無し。どうにかしてお金を稼がなければ今日の晩飯さえ食うことができない。
「ギルド」ってことはここは何かしらの組合なんだろうし、施設の人に話を聞いてみるとするか。
◇ ◇ ◇
「すいません、どこかお仕事を紹介してくれる場所をご存知ですか?」
休憩室を出るとすぐ受付があったので、係員に相談を持ちかける。
「お仕事......冒険者登録をなさるということでよろしいですか?」
「その、『冒険者登録』というのをしたらお金が貰えるんですか?てことは、冒険者というのは職業の一種?」
「......それをご存知なくてここに来る方は珍しいですね。はい、おっしゃる通りです。冒険者は薬草採取や魔物の討伐をしてお金を稼ぐ職業となります。」
「分かりました。冒険者登録をさせてください。」
何とか仕事にはありつけたようだ。魔物の討伐......狩りみたいなものだろうか。経験は全くの0だが、「冒険者」という単語を知らない人でも登録させてもらえたので「今日の稼ぎは無し」という事態だけは避けられるだろう。
と思ったのも束の間、登録用紙に記入していると係員が声をかけてきた。
「あの......大変申し上げにくいのですが、あなたは最弱紋なので戦闘行為には向かないと思います。冒険者としてはかなりやりづらいと思うのですが、よろしいのですか?」
何のことだろうと思ったその時、ふと手の甲の異変が目に入った。自分では入れた覚えのない刺青のようなものが入っている。
「最弱紋......これのことですか?」
手の甲の模様を指差しそう言うと、係員はこくりと頷いた。
「はい。紋章は生まれつき決まっているもので、魔法能力や成長限界の指標となります。後天的に変えることはできません。紋章は4種類あり、あなたの紋章は生活魔法を使うのでやっとということを示しています。」
「そうなんですか......」
相槌をうちながら俺は思った。紋章など彫り直してしまえばいいのではないか、と。
むしろ、俺は今までそっちが本業だったのだ。ただでさえ目が節穴の組長に矜持をへし折られていた所だというのに、ここで紋章に関する常識のブレイクスルーを起こし雪辱を果たさなくてどうするというのだ。
登録を終え、無料の貸し出し用武器を貰う際「すみませんが、注射器も貸していただけませんか」と頼んだ。すると係員はちょっと戸惑ったものの、すぐ二つ返事で注射器も渡してくれた。
注射器と武器を持ち、俺は休憩室に戻る。休憩所から出る時、そこに本棚があるのが見えたからだ。
もしかしたら、そこに紋章に関する本があるかもしれない。
目当てっぽい本はすぐ見つかった。「魔法大全」というものだ。
そういえば、係員の人も「魔法能力が~」とか言っていたな。ここは地球じゃないのだろうか、それとも物理法則などというものがある世界の記憶こそが虚構なのだろうか。
時間に余裕はないのでそんな雑念は消し去り、「魔法大全」を手に取る。
本を開くまでもなく、裏表紙に4つの紋章が描かれていた。
──と、その時。俺は本棚のある本に目が釘付けになった。タイトルの下に「魔法大全」に載っているどの紋章でもない紋章が描かれた、一冊の本。
そのタイトルは「リンネル神話」だった。