鍵
「魔眼」
「あらぁ……やっぱり来ちゃうか。ここはママの庭だもんね」
グレイス以外が止まった時の中
失われた両腕を眺めながらグレイスは笑う、安堵と悔しさが混ざった笑い顔はどこか寂しげである。
「グレイス」
いつの間にかグレイスの正面にいる校長が声をかけた。声音は優しく表情は険しく。
「またお前が出てきたということは……そういうことなんだな」
「ええ、私のブレスは今あなた達から捨てられる恐怖に押しつぶされている。感情に飲まれているわ」
「そう……か」
校長の顔が悲しみに歪む。
「ここまで信頼がないというのも堪えるな……私たちがブレスを捨てることなどあり得ないというのに」
「私のブレスはそう思っていないのよ」
「ああ……残念だ。これで二度目になるな」
「前のは私はいなかったけどね」
「【恐怖】を発現させることは珍しいことではない。度々あることだ……だがたった2回で自我を持つ【恐怖】を生み出した」
「そうね、私は私だわ。だから私を封印して終わりよ。ブレスは悪くないもの」
校長の瞳から一筋の涙が流れた。
「これからどうなるか分からない、うまくいけばいいがそうでなければ世界の敵になるだろう。私たちが、【貴不死人】がその引き金となるならばその芽は摘まねばならない。【貴不死人】が消えることはできないのだ」
グレイスの顔色が悪くなる、校長がなにをするかに気づいたのだ。
「やめてっ!!また私を封印すればいい!!ブレスからこれ以上奪わないで!!家族まで手放したらブレスはなにを拠り所にして生きればいいの!!?」
取り乱したグレイスが校長にすがりつく、恥も外聞もない懇願である。
しかしその手は振り払われる。
「もう二度と出てこないから!!もう二度とブレスの力にはならないから!!だから奪わないであげて!!思い出だけは奪わないであげて!!お願いよ……!!」
「これ……は……【貴不死人】の総意だ。だから……だがら……ぶれずは……私たちの……わだしだちの……子では……なく……なくなるのだ……」
これ以上涙をこぼさぬように上を向き、それでも溢れる涙をそのままに鼻声で告げた。
「記憶を……消す。そして白紙のブレスをもう一度学堂で育てるのだ……それでいい……そうでなくては……いけない……」
「やめてぇええええええええええええええええええええええええ!!!!」
「さよう……なら……私たちの愛しい子」
校長の魔眼が光り輝く。
この柔らかな白光に満たされたときにブレスの記憶はそれにまつわる者の記憶や記録からも消え去られる。
「それでいいの!?あなた達が最後まで導けばいいじゃない!!」
「それで失敗したら私たちにブレスを殺せというのか……そんなことを私たちができると思うのか……もう一度世界の敵になれと言うのか……?」
一瞬で校長の瞳から一切の感情が抜け落ちた、ただの空の穴にさえ見える。
「無理だ……【貴不死人】は愛する者を失えない。そんなことは絶対にできない」
「そんな……本当にこれしかないの……?」
「万が一にもブレスを失いたくない……仕方がないんだ……」
力なくグレイスが座り込んだ。
空虚な顔でただ虚空を見つめていた。
「終わりだ……今度は間違わない……この子を幸せに……!!」
光が満ちていく。
世界が白くなっていく。
ブレスの輪郭がぼやけていく。
記憶が
記録
漂白されて
消えて
「はーい、ダメよー」
なくならない
大きな黒い三角帽子を被った長身の女性が止まったはずの時の中に出現していた。地面につきそうな程長い銀髪を揺らし抜群のスタイルを黒いローブに包んでいる。
だがそのシルエットには違和感がある、胴体と顔以外の膨らみがない。
腕がない
膝から下がない
しかしその場所には黒いもやの様なものがまとわりついている。
「ダメよダメよ、これじゃあ誰も救われない。憂鬱にもなれやしないじゃないの。誰がそんな風に世界を回せって言ったかしら?」
「どうして……眠ってるはずでは師匠……いえ憂鬱」
「あーた達が泣きわめきながら子供を手放そうとしてるからもらいに来ちゃった♪」
校長から殺意が発せられる。
「……させるとでも?」
「できないとでも?あーたに手ほどきしてあげたのは誰だったかな?」
「憂鬱ならこの状況をなんとかできると言うのですか……自我を持った【恐怖】を出現させる身寄りのない子がどうなるかなど想像がつくでしょう」
憂鬱がにかっと笑う
「そりゃあね?危険だからって言って良くて永久に幽閉、もしくはサクッと殺されちゃうよ」
「そんな風にはさせたくないんです、だからやり直す。私たちの影響を排除してやり直せば【恐怖】がでてくることもない」
「うーん、次善策かな。この子はそれでも【恐怖】を出すよ。今度は他の子を巻き込んで殺しちゃうかも知れないね」
「そんなことはない!!」
「いーや、この子はもともと不安定なんだ。双星が調整したみたいだけど半身が【恋人】だから感情につよく引きづられるし影響も受けてしまう。支えのある今よりも些細なことで【恐怖】を出すようになるだろうねえ?どうしよっか」
意地悪く憂鬱が笑う
「どう……しろと……放って置いてもだめ……消してもだめならどうしろと……!!」
「ふむ、じゃあ提案だ。違う人間にしてしまえばいい、ブレスという一個人の処理さえできればいいんだからさ。見た目を弄るくらい簡単だろう?」
「そん……な……ことが……いや、できるな」
校長の頭の中で手順の組み立てが始まった。
「一芝居うって……それから別人として編入させれば問題はない……」
「演技力と隠蔽工作がものをいうけど……この子は親を失わず、あーた達も息子を失わない。いい手だと思わない?」
「師匠……私たちは視野を失っていたようです……」
「いいんだって……だって対価もらうしね」
「対価……?」
憂鬱の口が邪悪に弧を描く。
「この子に紹介してよ、あーた達だけ楽しそうでずるいし」
「……分かりました……」
すごく嫌そうな顔である。
「なんだその苦虫をかみつぶしたような顔は」
「いや、ただでさえ独占できないのに。また一人増えるのかと思うと憂鬱で」
「嫌でも紹介して貰うからね」
「……はい」
「それじゃあ手順を詰めようか、まずはこの子を移動させる。そして明日に処分したっていう報告をする。そうしたら授業参観が終わってから半年くらい後に何くわぬ顔で編入させればいい。簡単でしょう?」
「その手順が一番早いでしょうね」
「ちなみにそこの【恐怖】ちゃんは良いかな?」
「それで……ブレスが失わずに済むのなら……」
うわごとの様にぼそりと言う。
摩耗しきった顔であった。
「うんうん、別人になってもらう必要があるけど上手くやるでしょう。だって半分くらい自分以外のものでできてるからねあの子」
「それでは手はず通りに……」
他の者にとっては瞬きほどの一瞬の後
ブレスはグレイスと共にその場から消えた。
それと同時に【黄金】組の勝利を告げるアナウンスが響き渡った。
困惑する当事者達を置き去りにして授業参観は進んでいく。




