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一話目です

 暗号や鍵というものは、日々進化を続けている。

 たとえば初歩的な暗号というものは、文字を一対一の関係で書き換えるというものだった。それが変化していき、今ではRSA暗号が強力だといわれている。だがこのRSA暗号は結局は二つの素数の積で表される関数でしかないので、解かれるのは時間の問題だろう。これよりもさらに強力な暗号として提唱されているのが、量子暗号だ。量子コンピュータが実現すればRSA暗号は使い物にならなくなり、量子暗号のようなまた新しい暗号が生まれるだろう。

 一方、初歩的な鍵というものは、単に内側から留め具をつけるようなものだったのだろう。それが現在では指紋や静脈、網膜、声紋などによって鍵を開けたり閉めたりしている。

 いつの日も破り破られを繰り返すこの闘争に、いつの日か終わりは来るのだろうか。

 そんなことを考えながら、遠野乃野とおの ののは目の前に立ちはだかる扉を眺めた。

「どうした、乃野。入らないのか?」

 彼女から少し遅れてやってきた松本美久まつもと みくは、立ち止っていた乃野に声をかけた。

 乃野は振り返り美久を見止めると、口を開いた。

「ああ、ごめん。考え込んじゃって」

 そう言いながら扉についたパネルに指を触れた。

 『認証しました』との電子的な声がし、続けて鍵の開く音がする。

 美久は後ろで、おおと声をあげていた。

「入りましょう」

 そう言って乃野が先に部屋に入り、美久もその後に続いた。

 部屋の中は数日前にパンフレットで見た通りの様相だった。

 入ってすぐの右側の壁には扉が一つ。たぶん中はユニットバスになっているのだろう。

 奥に進むと、シングルベッドが二つと、その奥には六畳ほどの畳張りの空間がある。更に奥に目を向けると、ガラス扉の向こうにはベランダがあり、遠くには駅のビルが見えた。

 自然が見えないことを残念に思いながらも、部屋はそこそこ居心地がよさそうなので、特に問題はなさそうである。

 美久は早速ベッドにバッグを放り投げ、自分もそこにダイブした。

 ボフ、という柔らかな音とともに美久の体がベッドに沈んだ。

「ふかふか〜」

 掛け布団に頬ずりをするその姿は、まるでリスのようにも見えた。

 乃野はバッグを畳の上に置き、入口を振り返った。

 そこにはもう一人の同室の少女が立っていた。

「あ、あの、どうも」

 その少女は律義にお辞儀をしてきたので、乃野も丁寧にしかえす。

 どうしたの、と言いながら美久がベッドに座ったまま顔を突き出して出入口を見、そして言う。

「おおー、秋見ではないかー。さささ、入った入った」

「失礼、します」

 緊張しているようにも見える石田秋見いしだ ときみは、こう見えても成績優秀だ。その上、吹奏楽部で今秋から部長に就任した。

「そんなに緊張しないでよ。なんかイライラするからさー。いつもの調子でいいのよ、秋見は」

 美久が正直に言うと、秋見は顔をあげて彼女を見た。

 見られた美久はというと、すでに乃野の方を向いていて彼女が同意の頷きをする所を確認していた。

「そう、ですか。では、そうさせて、いただきます」

 急に眼が引き締まり背筋もピシっとした秋見は、体を左右に振ることなく真直ぐに歩き、乃野の隣にバッグを置いた。

「今日、から三日、正確には二泊、だが、よろしく」

 そう堅苦しく言った秋見に、対する乃野と美久はにこやかに答えた。

「よろしくね、秋見」

「よろしくー」

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