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渡り鳥 温泉

 ベラミがチームから去って(解雇された)から4カ月後、野良としてフィーリアたちがある目的のために観光名所を巡っていた。

 世話焼きのおじさんがリクルたちの家にやってきた。

「仕事みつけたぞー…って暗ッ!」

 ベラミが去り、任務も満足に達成できていないとのことで、野良に落ちたフィーリアと報酬金が借金に変わってどん底のリクルが死んだような顔つきで椅子にもたれていた。

 おっさんは扉を閉め、椅子に座った。

「聞いているぞ、仕事がオジャンになって、報酬が借金に代わって、どん底だって」

 ズーンと地面が沈むかのように二人の足場が沼地となって沈みそうになる。

「まてまて! 魔法は止めろ! おっさんがいい仕事を持っていたからそう落ち込むなって!」

 仕事――ロクな仕事が巡ってこず、食事だってままならないのに、そんな気力になると思うのだろうか。おっさんだっていい年ごろなんだ、そろそろお嫁さんをもらったらどうなんだろうか。

 いたげな少女たちに会うよりも婚活に出たら一発だろうに。

「温泉仕事だ! どうだ!? 驚いたろ――ええ!!」

 さらに沼地から水に代わり、音を立てて沈んでいく二人。

 おっさんが二人の椅子をガッチリとつかんで沈むのをこらえる。

「温泉にただ入って、評価をつけるだけの簡単な仕事だ。俺も参加するから、どうだろうって話を持ってきた!」

 温泉! ピンと頭に電気が走った。

「それ、乗った!」

 ヤル気に溢れんばかりに勝ち気にリクルが飛び立った。

「美容に効く温泉だぞ! その美しいエルフ様が世界に貢献できるぞ!」

 リクルがフィーリアの背中を押した。

 すると、フィーリアが翼を広げ、勝ち誇るかのように「私は偉大なるエルフ。その仕事、ぜひ聞かせてください」とおじさんを見下した。

 おじさんは苦笑いを浮かべ、その温泉の情報と、観光を目的とした簡単な仕事をギルドから受ける形で仕事をこなしながら金をためてさっそく行くことに決まった。

「仕事といっても評価をつけるだけだから、気ままでいいぞ」

 おじさんと一緒に仕事に出るのは初めてだろうか。

 しかし、おじさんと美少女の二人を囲むなんて、どこかのハーレムなのだろうか。

「そういえば、混浴じゃありませんよね」

 リクルがあることに気づいた。二人を誘うなんておかしい。男友達を呼んでもいい年ごろだ。それを幼い少女と長寿のエルフと同行するなんておかしい。

 リクルの問いに、おじさんはすぐさま返答した。

「そうか、その手があったな」

 リクルの平手打ちがおじさんの頬に炸裂した。

 息が乱れる怒りのリクルの前におじさんが弁解を述べた。

「違うぞ。ちゃんと別々だ。混浴なんて卑猥なことなんてするか。これでも純粋な心からの正体なんだ」

 今度は、フィーリアからおじさんの口元に指を押さえつけた。

(わっふ! いい感触だ)

 そこにリクルの一撃が頬を叩かれ、軽く吹き飛ぶ。

「いま、嫌らしいことを思い浮かべましたね」

「ちが…ちがーう! そんなこと一切ない!」

「どうだろうね。まあ、仕事だし、混浴じゃないのなら、許してやる」

(なぜ! 上から目線なんだ)

 おじさんは思った。


 そうこうしているうちに、目的地に着いた。

 そこは岩山の上に温泉宿が建てられた簡素な建物。名物は岩の中で取れた天然の岩魚と鉱石から作られた温泉の二つ。

 リクルたちはこの温泉を心の底から楽しもうとさっそく、おじさんを背にして「たのもー」と入っていった。


 「あら、いらっしゃい」

 蜥蜴人リザードマンが出迎えてくれた。エプロン姿のリザードマンを見たのは初めてなのかもしれない。

「今晩、泊る予定になっていたシブヤですが、ご予約できていますか?」

「少々お待ちを…」

 奥の通路へと消えていった。

 戻ってくるまでそう時間はかからなかった。

「シブヤ様ですね、どうぞこちらです」

 リザードマン(以降、女将)に案内され、リクルたちは部屋へ向かった。

 そこは階段を上って突き当りの部屋だった。扉もなくただ布切れ一枚で扉代わりに作られていた。部屋のなかは案の定なのか畳部屋でも板部屋でもなく岩で作られた固くて居心地が悪い作りだった。

「見た目とは裏腹に、落ち着けないですね」

 リクルはジト目でオッサン(以降、シブヤ)に睨みつけた。

「それを今から評価していくわけだ」

 リクルはため息を吐き、荷物を置くことなく、そのまま背負って、内部を見て回りたいとシブヤに言った。

「ごもっともですが、せめて荷物を置いて安心したほうが…」

「これのどこを安心と思えるのですか!?」

 部屋に指を向けて、リクルはシブヤに言いつけた。

 シブヤはグッとこらえながらリクルにどう返答するべきか迷いながらも、隠しても意味がないと降参し、正直に話すことにした。仕事ながら正直に話すべきかどうか、ひどく頭を抱えていたのも後に知った。

