制止
「待って」
ギャルゥの手がハネの腕を掴む
「……大丈夫」
ハネの身体から力が抜ける。ギチギチという音も漂っていた不穏な雰囲気もまた霧散した。
「(そうだ……いったいなにを考えて)」
ギャルゥの行動によって冷静さを取り戻したハネはギャルゥの方を向く、そこで感謝の言葉を紡ごうとした時にハネは気づく。
ギャルゥの表情に。
「私にも……ね?」
「ギャルゥ……!?」
ギャルゥの口から牙が覗く、今まで見たことがない暗い笑い顔だった。
耳が忙しなく揺れている、それは獣人が緊張している時の仕草。
加えて目が限界まで見開かれ瞳孔もまた縮んでいる。
完全に臨戦態勢、狩りを行う以上の警戒状態。殺戮を行う際の顔である。
「あな……た……どうしたの……?」
「あ、はは、良いんですよ。分かっちゃいましたから、分かっちゃったんですよ。だってあそこにいるのはギフトさんじゃなくてブレス君なんですよね?そうですよね?だからそんなになっちゃってるんですよね?私は覚えていませんがきっと私が眠る前に何かあったんですよね?でもそれをギフトさんは認めませんよね?だからもう仕方ないですよね?どうしてもどうしてもどうしようもないんですよね?仕方ないんですよね?だからだからだからだからだからだからだから……もういいですよね?」
希望を見つけたギャルゥの顔はひどく輝いていた、固く閉じた希望を今度こそ絶対だと信仰することでこじ開けて。
その希望を完遂するために命を燃やすことを決めていた。
「ギャルゥ……確定したことは1つも無い」
「ありますよ、聞こえないんですか?ギフトさんが【恋人】を出した瞬間に声がしたんですよ?ブレス君の声で「僕を助けて」って聞こえましたよねえ?聞こえなかったんですか?聞こえましたよねえ?」
「聞こえなかった、ギャルゥ……それは間違い」
焦点の合わないギャルゥにハネが語りかける。
「いいえ、聞こえました。聞こえたんですよ。助けて欲しいって聞こえました、嘘じゃないです、嘘じゃあないんですぅ……私の言うことを信じてください……」
「違う、信じるとか信じないとかそういう話じゃない。私が言っているの時期の話、今問い詰めても本当の意味ではブレス君は帰ってこない。今こうしてるってことは何か理由があるはず、問い詰められた時の対策もしているはず」
「じゃあどうしたら……今しかないよ……!!」
「メガちゃんに情報を集めて貰う、そうして証拠をたくさん集める。逃げ道を全部封じてから刈り取る。それでようやく帰ってこれる。取り戻せる」
「本当に……?」
縋るようなまなざしをハネに投げかける。
「大丈夫、私たちを信じて」
「信じて……いいの……?」
「大丈夫、だから今は押さえて。チャンスは一度きりだから、それを逃す訳にはいかない。きっと逃げられる状態で問い詰めたら二度とブレス君は私たちの前に姿を現さない」
「いや……それはいやあ……そんなのいやだよぉ……」
「だから待つ、決定的瞬間までずっと。それまでは知らないことにする、勘づいたことも悟られちゃいけない」
「そうしなくちゃいけないの……?」
「うん、それだけが唯一の手段」
「分かった……そうする。それまでは何も知らないふりをするよ」
ハネが手を差し出す
「これで約束」
「うん」
ギャルゥがそれに応えた、ここにギャルゥとハネ、メガの間の協定が結ばれた。
「……なんか一悶着あったみたいだけど、大丈夫?」
何かを成し遂げた風の2人を見てアガペが声をかけた。
「いいえ何も!!」
「何もありません」
とびっきりの良い笑顔で2人が答えた。ハネの方は髪で隠れて見えなかったが雰囲気で精一杯笑っているのだろうことが伝わる。さすがに不審すぎるのでギフトが怪しむ
「……何かありましたか、約束だ何だと聞こえましたけど?」
「その話だけど私からさせてもらえる?」
