道案内
授業が終わった後のことである
「そうだなあ……ララシィがギフトを案内してやれ」
「はぁ……分かりましたの……」
唐突なナラツの振りに従順に従うララシィ。
カームやムケンのように見るからにやつれているということはないが明らかに無気力である。
「噛みつくこともなくなっちまったか、ったく牙の抜けた奴ってのはどいつのこいつもつまんねえな」
「何も変わりませんの、ただ折り合いを付けただけですの」
「へっ、そうかよ」
ララシィはのそのそとギフトへと近づいていく。
「ごきげんよう、今日はどちらですの?」
「丁寧にありがとう今日は私よ」
ギフトは日によって中身の性別が変わる、「俺」と「私」のときで反応は少しずつ変わるが中身同士で情報共有は行われているようで記憶の齟齬や話が伝わっていないということはない。
「そう……じゃあ案内を始めますの」
「ええ、お願いしますね」
教室を出て廊下を歩き始めるがララシィはひたすら無言で歩き続ける。視線は一点で固定され行き交う生徒達に反応している様子も見られない。ただ与えられた仕事をこなす機械のようであった。
「……ここが調理室」
入り口を指さしてその名前を言うだけで案内は進んでいく
「……ここが薬学室」
淡々と進んでいく案内はあっさりと終わりを迎えた。
ように見えるだけであった、実際のところは
『慎重に動くことをおすすめしますわ、ララちゃんをこれ以上傷つけるような言動をした瞬間があなたの最後だということを理解してくださいまし』
耳元でタラスによる脅迫が行われていた。
「これで終わりですの……なにか質問は?」
『大人しく自分の部屋に帰りなさい、そうすれば何もいたしませんわ』
ギフトは今まで閉ざしていた口を開いた。
「ずいぶん優しい友達がいるのね、羨ましいわ」
「やさしい……ともだち……?」
予想外の質問に少々戸惑ったがララシィは優しい友達という言葉で理解した。
「ターちゃん……何をしていますの?」
『ぐっ!?あなたなんてことを言って……嫌われたらどうするんですか!!』
「ターちゃん、出てきて」
渋々といった様子でタラスが姿を現した。
「うう……ララちゃん……わたくしは……ララちゃんのためを思って……」
「分かっていますの。でも【貴不死人】様の所へも行かず、自分のこともせず、ずっとつきっきりでいてくれる必要はないんですのよ?」
「でもっ!!」
タラスは今にも泣きそうな顔である、対するララシィの顔に感情はない。
「ララちゃんが……今にも壊れそうで……心配ですわ……」
「大丈夫……私は大丈夫。大丈夫ですの」
軋むような動作で笑顔を作る。
不自然で痛々しい
それでも優しい
笑顔。
「ぷっ……!」
吹き出す笑い。
出所はギフト。
「あはははは!!」
「何が……おかしい……!!」
タラスの瞳が小さくなった、髪と鱗が逆立つ。
金の粉が辺りに漂い始めた。
「だって……面白いじゃありませんか?今にも崩れそうな笑顔で大丈夫だなんて」
「お前に……お前にララちゃんの何が分かる!!」
金の粒子は直ちに武器の形をとる、剣、斧、槍、全ての切っ先がギフトに向く。
動きを制限するそれらとは別にいつでものど笛を切り裂ける様に首元に金のナイフが出現した。
「言ったはずですわ、慎重に動けと。あなたはあなた自身の愚かさで消えない傷を受けるんですのよ」
「そんなもので私を封じられるとお思いですか?」
「いいえ、武器は囮ですわ」
「まさか……体内に……」
金の粒子は今もギフトの回りを漂っている。それは呼吸によって金の粒を吸い込んでいることに他ならない。【恋人】による体内への攻撃。ある同級生の攻撃を参考したものである。
今はなき同級生から学んだ手管だった。
「ええ、あなた以上に小憎たらしい方がいましたわ。その方から学ばせていただきました、人は内側のほうが脆いんですのよ?」
ギフトの内臓が圧迫される、息苦しさと内側からの鈍痛に顔が歪む
「うふふ、それじゃあ勝ち誇るのは相手を葬ってからということは学ばなかったんですねぇ?」
「わたくしに命を握られているという自覚はおあり?今から何ができると言うんですか」
「何ができるかは見た方が早いです……よっ!!」
ギフトが何かをする素振りを見せた瞬間に意識を落とす準備はできていた。
それでも
撃ち出された見えない空気の塊には対処ができなかった。
「っ……!?」
タラスの顎が強く揺さぶられる。揺れる頭、裏返る瞳。言葉を発することもなくタラスは崩れ落ちた。タラスの意識が失われたことにより金の戒めが解かれる。
「全く……詰めが甘いにも程がありますね」
「ターちゃん……ターちゃん……?」
動かないタラスを揺さぶるララシィ。
「い……いや……置いていかないで……ターちゃんまで……いやぁ……!!」
フラッシュバックするのは目の前で崩れゆくブレス、あまりにもあっけなく奪われた命。
命というのはこんなものだと突きつけられた、脆く、儚く、簡単に失われてしまう。
弱さも、強さも、分からなくなってしまっていた。
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
風が逆巻いた。
ララシィとタラスを中心として暴風が吹き荒れる。
「荒れてますねえ」
風にものともせずに正面に立つギフト、その視線は憐れみを含む。
「どうしてここまで追い詰められているのか……早く次の相手でも見つければいいのに」
「やあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
風の規模は増していく、これ以上大きくなるようであれば多数の生徒に被害が出てしまうだろう。
「仕方ない……かな。ララシィも今なら僕だと分からないだろうし」
回りを見渡して誰もいないのを確認する、息を深く吸って目を閉じた。
「いくよ」
誰かに合図をするかのように言葉がけをする、そして叫びを上げ続けるララシィに向かって手を向けた。
「なるべく痛くないようにするから許してね」
「あ……あ……」
ララシィの叫びが止まる、何かに縛られるように動きも止まった。
「眠って」
ララシィの瞼が下りていく。風も少しずつ弱まっていく。
「……上手くいったかな」
ぱたりとララシィが倒れる。それにあわせて風も止んだ。
「うーん……私が思ったよりも手こずりそうね」
担がれたララシィは夢を見る。
それは何も欠けない幸せな世界、皆がいて、家も没落などしていない、暖かな光はそこら中を満たしていく。友人達は皆楽しげで、ララシィの隣にはブレスがいた。
理想の世界
甘い世界
微睡みの中にしか存在しない世界。
「ああ、なんて素晴らしいのでしょう。そうこれが正しい形ですの、これがあるべき形ですの……!!誰も悲しまない、誰も不幸にならない、これが、これこそが私のいるべき……」
気づいている。
ララシィは気づいている。
甘く優しい夢に浸りきるほどにララシィは幼くなかった。
貴族としての教育がそれを許さなかった。
それでも、自分をだましてでも今の夢をララシィはいつまでも見ていたいと思っていた。
「ここは……救護室?」
目を覚ましたのは救護室のベッドの上。
「っ……分かっていますの……それでも……覚めてほしくなかった……」