「――温泉を巡る全般の理由が温泉宿として存在する価値を見出すことなんだ」

「どういうことですか」

 フィーリアの疑問にシブヤは丁寧に答えた。

「行政からしつこく言われていてね。客も少ないし評価コメントも低いからそろそろ店を畳むべきじゃないかとギルドに周ってきた話だったんだ」

 店を強制的につぶす。それがこの仕事に課せられたものだとリクルがすぐに判断した。

 でも、評価次第で店をつぶすか生かすかを決めると考えるとなんだか、申し訳ないような気持ちも押し寄せてくる。

「その評価次第で、すぐに営業停止になるんですか?」

「いや、そうはならない。その後、上司や偉い人が来て、泊って判断するそうだ。俺たちがやるのはあくまで一般人が泊まってみてどう思うかを判断するだけだそうだ」

 シブヤの話を聞いて、リクルは少し考えた。

 自分たちの評価次第で潰されることはない。けれど、その後の対応次第で停止処分を喰らうことにつながる。

「つまり、自分たちで解決策を見出さないと…」

「そういうことだ」

 シブヤの言葉に納得した表情を見せ、リクルは黙った。

「フィーリア」

「はい、なんでしょう」

「ここの名物を探ってもらいたいんだ、いいかな?」

 名物。温泉店につきものの食べ物や代物だ。物の次第で客が買っていきたいと思いえば、売り上げにつながるし、存亡の危機から逃れることができるかもしれない。

「別にいいですけども、リクルはどうするのですか」

「私は、この店の周辺を調査する。なにか問題があるだろうし」

「それじゃ、俺は何をすれば…」

「客のことを調べてくれ。各々とわかってきそうな気もするんだ――」

 二人と別れて、独自に調査が入った。

 泊まることになった部屋以外に、泊っている客はいなかった。すれ違う際は女将だけでそのたびに微笑んでいたが、相当苦しいのだと心なしか思った。

 泊まる予定になっている部屋以外は使い物にならないほど崩落していた。地盤の影響か以前とまった客がしでかしたことなのか定かではないが、直さないところ事情は大きいようだ。

 風呂場へ向かうと、リザードマンが何人か入っていた。

 見た目では判別が難しいが、女性らしい。女風呂だし。

「ねえ、聞いた? ここ潰れるんだって」

「え!? 初めて聞いたよ」

「どうして潰れるんだ? だってよ、ここ穴場だぜ。ここの温泉は毒や麻痺といった状態異常を完治するほど強い性能があるうえ、俺達みたいに鱗が分厚い種族にとって、長く浸かっていてもだるくないし、最高じゃん!」

「原因は、客にあるらしい。なんでも、他国から来た大臣が女将さんに嫌がらせをしているそうだ。ただ、女将がリザードマンだからいやだと言って店を潰そうとしているという噂だ」

「ひでえー、リザードマンだからといって店をつぶそうとするなんて差別じゃねぇーか!」


 お風呂場から出た。

 リクルは外に出た。岩場に囲まれたここは泊るのは難しい環境であった。

 岩場から煙が噴き出している。卵が腐ったような臭いがしてきて正直、この場に留まりたいと思うことができないほどだ。


 夕暮れ時、シブヤとフィーリアを集めて、部屋に戻った。

 そのとき、すでに料理ができていた。

 蜥蜴の干し物、亀のスープ、岩虫の炒め物。

「うげっなにこれ」

 岩虫を持ち上げて不満げにフィーリアが言った。

「岩虫。ここの名物らしい」

「知っているわよ。昼間食べたから、でもすりつぶしてあるのとそうでないものとは見た目が断然違うわね」

 口の中に入れ、平気な顔で「うめーぞ、見た目はグロテクスだけど、味は食べられないほどじゃない」とシブヤは真顔だった。

 顔を見合わせ、リクルたちはせっかく出された食事に感謝を述べ、食べた。

 そのあと、風呂に入るはずだったが、午後3時ごろには湯船がアツアツになってしまうことから、午前5時を迎えるまでは入れないと言われ、仕方なく眠ることにした。

 こんな時もあろうかと携帯用布団を持ってきてあったので、布団に包まれぐっすり眠れたが、シブヤは「俺にもくれー」と唸っていたが、「おじさんには7割上げたでしょ」と皮肉的に部屋の7割をおじさん(シブヤ)専用の広場として差し上げていた。


 後日、朝食をとって、風呂に入って、宿を出発した。

 女将さんにあいさつをして、その場を去った後、評価をつけた。

「そういえば、客はどうだった?」

「ああ、それなんだが――」

 風呂に入っていたリザードマンが言うとおりだった。

 この宿屋がつぶれるきっかけとなったのは大臣の仕業だった。その大臣は差別主義者でなにかと種族に文句をつけることで有名だった。この温泉に来たのは部下の手違いによるもので、大臣はしぶしぶ観光し、泊ったそうだが、性格が災いし、「臭いリザードマンが経営する店なんじゃ、虫が飛び交ってひどいわ」と国に戻ってから広めたことから、経営が悪化したのことだった。

 大臣の言いがかりを真に受けるあたり、国民の度もうかがえる。

「名物はどうだった?」

「種族によっては評価が異なります」

 ドワーフ、リザードマン、ゴブリン族からは岩虫の評価は高いが、他種族からはイマイチだった。郷土料理は同じ種族でも受けにくいともいうし難しいところだ。

「それで、評価は何にしたんだ」

 シブヤに尋ねられ、とりあえず「★3にしておいた」その理由は、部屋が一か所しか泊まれないことと、料理がワンパターンであることと、宿泊よりも日帰りにした方が儲かるということとリザードマンが経営していることといろいろな改善点があって、この点数にした。

 それに、大臣の行いもしっかりと罰するべきなのだが、あまり交流関係が良くない国なので、どうしようもできない。

「次の温泉はどこなんですかね」

「そうだな――」

 二人の会話に挟まれ、リクルは次の温泉地へ向かった。

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