渡り鳥(レイヴン・コーリング)Ⅱ 3
時は夕刻。夕暮れの時間だ。徐々に太陽が沈んでいく。もうすぐこの辺りは真っ暗闇に包まれてしまうだろう。丘を登り、小さな森を抜けると、そこにあったのは周りとはまるっきり違う光景が広がっていた。
枯れ果てた大きな樹が見えた。どす黒く、灰色の煙が枝から噴き出ている。
「不気味な樹ですね」
フィーリアが心細うに呟いた。
「ダークウッドが何かしらの瘴気にあてられたようだ」
おっさんはなにか知っているようだ。
「瘴気って?」
「灰色の煙が見えるだろ。あれがそうだ」
枝から立ち上がっている煙に指をさしている。
「ずいぶん前にやられたようだな。もうこの地はダメだろう」
瘴気は各地で発見されている。人に猛毒ともいわれ、長時間吸い続けると死に至るという目に見えて、形がない死の毒だ。
「依頼の件はこのあたりですよね」
女性の話ではこのあたりだった。
ダークウッドの件はなにも言っていなかったが、あえて黙っていたのだろう。瘴気を放つ樹があるなんて知れたら、この一帯は終わりだろう。
「キーキー」
猿のような声が上空から聞こえた。
頭部が人間のようだ。羽を持ち、空を飛んでいる。
「醜い化け物だ」
ハーピィだ。昔図鑑で見たことがある。遠い昔に滅びたとされる怪物だ。
「おい、来たぞ。やれるのかよ」
「倒さないと報酬がもらえないんだ。それに、いまならあれを使える」
リクルは懐から懐中時計を取り出した。
鎖につながれている。銀色で蓋つきの時計だ。ふたを開けると、時計の針は動いている。
「どうするのです?」
フィーリアが何をするのかと聞いてきた。
リクルはやや笑みを浮かべ、剣を抜き構えた。
懐中時計の頭の部分のスイッチを押した。
周りの時間は止まり、リクル以外の時間は停止した。
リクルはゆっくりと動き、剣を持って、敵をせん滅した。
再び元の位置に戻り、剣をしまい、懐中時計のスイッチを押した。
「〈夕刻の終末〉」
と決め台詞を吐いたとき、敵は一瞬にして散った。
夕刻限定の技だ。太陽が沈み、昼と夜の境を狂わせる時間だけに仕える切り札。
懐中時計がないと発動できないのもネックだが、空を飛び、停止している敵には確実に仕留めることができる。
「これで任務完了だね☆」
ピースを作り、可愛らしく笑ってみせた。
二人はしばらく唖然としていたが、リクルのピース笑顔に思わず、ピースを作りあわせた。
先ほどの女性に報告する。原因であった怪物の正体が、今亡きハーピィであることとダークウッドと呼ばれる黒き大樹(古代の遺産)が瘴気を発生していたことを話した。
女性はダークウッドのことを知ると、まるで知らなかったように振舞った。
明らかに何かを隠している素振りだった。
腑に落ちない点は幾つかあったが、女性から報酬をもらい、その場所から立ち去った。
少なくからずの報酬だが、これで今日の分は何とかなるだろう。
安いホテルに泊まり、男と女と別れて、今晩はゆっくりとできるだろうと寝静まった。
ベットに寝静まった時、リクルは考えていた。
この旅が穏やかに終わるような気がしないような、誰も犠牲者が出ずに終わりそうにもないようなそんな複雑に思いながら、目を瞑った。
この箱が今後、どのようなことに発展するのか、想像もできない。
でも、旅は再び、戦場に帰還することになるのかもしれない。
朝、起きると、すでにフィーリアたちは朝食のため、外へ出ていた。
このホテルは寝るだけしかなく、食事はでない。安いからだ。
フィーリアに案内されるまま、ある場所へ訪れた。
そこは昨日、お世話になった中央地区の喫茶店。モーニングランチは豪華だという。
朝食が待ち遠しいとヨダレが出そうになるころ、一人の少年に声を掛けられた。
「ファルシを探しているって聞いたよ。もし、ぼくにも朝飯を奢ってくれたら、探してやってもいいぜ」
茶髪の丸顔の少年がひとつ開いた席に座って取引を持ち掛けていた。
**
少年に食事をごちそうし、詳しいことを伺いながら一緒に食事をとっていた。
「二日前から水しか飲んでいなくて死にそうだったんだ」
ガツガツと逃げもしない飯を手でかっさらいながら口の中へと運んでいく。遠慮もない食べ方で、リクルたちの朝食が減っていきそうだ。
「ファルシのことを知っているのか?」
おっさんの問いかけに、少年はコップ一杯分の水を飲み込み「知っている」と答えた。
少年によると、ファルシは兄のような存在で、よく仕事を頼まれていたらしい。
頼んであった装飾品が届いていないと報告しようとしたところ、ファルシが一年前から行方不明になっていたことを知ったそうだ。
仕事も兄もいなくなり、貯金が底をつき、途方に暮れていたところ、ファルシを調べている旅行者がいることを突き止め、こうしてやってきたのだという。
「どうやって見つけたんだ?」
おっさんの問いかけに少年はオッサンの分のごはんにも手を掛けようとしたが、おっさんは阻止した。
「能力か」
リクルの問いに少年は頷いた。
「ファルシの行方を知りたいんだ、君の力で探してもらいたい」
少年は頷きとともに「もう一杯奢ってくれたら喋るよ」といい、財布の中身を確認し、もう一人前の食事を少年に与えた。
少年はガツガツと悔い終わると「僕の名前はリュカ・ルシミー。ルシミーは偽名だよ。親がいないから」とコップに入っていた水をグイッと飲んだ。
「孤児か」
おっさんの言い方は妙に突っぱねたかのような感じだった。
リュカは何も言わず、黙ってテーブルの上を見つめていた。
食器は片付けられ、残されたのは白いテーブルだけ。
腹のなかも満たされ、リュカは思い切って話した。
「七か月ほど前かな…兄さんがいなくなって、能力で探したんだけど、どうやら兄さんはここから南に下った先の洞窟にいることが分かったんだ。でも、殺気ある複数の気配に怯えちゃって、探すにも探せなくなってしまったんだ」
少年は肩を震わせながらかつてのことを思い出していた。
その洞窟は、警備隊でも恐れる魔物の棲み家で、一年に一度渡り鳥が点検に来るけど、多くは戻ってこないと危険な場所なのだと。
「兄さんはいまもあの奥にいるんだ。怖くて近づけなくて、頼りになる大人も警備隊も話が通じず、困っていたんだ」
リュカは涙声になりながら、リクルたちに申し入れた。
「渡り鳥は報酬が必要なんでしょ。食べた分を支払うことは今の自分では無理だけど、兄さんが見つかれば支払うことができると思うんだ。それに、兄さんにあって、確かめたいこともあるんだ。だから、一緒に南の洞窟に連れて行ってくれないか!」
思わずの収入とリュカの子供っぽさに感動してか、おっさんが勢い込み「任せておけ! 俺たちが必ず連れてきてやるからな!」と勇ましく言っていた。
隣でぼそりと「無理な約束だな」とリクルはおっさんに睨みつけていた。
「ん? なにかいったか」
「別に、空耳じゃない」
プイっと顔を反対に向けた。
「私も協力します。ねえ、リクルさん」
フィーリアの頼みもあって、断れなくなってしまった。
せっかくの旅行がマモノ退治になるとは頭が痛い出来事だ。
ブツブツと文句を言いながら、リクルたちは南の洞窟に向かった。




