-1-
「ああ……今日の実入りはこれっぽっちか」
鬼道丸は思わず天を仰いでうめき声をあげた。
ここは、平安京。一条戻橋。
折りしも、見上げる空は既に明るい橙色に染められ、鬼道丸のいる橋のたもとの柳の木の下には、早くも薄っすらとした宵闇の気配が漂っている。
あと半時も立たないうちに、辺りは真っ暗闇になってしまうだろう。
鬼道丸は絶望的な眼差しで、目の前に置かれた金物の鉢を見た。
そこには、ちびた鐚銭が一、二枚入っているだけ。
それだって、昼過ぎに目の前を通りかかった女が、鬼道丸を物乞いと間違ったのか、哀れみの声と共に入れてくれたものなのだ。
でも、鬼道丸は物乞いではない。
れっきとした陰陽師だ。
と言いたいところだが、確かに鬼道丸の姿を見れば、誰も陰陽師だとは思わないだろう。
片袖の取れかけた水干に、膝の抜けた括袴。
いずれも、元は浅葱色だったらしいが、今はすっかり色褪せて、葛の汁で煮しめたような色合いになっている。
おまけに、丈もまるで合っていない。
何しろ、十歳になった時から今まで、五年もの長い間この一枚だけで過ごしてきたのだから。
剥き出しの脛の先の足には、藁草履すら履いていない。
頭にはかろうじて萎えた烏帽子のようなものを被ってはいるものの、髪は結い上げずに無造作に垂らし、藁紐でいい加減に束ねてあるだけだった。
これでは、後ろの幟の文字を読める人だって、胡散臭がって誰も近寄って来やしないだろう。
鬼道丸の背後には、破れた麻布を垂らした粗末な幟が立て掛けられていた。
そこには、下手くそな文字でこう書かれてある。
辻占 祓え 祈祷 よろず相談承り候
天下第一陰陽師 鬼道丸
鬼道丸はここで、占いの商売をしているのである。
だが、朝早くからずっとここに座り込んで客を待っているというのに、今日は誰一人として立ち止まりすらしない。
元々、この一条戻橋は平安京の最北端にあり、普段から人通りの少ない場所だ。
おまけに、ここには数々の気味の悪い因縁話がある。
曰く、ここで死人が生き返ったとか、美しい女の鬼が出るとか、ここにはあの世とこの世の境があるとか。
普通の人間は恐ろしがってあまり近寄らないところなのだ。
とはいえ、そんな不思議がたくさん語り継がれているせいか、ここには一つの言い伝えがあった。
この橋の上に立って、一心に悩み事を心の中で唱えながら聞き耳を立てれば、通りがかりの人の口を通して神のお告げが得られる。
そんな言い伝えを信じて、こんなところまでのこのこやってくる物好きが、ここには時々いるのである。
そんな悩み事ありげな通行人をつかまえ、言葉巧みに誘って占いや祈祷に引きずり込むのが、鬼道丸のいつもの商売だった。
だが、今日はさっぱり獲物が釣れない。
僅かな通行人が通るたびに、声を張り上げて呼び止めようとするのだが、ちらりとこちらへ目を向けてくれる者すら一人もいなかった。
「このまま帰ったら……今度こそ、親方に殺される」
鬼道丸は抱えた膝の上に突っ伏して呟いた。