太陽
太陽が日差しを浴びて伸びをする。
「んー、気持ちいいね。調子はどう?」
「お、おちついてきました」
「いやー、この体になって長いと普通の人間のスペックが分からなくなっちゃって。ごめんね?」
「だいじょうぶです、なれました」
ここは北方にある中陸の山頂にある太陽の住処だ。剛から入れ替わりでブレスを預かった太陽は地上から山頂へと跳んだのだ、当然高山病対策やら低温への慣らしやらを全くやってないブレスは昏倒した。
その際に大慌てで処置をして半泣きだったのは秘密である。
「うん。とりあえず狩りに行くからついて来て」
「はい!」
「いい返事だ、えらいぞー!!」
ブレスを抱き上げて髪をわしゃわしゃと撫で回す。精神異常を来すほどではなくなったが太陽はすっかりブレスを抱き上げるのが癖になってしまった。
「えへへ……!」
ブレスのはにかみ
「うぐっ!?」
太陽のハートに256ポイントのダメージ。
「まずいまずい、これじゃあ離せなくなる」
気を取り直してブレスを地面へと降ろした後太陽は咳払いをしてブレスを正面から見つめた。
「これから狩りに行くんだけど、約束が三つあります。あたしから離れないこと、大きな音を出さないこと、勝手な行動をしないこと。いいね?」
「はい!!」
「よーし、それじゃあ行きますかー。今日の獲物は巨厄獣だぞー」
「ぎがんてぃっく?」
「そう、おっきいやつ」
「おっきいの、みたい!!」
「こらこら声はちっちゃくなー」
「はぃ……」
「よろしい」
太陽はなんの迷いもなくある方向へと歩き始めた、まるでなにかの指標があるかのように。するとすぐに目標は見つかった。遠目から見ても分かる巨体、遠近感覚が狂うほどのそれは巨大な牙の生えた象であった。
「いたいた、じゃあちょっと待っててね。すぐに終わるから」
太陽が消えた。
そう思うほどの見事な気配の消し方だった。ほぼ完璧に周囲と溶け込んで目標へと近づいていく。
やがて手が触れるほどの近くまで接近した後。
巨厄獣が宙に浮いた。
否。
太陽が打ち上げたのだ、いきなり空中へと移動した巨厄獣は体勢を整える事も叶わず墜落する。
そして少しだけ唸った後動かなくなった。
「こっちおいでー、今から解体するから見てなー」
太陽はブレスがいたはずのところへと声をかけた。しかしそこにはブレスはいない、影も形もありはしない。
「っ!?」
太陽の顔から余裕と遊びが消えた、瞬時に周囲の情報を音と視覚と嗅覚で確認する。
「(音なし、姿なし、匂い……巨厄獣の匂いに混ざってほのかに甘い匂いがする)」
匂いのもとへと太陽が跳ぶ、それには一切の手加減も油断もない。つまりは移動だけで衝撃波が生まれるほどのスピードが出ているということである。
「うわぁ!?」
その余波に巻き込まれて隠れていたブレスが転がる。
「こら!!勝手なことしないって言ったでしょ!!」
「ごめんなさい……しゃいままがやってたやつをやってみたくて……」
「……あたしの?」
「あのすうっときえるみたいなやつ」
「はぁ……それなら教えてあげるからもう勝手にやらないこと。いいね?」
「うん」
「その前に獲物を解体するからついてきて」
ブレスの手をとろうとした瞬間に太陽の手は弾かれた。まるで見えない力に阻まれたようである。
「……まずっちゃった。もしかしてさっき転がしちゃったのを攻撃だと判断したのかな?」
「え?どうしたの?やめて!!」
その犯人はブレスの【恋人】。ブレスにそっくりな女の子の顔を敵意に染めてにらみつけていた。主であるブレスのいうことも全く意に介さず。念動を太陽へと飛ばす。
「うーん、力は弱いけど完全に殺しにきてる、首とか内臓とかをねじ切ろうとしてるね。どうしよっかなあんまり手荒にはしたくないんだけど……なんとかできない?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、いうこときかなくて、やめてよ……やめてよ!!」
ブレスの言葉に【恋人】はひどく苦しそうな顔をする。その瞳には涙さえ浮かんでいる。その輪郭が歪み始めていたのを見た太陽がブレスを制止しようとするが間に合わなかった。
「おまえなんか……きらいだ!!」
【恋人】の体がドロリと溶け出す。輪郭を失い、形を失い、黒いスライムのような形となる。
「ががががあがぎぎぎ」
不定形な塊に口のようなものが形成され始めた。
「げががぎ……ふう。おまえはだれにももとめられない、みとめられない、おまえはこどくだ」
「え?」
「……ここで【恐怖】が出てくるなんて早く戻さなきゃ……いや……もしかしたら……」
太陽の体は先ほどとはくらべものにならない力で行動を阻害されていた、粘度の非常に高い液体の中で移動するかのように動きが遅くなっていた。
「おまえはだれからもうけいれられない、ほんとうのおまえはだれもしらない、じぶんでもわからない、おまえはなんだ?」
「え?え?やめてよ、そんなこといわないでよ……!」
ブレスの体から力が抜けていく。【恐怖】はそれを包み込もうと蠢きはじめた。
「さすがに無理か……ごめんね。しばらく出てこれなくなるけど今はこれしかできない」
太陽が目を瞑る。
「おいで、禍兎」
重い音がした。
超重量の何か、先程の巨厄獣など比べ物にならない重さを感じさせる音だ。空気の振動さえ起こしたそれはウサギのヌイグルミに酷似していた。だが、不釣り合いに凶暴な爪と牙を隠そうともせず晒している。
「ガァアアアアアアアアアアアアアア!!」
物理的な圧力さえ伴う咆哮が響く。スライム状の【恐怖】の声はかき消されブレスへの干渉力を削がれた。
禍兎は【恐怖】へと近づく。
「バイバイ、次はちゃんと愛してもらえるといいね」
禍々しい見た目とは裏腹にひどく穏やかに優しい声で語りかけ、禍兎はその爪を薙いだ。
「おまえはおまえはおまぎがががぐくぇおえいうええ」
身体を削り飛ばされた【恐怖】は小さくなりながらも喋ることをやめない。
「ががぎげきかふえ……いやだ……さびしい……かなしい……きらわないで……あいして……わたしは……あなた……が……」
やがて姿を元の少女に戻るのに合わせて声もまた消えていく。
完全に戻った時、ブレスを急激な眠気が襲った。まるで意識が何かに引きずられて行くかのような強制的なものだ。まもなくブレスが完全に意識を失い倒れる。
それを禍兎が傷つけないように優しく受け止めた。
「いくらなんでも早すぎるね。この歳で【恐怖】が形成されるなんてありえないよ。よっぽどのなにかがないかぎりね。友達はどう思うの?」
「あたしには分からない。けど内にある不安や恐れが尋常じゃないってことは分かった。あたしはそれを和らげてやりたい」
「そう、【恐怖】のことは教えるの?」
「いや、それはまだ早いかな。今は子供らしく遊んで覚えてするだけでいい」
「友達がそう言うならそれでいいと思う。僕を使うような事態にはならないといいね」
そう言ってブレスを渡した禍兎は解けるように消えた。
「さ、起きたら解体の仕方に狩りの仕方。覚えることは山ほどいや、山より高くある。楽しみだねブレス」