-25-
帝は信じられぬというように、まだ目を見開いている。
だが、小少将の君は優しく帝の頬を撫で、涙に濡れた瞳で一心に帝を見つめながら囁いた。
「主上が恋しくて……ただ、もう一度だけで良いから、主上のお手に触れそのお声を聞きたくて、こうしてまたお逢いしにきてしまいました」
鬼道丸には、もう何が何だか訳がわからなくなってきた。
今目の前にいる小少将の君は、内気で少女めいた普段の小少将の君とは明らかに違っている。
その大人びた艶やかな雰囲気は、あの塚の前にいた女の霊を思い出させた。
「あれは、もしかして、小少将の君じゃなくて……あの時小少将の君に取り憑いた女の人がしゃべっているの」
「そうじゃ」
目を白黒させながら問う鬼道丸に、晴明はあっさりと答えた。
「一体あの女の人は誰なんだよ」
「帝のお后様じゃよ」
「お后は、さっきここにいた女の人じゃないの」
「あの方は、今のお后様だ。帝には元々、元服の時に入内された最初のお后様がおられた」
「それが、あの塚の前の人? さっき、帝が定子って言ってたけど」
「そう」
晴明は鬼道丸の耳元へ顔を寄せ、小さな声で説明してくれた。
「定子様と帝は、ご結婚されてから長い間、大そう仲睦まじく暮らしておられた。だが、定子様の父上の藤原道隆様が亡くなってから、実家の中関白家はすっかり没落しての。かわりに道隆様の弟の道長様の天下となった。定子様は道長様の娘御の彰子様に帝の正妻としての地位を奪われて、皇后という名目だけの后の地位に追いやられておしまいになったのだよ。それでも、帝は定子様が忘れられず、皆の反対を押し切って寵愛しておられたのだが、定子様は一昨年の末に三番目のお子様をお産みになった後、力尽きてすぐに亡くなってしまわれたのじゃ。身内以外にはあまり看取る者もない、寂しいご最期だったそうだよ」




