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一条戻橋の下で、鬼道丸は膝を丸めて頭を抱えていた。
側で、月季が心配そうに鬼道丸を見守っている。
昨夜、遅くなってからふらふらとここへ戻ってきて以来、鬼道丸は一言も口を利かずに、今のこの姿勢のまま膝に顔を埋めている。
さすがの月季も何度か鬼道丸に話し掛けてみたが、鬼道丸は顔さえ上げずに突っ伏したままだった。
夜が明けると、とうとう月季は鬼道丸の頭を両手で掴み、無理矢理上を向かせて顔を覗き込んだ。
そして、可愛らしい眉を精一杯しかめながら言った。
「一体どうしたのだ。例の男に頭でも殴られておかしくなったか」
「そうじゃないよ」
「では、一体なんだ」
「全部、俺のせいだ」
「何だって」
「俺のせいで、小少将の君が……」
そう言うと、鬼道丸はふいに顔を歪めた。
そして、ようやくぽつりぽつりと昨日のことを月季に話した。
「そうか、では小少将の君は実家の屋敷へ戻って行ったのか」
「ああ。橘次がすぐに牛車に乗せて連れて帰った。橘次の奴、俺なんかもう見向きもしなかったよ」
「小少将の君は無事なのか」
「わからない。橘次も必死になって、小少将の君を抱き締めて名前を呼んでたけど、小少将の君はぴくりとも動かなかった。俺も何とか小少将の君に近づこうとしたけど、橘次に張り倒されただけで顔さえ見せてくれなかったよ。でも、当たり前だな」
とうとう、鬼道丸は涙を堪えきれずに、しゃくりあげながら叫んだ。
「俺があんなところに連れて行かなければ良かったんだ。小少将の君があのままあの女の霊に取り殺されてしまったらどうしよう」
だが、月季はどんな時でも冷静である。
「どうしようもあるまい」
「そんな薄情なこと言わないでくれよ。小少将の君に万が一のことがあったら……俺はとても耐えられない」
鬼道丸はまた涙を振り零しながら叫んだ。
鬼道丸の脳裏に、小少将の君の儚げな美しい姿が浮かぶ。
あのまま息絶えてしまっていたとしたら。
鬼道丸は思わず自分の胸を両手で押さえた。
まるで刃こぼれのした錆びた鎌でがりがりと掻きむしられているかのように、胸の奥がひどく痛い。
今までも、親方に隠れてねぐらでこっそり飼っていた子犬が川に落ちて死んだ時なんかに、こんな風に胸が痛くなったことがあった。
いや、今回はそれとはまた違った痛みのようにも思える。
何というのだろう。
とても苦しくて堪らないのだけれど、その奥の奥にほんの少しだけ甘い毒薬が染み出している……
そんな感じだった。
いつまでもぐずぐず嘆いている鬼道丸に、月季の方が痺れを切らしたのだろうか。
月季はいきなり鬼道丸の襟首を掴んで、無理矢理引き立たせた。
そして、まだ鼻を啜っている鬼道丸の頬を一発張ってから、可愛らしい大声を張り上げて言った。
「いつまでそうしていても、埒があくまい。仕方がないな。できるだけご迷惑をかけまいと思っていたが……旦那様のところへ行こう」