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鬼道丸は扇を持つ月季の手元を覗き込みながら言った。
「この扇の持ち主だっていう病の人は、一体どんな人なのかな。この文字からして男だろうか」
月季は鬼道丸をちらりと見やり、ぱちりと音を鳴らして扇を閉じると、それを鬼道丸へ手渡した。そして、真面目な顔で鬼道丸に言った。
「その扇を両手で持って額に押し当て、じっと心を集中して視るがいい」
「何でだよ」
「人の想いや霊魂の痕跡が、物に残っている場合がある。それを見ることができる者もいる」
「そんなこと、やったこともない。俺にできるかな」
「それは知らない。とにかく、やってみるがよい」
鬼道丸は扇を握り締め、月季の言う通りにした。
息を止め固く目を閉じて、意識を扇に集中する。
息が続く限りそうしてみたが、一向に何も見えない。
ちょっとだけ目を開けて横の月季を透かし見ると、月季は厳しい顔付きで鬼道丸をじっと見守っていた。
何も見えませんでしたと言っても、月季が許してくれそうもないので、鬼道丸は再び目を閉じて扇に向かい合った。
そして、我慢してしばらく続けてみた。
すると、どうだろう。
ふいに頭の中に映像が浮かんできたのだ。
いや、頭の中というより、頭の後ろの一寸ばかり離れた空間にという感じだろうか。
そこに、ぼんやりとした映像を感じるような気がするのだ。
鬼道丸はもっとよく見ようと、頭に意識を集中してじっとその映像を覗き見た。
そこは、荒涼とした荒地だった。
草がぼうぼうと生えた岩だらけの野原に、こんもりとした大きな塚がある。
その前に女が一人立っていた。
その女の美しいことといったら。
もしかしたら、あの小少将の君よりも、もっと美しいかもしれない。
早春の風にそよぐ優美な若柳を思わせる小少将の君に対して、この女はまるで山中を埋め尽くすほどに咲き誇った満開の桜花のようだった。
濡れたような輝きを放つ漆黒の長い髪、非の打ち所なく整った華やかな顔立ち。
特に、はっきりとした二重瞼の聡明な瞳が美しい。
だが、その瞳からは絶え間なく涙が零れ、ほっそりとした頬はひどく青ざめて震えていた。