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月季に引き擦られていった先は、一条戻橋から程近い一軒の瀟洒な小邸宅だった。
きちんと調えられた築地に囲まれ、門前も綺麗に掃き清められている。
だが、奇妙なことに、門番の姿が見えない。
いや、それどころかこの屋敷には人っ子一人見当たらないのだ。
普通このくらい屋敷には、女房だけでも十人程度はいるはずなのに。
月季は勝手知ったるようで、当然のように屋敷に上がりこむと、一番奥の寝殿を目指す。
妻戸を開けると、中で書物を読んでいたあの老人がこちらを振り向いた。
「おや、月季ではないか。こんなに朝早くからどうした」
そして、後ろでもじもじしている鬼道丸にも気づいて、にやりと笑う。
「もう行き詰ったか」
鬼道丸がむっとして何か言い返す前に、月季は老人の前に手をついて言った。
「はい。この者の不手際で、少々困った事態に陥りました」
遠慮会釈もない月季の言葉でさらにむっとしたものの、鬼道丸にはもはやこの老人に頼るより道はない。
それで、鬼道丸はしぶしぶ今までの経緯を老人に話した。
老人は黙ってそれを聞いていたが、聞き終わるとしばらく考え込んでしまった。
だが、やがて鬼道丸に問うた。
「その女の霊のいる塚とは、どんなところだ」
月季は鬼道丸にあの扇を持たせ、自分の右手を鬼道丸に、左手を老人に握らせた。
どうやら、この間したように、自分が橋渡しをして、鬼道丸が見ることのできる映像を老人に見せたようだ。
老人はふんふんと頷きながら、しばらくその映像を眺めていたが、やがて奇妙な風に眉頭を歪めて呟いた。
「ほう、なるほどな」
「何かわかったのか、爺さん」
「まあ、全てではないが。それでも、何とかやってみることはあろうよ」
老人はぽんぽんと手を二つ打った。
するとどうだろう。
部屋の奥の襖がするりと開き、立派な束帯一式が乗せられた乱筥が、その隙間から音もなく差し出されるではないか。
だが、襖の奥には人影がない。
鬼道丸が目を丸くしていると、老人は奇妙なことを言った。
「わしは人間が嫌いでな。人間は口を開けば、やれ仕事がきつい、出される飯がまずいと文句ばかり言う。それで、人間を雇うのはやめたのだ」
「えっ」
鬼道丸はぞっとして、思わず辺りをきょろきょろ見回す。
そんな鬼道丸に、老人は平然と言った。
「ああ、客が怖がるのでな、わし以外の人間には姿を見せるなと言うてある」
合点がいかない鬼道丸にも構わず、老人は月季に手伝わせて仰々《ぎょうぎょう》しい正装の束帯を身につけた。
そして、用意が整うと、鬼道丸に言った。
「それでは、行こう。小少将の君の屋敷へ案内してくれ」