ブレスのいない世界
救護室で続々と生徒達が目を覚ましていくそのほとんどは【黄金】組にやられた者でありなにが起きたか分からないうちに脱落した者も多い。
「………(酷い目にあった)」
最後まで重圧に潰されていたカームもまた終了前に意識を失っていたために救護室で目を覚ますことになった。
「最後はよく覚えていないが……勝ったのか?」
隣で横たわるムケンが尋ねた、どことなく体が銀色がかっているように見える。
「……(負けたよ、【黄金】の勝ち)」
「そうか……力の差は大きかったか」
「相変わらずなんで通じてるのか分かりませんの」
ララシィが風で体を浮かせながら現れる、首に傷は見受けられない。
「一緒に死ねば分かるかもしれないぞ?」
「いやですの。死ぬときは……ってそれよりもブレス様が見つけられませんの。居場所を知っていれば教えて欲しいですの」
「残念ながら今起きたところだ。ブレスの居場所は知らない」
「うーん、おかしいですの。みんな知らないと言いますの。ここにはいないかもしれないですの」
ララシィがキョロキョロと辺りを見渡してもブレスらしき人影はない。
「まさか、そんなことあるか。あいつは最後まで残ってるはずだから【黄金】と戦ってるはずだ」
「そのはずですの……でもいないですの」
「……一回りしたけどいなかった」
音もなく走ってきたのはハネ。茶の髪のうちの一本が銀色に染まっている。
「ハネさんが探してもいないということは本当にいないのでは……」
「私の探知にも引っかからないよ」
ポタポタと銀を滴らせながらメガも集まってくる。
最速のハネと探索能力持ちのメガで探しても見つからないというのはよっぽどである。
「うう……どこですかあ……匂いもしませんよぉ……ぶれすくぅん……皆さんは知りませんかぁ……?」
とぼとぼと歩くギャルゥまでも合流した。これで嗅覚でも見つけられないということが分かってしまった。
「……(一体どこに?)」
カームは覚えていない、ブレスが最後にどうなったのかを。
なにをして、なにを出現させたのかを。
カームは見ていなかった。
『校長から重大な連絡があります。学堂の生徒は心して聞きなさい』
頭の中に響くアガペの声。続いて校長の声が聞こえてきた。
『生徒諸君。競技の後で疲れているだろうが火急の用件だ許して欲しい。さて君達は【恐怖】を知っているだろうか。世界を滅ぼす悪だということを知っていてくれればそれで良いが今回の競技で【恐怖】を操る生徒がいた。これはゆゆしき事態である、世界を滅ぼす芽は摘まねばならない。ゆえに』
一拍の沈黙の後
「【赤玉】のブレスは処刑する」
世界が止まった。
そう錯覚するほどの無音。
しかしひとつだけ音がする。
それぞれの鼓動の音だけが各々に聞こえていた。止まった思考の中でドクンドクンとうるさく鼓動を刻んでいる。
ブレスを
処刑する
校長が言い放ったその言葉は理解できていない。
理解してしまえばそれは終わりを意味する。
失う事を分かってしまえば
それは
終わり
しかしブレスのことなど知らない生徒達からすれば無差別テロ犯の持つ核爆弾のごとき存在など消えてくれた方がありがたいのである。
だから、大多数は安心して胸をなでおろし。危険な存在であるブレスの処刑を喜んだ。
『皆の安全のためのやむない手段である。それでは皆を安心させるために処刑の映像を公開しよう』
無慈悲にも映像が目の前に映し出される。
そこには意識を失ってぐったりとするブレスと校長が映っていた。
校長【恋人】が光を放つ。
みるみるうちにブレスの体は石へと変わっていった。
華奢で儚げだった腕も
鈴を転がすような声だった喉も
細いながらも引き締まっていた脚も
時に狂おしいほど妖艶な口も
美しく世界を写す目も
柔らかく至極の手触りだった髪も
全て
一切の例外なく石となった。
「さらばだ」
映像の中で校長が言う。
ボロボロとブレスが欠けていく。
腕が
脚が
胴が
顔が
欠けて落ちて
砕けて
消えた
『以上で終了だ。残念な事態ではあるが各自授業参観に変わらず臨むように』
映像と声が終わった。
その場を包むのは危険が去った安堵の空気。
しかし
その中で二箇所だけ声などかけられない、とても大丈夫?などと言えない。冷え切った空間があった。
一つは【赤玉】のブレスの友人達。
もう一つは【黄金】の鬼である。
「……(なにをみせられたんだろう?なにがおこっていたんだろう、わからない、なにもわからないなにがなにがなにがなにがなにがなにがなにがなにがなにがなにがなにがなにが)」
放心するカーム
「う……そ……だ……はは、校長も冗談が過ぎるなあ……な?そうだろう?あんなの嘘だよなあ?な?」
虚空を見つめなが誰もいない所に同意を求めるムケン
「……そうですの。いい候補だと思いましたのに。残念ですの。次を探さなくてはいけませんの。次を……ブレス様の……代わりを……探す……?」
冷めた顔で死んだ瞳でつぶやくララシィ。
「……死んじゃった……そっか。同じかと思ったんだけど……違かったみたい……」
けろりと言うハネ。しかしその触覚はせわしなく動き腕は身体を抱きしめていた。
「あの石を集めて……再構築すれば……そうして記憶を投影して……人工肢体のほうがいいか……いやいや……細胞から培養……」
メガはブツブツとなにかの計画を立て始めていた。
「ブレスくん……守れなかった……また……私は……なにも……できない……なんにも……できない……ごめんなさい……ごめん……なさい……」
ギャルゥはいつまでも自分の非力さを呪って謝り続けていた。
「俺のせいだ……俺のせいでブレスが……死んだ。まただ、また俺のせいで人が死んだ……仇討ちだ……君はそんなこと望まないだろうけど……やってやるよ【貴不死人】いや【終焉】」
ハジメの内にはドス黒い炎が燃え盛る。
「ハジメ君……」
見守るホウにも気付かずに拳を握りしめていた。
そしてもう一人ブレスの死で衝撃を受ける者がいた。
あてもなくふらふらと飛んでいた最中に目に入った映像はその翼の動きを止めるには十分だった。
「なんだこれ……ただの人形を石化させて処刑?しかもこれってブレス君……何かあったみたいだけど……今更戻ったって……」
『もう十分時間は経ったはずよ、お姉ちゃんは友達のこと見捨てる翼は見たくないなあ』
『うるさいババア!!お兄ちゃんが困ってるでしょ!!お兄ちゃんはいつまでも蒼空が面倒見てあげるから心配しないで♡』
内から響く二人の声を聞き流しながらフリュウは考える。
今戻って自分はなにをするのか
したとしてなにが起こるのか、できるのか
「やっぱり行かな『あ、ちなみにお姉ちゃんが見る限りではあの子がいなくなるとあのクラスは一週間持たずに崩壊するわよ、何人かの人格ごとね。それを止められるのは翼だけだわきっと』
「え」
『ババアにしてはいいこと言うわね、お兄ちゃんにはそんなことお茶の子さいさいよ!』
「え」
『じゃあお兄ちゃんのカッコいい所早く見たいから行くね?』
「え、ちょま!?」
フリュウの叫びも虚しくコントロールを失った翼は学童へと向かっていった。