ずるりと救護室の天井から何かが落下する、それは銀色の液体だった。液体の中からメガが出現する。
「ギフトさん……でしたよね……私はメガです。同じ組だけど今までまともに話していなかったわ、どうぞよろしく」
「よろしくお願いします」
差し出された手を握ることなくギフトは礼をした。
「……握手は嫌い?」
「いいえ、嫌いというわけではないの。ただ貴女が信用できるかどうか分からないだけ」
「ひどいわね、そんなに警戒するなんて何か後ろ暗いことがありますって言っているようなものよ」
手をひらひらとさせるメガ。
「あらあら、それはまた。これで満足?」
今度はギフトの方から手を差し出す、にっこりと笑う顔からはなんの感情も読み取れない。笑顔による隠蔽は完璧だった。
「ええ、ありがとう」
メガがしっかりと手を握る。
「っ!?」
ちくりとギフトの手が痛む。瞬時にギフトが距離をとる。
「何をした……!!」
「何もしてないわ、あなたには機人の手は硬かったみたいね」
「何もしていないはずない……現に私は痛みを……」
ギフトが手を見るもそこにはなんの後も見受けられない。握手する前と今とでなんの違いもないように見える。
「言いがかりはやめて欲しいなあ……なんの証拠があるのかしら?」
メガの口が弧を描く、その横では銀の流体がうねうねとその存在を誇示している。その姿は肉体の中へと潜りこみ蹂躙する寄生虫を想起させた。
「やったわね?」
食いしばった歯がぎりりと音を立てる。
「怖い顔はやめて、その身体なら大したことはできないから。ね?」
寒気を催す笑顔だった。表面だけで笑っていることを隠しもしない。
「この……!」
「あと3秒かな」
ギフトの喉が動く。
「……ぺっ」
口から吐き出されたのは小指の先ほどの大きさの銀色だった。
「……これで言い逃れはできないわ。覚悟は良い?」
身体の関節部から軋む音がする。込められすぎた力によって悲鳴をあげている。
「ああ、ここで暴力沙汰はダメだって前言ったはずだけど……」
アガペが止めに入る瞬間、攻撃を受ける前にメガが膝をついた。
「う……そ……これって本当に匠の……やっぱり……あなたは……!!」
「それが分かったところで私は痛くもかゆくもないわ、だから私たちのことをそれ以上詮索しないことね。人生を棒に振りたいっていうのなら私はもう何も言わないけれど」
踏み込み
吹き飛ぶ床
消えるギフト
「そこまでよ」
膝をついたメガの顔に向かって繰り出されようとしていた脚はアガペによって止められていた。
「そう何回もこの部屋でけが人を出すわけにはいかないの」
「でも……これ以上何かするつもりなら私はメガを排除しなくてはならなくなるの。そうなる前に思い知らせることが必要よ」
「だーかーらー、ここいがいでやれって言ってんのぉ!!」
頭から湯気がでるかのような形相である。
「……もうしないわ、これ以上探るようなこともしないし、あなたの邪魔もしない、なんなら私は全面的にあなたに従うわ」
うつむいたメガの顔をうかがうことはできない、見えるのは微かに震える肩のみである。
「あら、それは殊勝なことね?で、それを信じると思う?」
冷え切った目でギフトはメガを見下ろす。
「信じないでしょうね、だからこれは私が勝手にやるだけのこと」
「そう、じゃあもう二度と私に関わらないで」
「分かったわ……」
とぼとぼとした足取りでメガは部屋を後にする。
「う……うう……ふふふ……あははははは……脇が甘いなあ……根本的に他人を信じているから……身体は匠のつくった偽物……私の人工肢体よりもはるかに高度なものだけど分かった。あれは肉体じゃなくて殻だ……内側に封ずるもの……外側から隠すもの……つまり中身がある。暴いてみせる……それで取り戻せるのなら……やりきってやる……相手が【貴不死人】だとしてもね」




