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遠足と言う名の


学堂における遠足とはイベントではあるが気楽なものではない。文字通り遠いところへ足でいくという行事である。


具体的には3人で一つの班をつくり決められた場所に期日までに到達するというものだ。


与えられる情報は目的地のみ。与えられる道具はギブアップ用の笛のみである。


残りは私物と現地調達が基本となる。


なお、遠足故に空を飛ぶことや何かに騎乗することは認められていない。本当に自らの足のみで遠き目的地に到達しなければならないのである。


これだけ聴くとただのサバイバル訓練のように聞こえてしまうが、道自体は険しいものではなくしっかりとした街道がある場所である。ゆえに変に近道を通ろうとしないかぎりは安全に到着することができるのだ。


場所は学堂から出てすぐの一本道から時間差で出発する。目指すはエルフの統治する王国とドラゴニュートの支配する帝国の間にある施設。


絶対中立要塞(アブソルート)である。


「…………」


死にそうな顔でよろよろと歩いていくギャルゥと淡々と歩いていくハネを見ながらギフトは考え事をしていた。


「(どうしてナラツはこの2人と俺を組ませたんだ……何か意図があるのか)」


残念ながら意図はない。


ナラツは目に付いた者を適当に選んで組み合わせていっただけである。だから、ブレスの関係者をギフトに引き合わせようなどという意図は全くないのだ。


「あのぅ……私置いてってください……後から追いつきますから……足手まといですし……私なんかに合わせないでください……私にはそんな価値はないので……」


うつむいてボソボソと喋るギャルゥの頰はこけており顔色が非常に悪い。骨が浮き出ているような腕からしてまともに食べていないことが慮られる。


決して燃費のいい種ではない獣人が断食をするのは危険である、餓死のラインが他の種よりも早いのだ。


「そういうわけにはいかない。俺たちは3人で場所に行かなければならない。だからそれはできない」


「あ、はは……そうですよね……怒らないでくださいね……怒る価値も私にはないので……はは……あっ」


ふらりとギャルゥの体が傾く、体制を立て直す力もないのかそのまま倒れそうになる。


「……何か食べて」


ハネがギャルゥを支えていた。


「無理ですよぅ、何を食べても吐いちゃうんですから……これは報いなんです……何もできなかった私への……罰です」


「ギャルゥ……」


「……これならどうだ」


鉄の匂いが辺りに広がった。人体から発せられる鉄の匂い、それはつまり。


「なにを……しているんですか……!」


「お前が食べられるものを俺なりに探した結果だ……獣人なら血液には食欲がそそられるはずだ」


ギフトの指先から血が滴っている。


「そ……んな……こと……ないです」


ギャルゥの腹部から音がする、今までなることもなかった器官が始めて食物を欲していた。


「うそ……そんな……」


「血液は高性能だ。全て飲まれるのは困るが一時しのぎにはなるだろう」


ギャルゥの鼻先へとギフトの指先が差し出される。濃厚な血の香りが嫌でもギャルゥの頭を揺さぶる。


「っ……じゅる……ダメです……早く手当をしてください……私にはそんなことをしてもらう資格は……」


体は正直なもので隠しきれない唾液が口からあふれかけている、加えて視線は指先に釘付けだった。


「むぐっ!?」


ギフトの指が突っ込まれた。一瞬だけギャルゥの目が見開かれる。


「んーっ!!んーっ!!」


指と血を吐き出そうと暴れ出すのをハネが力づくで抑え込む。


「……ダメ、ちゃんと飲んで」


「血が止まるまで後少しある、それまでは放すな」


動きを封じられたうえ指を噛みちぎることもできない。ギャルゥはおとなしくギフトの血を飲むしかなかった。


「こんなものか……」


指を引き抜く、唾液で満たされていた口から引き抜いたためにその指は唾液に濡れててらてらと光っていた。


「なんで……?」


ギャルゥの顔色は明らかに良くなっていた、ギフトの血が特別というわけではない。それほどまでにギャルゥが衰弱していたというわけである


「死にそうだったからだ、そんな状態でいられても俺が困る」


「私には……罰が必要なんです……だからやめてください……もう……こんなことをしないでください……私なんかのために……自分を犠牲に……しな…い……で……あれ……?」


言葉の途中でギャルゥの頭にちらつく映像がある、自らが【恋人】を暴走させた時のことである。自らを犠牲にして他者を助ける行為には覚えがあった。ギフトの顔を見ると似ても似つかぬはずなのにブレスが出てくる。


ただの勘違い、偶然の一致。


そう思っている。


だが、匂いがする。


同じ匂いがする。


それに自らを犠牲にすることを厭わない心があった。


だがブレスは目の前で死んだ


だから、ありえない。


そんなことはありえない。


ギャルゥはそっと心に蓋をした、かすかな希望にまですがって裏切られたなら今度こそ終わりだと分かっていたから。


すがりたい思いに封をした。


もう2度と顔を出さぬように厳重に。


硬く


固く


堅く


奥底にしまい込んだ。



「どうした?まだふらつくか」


低い声、中性的なブレスの声とは似ていない。ギャルゥは思索から自らを浮上させる。


「いいえ……思い出に浸っていただけです。ありがとうございました……元気に……なりました……」


しっかりとした足取りで立ち上がる。


「……私は大丈夫です……これからも」


「本当に……?」


顔の見えぬハネではあるが、心配しているのは伝わっていた。


「うん……大丈夫」


笑顔に無理は感じられない、ただ少し寂しげであるだけだ。


「……では向かう」


ギフトが絶対中立要塞への道を指差す。


「……その前に食料を捕まえたい」


ハネがギフトを引き止めた


「この先にも獲物はいると思うが……?」


「……今捕まえたい、その方がいい気がする」


蟲人の直感はよく当たる、第六感とも言われる謎の知覚なのか触覚により莫大な情報収集にを行なっているからなのかは定かではないがとにかく蟲人が何かを察知した時には従うものだ。予知能力にも似たそれは蟲の知らせ(フクイン)と呼ばれている。


蟲人(おまえ)がそう言うならその方がいいのだろう、獲物は何を狙う?」


(リーズリー)


即答であった。心なしかハネはそわそわしている。さっきのやりとりで血の匂いを嗅いだことで腹が空いているのだ。


「別に脅威ではないが……どうして熊なんだ……もっとやりやすい相手はいるだろう」


「あれが一番量が多い……とても効率的。多分あっちにいる」


指をさした先は道から外れた脇道に広がる林だった、その先には広大な森に続いている。


「信じていいんだな……?」


「……信じて……私は蟲人」


「ハネさんがそう言うなら……大丈夫だと……」


ギフト達は蟲の知らせを信じて林へと踏み入った


そして数時間後


「ここはどこだ……?」


「……」


「信じろって言ったな、ここはどこだ」


ハネを問い詰めるギフト、ハネはしばらくの沈黙の後


「……迷った」


「……信じた俺がバカだったか……!」


蟲の知らせも外れることがあるのである。




























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