記憶
「……!?」
目を覚ましたギャルゥの瞳はギフトの顔で埋めつくされた。かろうじて目の端に映る光景はここが救護室であることを示している。
「あのっ……ちかいですぅ……」
たまらず顔を背けるギャルゥの顔は赤い。
「……どこまで覚えてるの」
ギフトの口調は女のものだ。
「どこ……って元の場所に戻ってから……変な男の人が……あれ、首を締められたような……なんだろうぼやけてて分からない……」
ギャルゥが頭を押さえる、そこに嘘があるようには見受けられない。
「そう、ならいいわ。それなら私ができることはないわね」
一瞬だけ口元を緩めたギフトが顔を離す。
「あの……どうして私は救護室にいるんですか?」
「……ギブアップの笛を吹いた」
ギャルゥの枕元にいるハネが告げる
「そんな……私のせいで……!?」
「……違う、あれがもう一度やってこないとも限らない。そんな状態で遠足なんてやってられない」
「あれ……なにがあったかあんまり覚えていないんですけど……襲ってきた人は一体……」
「それは「ついてないわね〜遠足のときに襲われるなんて前代未聞よ〜?」
アガペがギフトの言葉を遮って間に入る。任せろというようにウインクを投げかけていたが下手なそれはただの瞬きと大差ない。
「一体誰なんですかあの人は」
「えっとねえ本当は教えちゃいけないんだけど当事者だから特別よ?【恐怖】使いって知ってるかしらん」
「名前……だけは」
「そう、ならそいつらにも派閥があることは知らないわね。【真なる隣人】っていうのが今回君たちを襲った犯人よ」
「でぃあ……?」
「そう。そいつらはまあなんて言うか。積極的でね、素質のある奴のとこにスカウト来るのよ」
「つまり今回は私ってわけね?」
「そうなるわね。ギフト……ちゃんは今まで【恐怖】を出したことはある?」
「一度たりとも」
微動だにせず動揺せず、眉一本動かさない即答の否定だった。むしろ早すぎて逆に疑わしいくらいに。
ギャルゥの鼻、ハネの触覚がぴくりと動く。
「嘘おっしゃい、一度も恐怖を出したことも無いような人間のところに来るほど【真なる隣人】も暇じゃないはずよ。本当のところは?」
アガペがギフトの近くに寄って耳打ちするような格好になる。
「……どういうつもりよ」
「あの二人は嘘に敏感よ、だから変に嘘をつくと勘づかれる可能性がある。本当に上手な嘘つきは嘘に一欠片の真実を混ぜるものなの」
「……分かったわ」
離れるアガペ、またもや下手くそなウインクをしていた。
「ふー、三回よ。口止めされているから本当は言っちゃいけないんだけど」
「随分と不安定ねえ、ちょっと【恋人】見せてもらえるかしら?」
思わずギャルゥとハネが目を見開く。
【恋人】の姿は家族でも全く違う、似ていることはあっても全く同じということはありえない。【恋人】の提示は身分証明と同義なのである。
つまりここで決定的な証拠が見つかる可能性があるのである。ギフトが何者かはっきりとする。
「どうしても?あまり見せるなと言われているのだけど」
「見ないことには分からないわ、さあ早く」
「じゃあ少なくともこの二人は退席させてもらえますか」
「ダメよ、当事者は知る権利がある」
「……仕方ないわね、ほらこれで満足?」
ギフトが胸元を露出させる。
「珍しいわねえ……内蔵型なんだ」
ギフトの身体には黒い球体が埋め込まれているようだった、艶のない黒色は黒曜石とも黒金剛石とも違う質である。どこまでも深く深淵のような黒だった。
「内蔵型?寄生型の間違いでしょう?」
「寄生だなんてとてもとても、どちらかと言えば共生だし。利益を得ているのはあなたの方でしょう、内蔵型は干渉の対象が自分自身の事が多いしね」
「こんな暴れ馬使いにくいだけよ」
嫌そうな顔で言うギフト。
「そんなこと言っちゃだめよ、【恋人】はあなたのために働いてくれてるんだから」
「それならもっと扱いやすい形になって欲しいわ、こんな所についているんじゃ愛でるのだって鏡越しじゃないとやりにくいもの」
胸元の球を大切そうに撫でるギフトの顔は明らかに女を感じさせるものだった。
「屈折してるわねえ……まあいいいけど。それでそれはどんな【恐怖】になったのかしら?」
「簡単よ、私の身体を乗っ取って暴れ回るの」
ギフトは髪を弄りながら視線をそらす。
「それを止めたのは?」
「知っているでしょう、【貴不死人】よ」
「あの人達なら苦も無くやるでしょうね、それを三回?」
「ええ、もうしまってもいいかしら?あんまり【恋人】を晒したくはないのだけれど」
「いいわ、能力は十中八九で身体強化でしょう?」
「ええ、そうね。出力が高い代わりに瞬間的にしか力を発揮しないのは困りものだけど」
ギフトが【恋人】を隠す。
ギフトの【恋人】はブレスとは似ても似つかないものだった。ブレスのものは自分とそっくりな異性の形をとり他人の身体の内部までを干渉範囲とする特異なものだったが、ギフトのものは内蔵型でしかも特別なところも見受けられない。コントロールが難しい分出力が高いというありふれたものである。
これでギフト=ブレス説は否定された。
はずだった。
「(あの色……同じだ。見つけた……あれは瞳……!!)」
ハネの複眼は【恋人】のなかにブレスの影を見いだしていた。至近距離で見たあの深淵の如き瞳の色は先ほどのギフトの【恋人】と同じものであると結論を出していた。
ハネの身体がギチギチと音を立てた、知らず知らずのうちに身体に力が入っていく。口からは無意識にきゅるきゅるという音が漏れ出る。頭が分からずとも身体が言っているのだ。
「確かめろ」と。
肉体が思考の枠を外して動きかける、ハネにとってはこの距離など0に等しい。簡単なことだ、詰め寄って喉元に手を当てて問えば良い。
「お前は誰だ?」と。
なぜか唾液が次から次へとわき出てくる、獲物を捕らえろという本能までもが動員され始めている。なんなら糸で縛ってつれていってからゆっくりと苗床にしつつ聞いてもいい。
「(……!?苗床……そんなものいらない……いら……ない……?)」
轟来族の苗床。
それはただ子孫を残すためだけの肉体、それは男でも女でも変わらない。宿すでも搾るでもそれは一緒のことなのだ。ただ一生を轟来族の伴侶として拘束されることは同じなのである。しかし、それがただの地獄かと言われればそうでもない。
【黒の沼】と表現される轟来族の巣に入った犠牲者は決して家畜のような扱いをされるわけではない。できる役割が1つに限定されるだけであって、それ以外はむしろ特別待遇と言って差し支えない。働かずとも生活は保障され、周りの轟来族からは大事にされるというある意味楽園ような状態である。
「(悪くない……やってしまおうか……?)」
頭も今急速に回り始める、最速最短でギフトを拉致して見つからない場所へと行く道順を想定していた。
「ハネ……さん……?」
隣にいるハネの異変をギャルゥだけが察知していた




