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気が付くと、辺りは早くも薄闇に包まれ始めている。


鬼道丸は最後にもう一度姫君に貰った扇の良い薫りを嗅ぎ、大切に懐へしまった。


そして、肩を落として深い溜め息をついた。


鬼道丸の足元には、占いの代金を入れる鉢と、占い用の式盤しきばんが転がっている。


これは四角い盤に円形の金属の盤が重ねてつけられているものだ。


表面は細かい区画に線引きされ、ぎっしりと漢字が書き込まれている。


そんなもの、鬼道丸に読めるわけがない。


鬼道丸にわかるものといったら、円盤の真ん中に描かれている北斗七星の模様くらいだ。


鬼道丸は式盤を取り上げて、試しに円盤をくるくる回してみた。


一体何のことやら。


きっと、この円盤の止まったところの文字を組み合わせ、いろいろ知識を駆使すれば、神のお告げを読み取れるのかもしれないが、鬼道丸にはちっともわかりゃしない。


何しろ、この式盤は陰陽師がよく使う道具だというんで、それらしい雰囲気を出すために親方から持たされているだけなんだから。


「ああ、一体どうしたらいいんだ」


鬼道丸は思わず大声をあげて嘆いた。


すると、不思議なことに、その声に答えるように妙な声が返ってきた。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ……」


鬼道丸は驚いて手元の式盤を見た。


まさか、式盤というものに宿るといわれている式神の返事か。


だが、そんなわけがない。


その声は、よく聞くと手元ではなく、鬼道丸の立っている橋の下から聞こえてくる。


鬼道丸が橋の欄干らんかんから身を乗り出して下をのぞくと、橋桁はしげたのすぐ脇の水際に、一人の老人が立っていた。


片手には釣竿を持ち、もう一方の手は孫くらいの年頃の女童めのわらわの手を引いている。


客が来ないのでしょっちゅう居眠りしていた鬼道丸は気づかなかったが、老人は長いことこの堀川の岸辺に腰を下ろして釣りをしていたらしい。


老人は腰に手を当てて大儀たいぎそうに伸びをし、童女を促して岸を上がってきた。そして、また例の音を発した。


「ふぉっ、ふぉっ……」


どうやらこれは、この老人の笑い声のようだ。


近寄ってきた顔をよく見ると、すぼまって皺の寄った口元には歯が一本もなかった。


それで、息が全部口から抜けたような音になってしまうのだ。


それにしても、ずいぶん年取った爺だな。おそらく、八十歳はとっくに越えているだろう。


だが、見た感じはそれほど悪くはない。


裕福な商人か貴族のご隠居らしく、身につけている薄縹うすはなだ狩衣かりぎぬは、ぱりっと糊のきいた上等な品だった。


皺だらけではあるものの老人の顔は色白で、烏帽子えぼしの下の真っ白なびんの髪には気品がある。


すっきりと通った鼻筋に、どこか鋭さを残した涼しげな眼差し。


若い頃はさぞかし……と思わせる容貌だ。


でも、歯抜けのおかげで、それもすっかり台なしになってはいるけど。

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