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姫君の頬を涙が伝う。


鬼道丸は思わず腰の手拭いを差し出そうと姫君に近づいた。


がしりとした腕が、鬼道丸の襟首を捕まえて持ち上げる。


急に喉が詰まって、鬼道丸は白目をむきながら咳き込んだ。


腕は容赦なく鬼道丸を摘み上げ、橋の欄干らんかんへ乱暴に突き倒す。


「何すんだよ」


「それ以上、姫君に近づくな」


鬼道丸が喉を押さえながら顔を上げると、牛車の傍らに背の高い男が立っていた。


はなだ直垂ひたたれに、折烏帽子。


腰には毛鞘の太刀をき、手には馬に当てる鞭を握っている。


絞った袖からのぞいている腕は、逞しい筋肉が盛り上がり、ゆうに鬼道丸の二倍はありそうだ。


日に焼けた顔は精悍せいかんで、切れ長の目元には鋭い光があった。


見た目は、広々とした東国の野を馬で駆け回る坂東武者といった感じか。


だが、言葉に東国訛りがないところからして、都の貴族の屋敷に仕える公家侍か何かだろうか。


男は鬼道丸に近寄り、なおも鬼道丸に手に持っていた鞭を振り上げようとする。


すると、牛車の中ならあの涼やかな声が響いた。


橘次きちじ、それ以上乱暴してはなりませぬ」


その声を聞くと、橘次と呼ばれた男はすぐに鞭を降ろし、その場に片膝をついてかしこまった。


この男は姫君の従者なのか。


だが、橘次は優しく慇懃いんぎんな口調ながらも、姫君にはっきりと言った。


「後は、私がこの者に話します。姫君はもう中へお入りください」


姫君の方も、この男のことを信頼しているのだろう。


そう言われると、姫君は素直に牛車の簾を下ろして、中へ引き篭もってしまった。


姫君の姿が見えなくなって、鬼道丸はもうがっかりだ。


だが、そんな感傷に浸る暇も与えず、橘次は恐ろしい形相で鬼道丸を見下ろしながら言った。


「こちらの姫君は、帝の中宮であらせられる藤原彰子様に仕える女房で、小少将こしょうしょうの君と申し上げる」


「へっ。ち、中宮様にお仕えする女房?」


「そうだ。恐れ多くも、中宮様の母君の姪御様にあたり、中宮様にとっても従姉の間柄」


「そんな高貴なお方が、俺に一体どうしろと」


「今、姫君が大切に思っておられるある方が、重い病にかかって苦しんでおられる。ここで軽々しくその名を口にできないくらい尊いお方だ。薬師にも医者にも見せたが、一向に病が良くならない。比叡山からも南都からも大勢僧を招いて祈祷もさせたし、陰陽寮の陰陽師も総出して占ったが、病の原因すら定かではないのだ。だが、高熱が続き、次第に身体が弱られてな。いまや、明日をも知れぬ御命。そこで、お前に何とかしてもらいたいのだ」

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