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倍速


レオーマが首をかしげる


「りくつ?なにそれ美味しいもの?」


「四足になったからって速度が倍になるわけな「あはっ、そんなこと言ってるから遅いんだよ」


気付いた時にはもうレオーマの爪が喉元に迫ってきていた。確かに速度は増している、だが倍速というには遠い。


「同じことだよ!!」


ブレスがその腕を搦めとりあらぬ方向へと攻撃を誘導した。


はずだった。


「っ!?」


レオーマの膝がブレスにめり込んでいた、多少の緩和があったためか一撃で致命傷を受けるのだけは避けていたが口元から血が垂れていた。


カウンターにカウンターを合わせられた。


これはブレスの技術が通じないことを意味している。


「ダメダメ、絶対やってくる攻撃なんて何回も通じると思ってるの?」


「ゲホッ……ゲホッ……」


「それにしてもなんか重いなー、いっぱい蹴っ飛ばしたからかな?」


身体の調子を確認するかのように伸びをする、その周りの空間はレオーマから発せられる熱で歪んでいた。


「(まさか……今まで……倒した分の加重があったのか……!?)」


「あ、タラスがこんなところに居たってことは器がここにあるんだ。それじゃあ重さをあげちゃおうかな〜」


キョロキョロと辺りを見渡すとすぐに動けないカームを見つけた。


「お、あれだね?それじゃああげる」


「重さにもう耐えられないんだ!!それ以上は駄目だ!!」


ブレスの叫びは届かない。レオーマはすでにコインをカームに与えようとしていた。


「そんなこと言っても騙されないよ?今のままでも十分だけど油断はダメダメだよね〜?」


カームがわずかに視線をあげブレスを見る、視線が交差する事でカームは意思を伝えた。


「……分かった」


「んん?」


振り向いてレオーマにはブレスが身を丸めて耳を塞いでいるのが見えた。


「諦めた……?」


悪寒が走る、ブレスの干渉と同じように致命的な何かが起こる予兆がレオーマを貫く。


なにが起こるかは分からないが、きっとなにかが起こる。


そういう予感を全身で感じていた。


「にげっ」


その場から逃げようとするのが一瞬遅い。


何よりそれ以前の問題もあった。


いくら早くても、音より早いなんてことはないのだ。


「コケエエエエエエエエエエエ!!!!!」


カームの黒鶏が鳴いた、ビリビリという衝撃まで発生する超大声はレオーマに正面から叩きつけられていた。


これは遊びの時とは違う全力の声、騒音とは一線を画す殺意のこもった攻撃である。


「いぎっ!?」


たまらず耳を抑えるがそれもまた遅い。爆音はすでにレオーマの身体に深刻な不具合を生じさせていた。


「うわぁ!?地面が浮き上がってくる!?」


平衡感覚へのダメージは大きく、まともに起き上がる事すらできない。ただジタバタとその場でもがくのみである。


「……(ざまあ……みろ)」


にやりと笑うカームもまた音の被害がある、文字通りの捨て身の攻撃であった。


もっとも今のカームに平衡感覚はいらないが。


「……(今がチャンス……)」


もう一度ブレスを見る。


そこには信じられない光景が広がっていた。


「……っ!?(気付かれた!?)」


ボロボロのギャルゥを持った鎧人形と同じくらい傷ついたホウに肩を貸すハジメがブレスの前にいたのである。


「あんな大声を出したら居場所が割れるのは当たり前だよ、一度聞いたことあるし」


「降伏なさい、あなた方に勝ちの目はありません」


「それは……できない。僕だけで戦ってるわけじゃないんだ……一人で勝手に諦めるなんて……!!」


「ああ、それなら」


ジャラジャラと小さいものが落ちていく。


「これを見せれば諦めてくれると思って」


「な……!?」


無数のコインは見覚えのある物もない物も混ざって大量にあった。


「これがここにあるってことはどういう事か分かるよね?」


総取りにも見えるほどの大量のコイン、それはつまり。


「全滅……」


「大正解だよ、いちいち切り捨てるのは面倒だったけど」


ブレスの顔から血の気が引いていく、誰も彼もが斃れた今となって自分がなにをしても意味があるだろうか。


戦う意味があるだろうか。


「(意味なんてない……これ以上やっても……なにも……僕がすることはもう……ない……)」


ブレスの頭の片隅で何かが引っかかる。これはただの戦闘でもなければいつもの授業でもない。


授業参観である。


つまり。


ブレスが信仰と呼べるほどに大好きな父親と母親が見ているかもしれないということである。


「(ここで諦めたらパパとママはどう思うんだろう……情けないと思うかな……そうしたら……)」


最悪の可能性が頭をよぎる。


今のブレスが何よりも恐れる事態だ。


パパとママに見捨てられるという事態。


神に見放されることに匹敵する恐怖、大げさかもしれないが可能性が少しでも存在するのならそれはできない。


「さあ、諦めて」


「いやだ……いやだいやだいやだあああああああああああああ!!!!」


先ほどをさらに上回る青ざめ方である、歯の根はガチガチと音を立て体の震えは止まらない。


死人のような顔は恐怖に歪み、瞳からは悲壮な涙がこぼれ続ける。


「いきなりどうしたんだい!?」


明らかな異常にハジメがうろたえる。ここまで取り乱すとは微塵も考えていなかったのである。彼はただできるだけ友人を傷つけずに終わらせたかっただけなのだ。


その甘さが。


最悪を呼び覚ます。


災厄を引き起こす。


「ぼくはぁああああああああ!!!!」


咆哮。


おぞましい声が響き渡った。


「ぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」


「あーあ、出てくる気は無かったんだけどなあ。あんたが悪いのよ?私のブレスにこんなことするから、早く意識を刈り取ってしまえばよかったのに」


これはハッタリでもなんでもない。グレイスが自らの意思で喋っている。


証拠に今もブレスの咆哮は続いていた。


「せっかくだから口上でも言いましょうか」


足元から崩れていく、黒く濁ったスライムのように。


「皆々様、悪夢の始まりでございます。心の準備はよろしいですか?」


腰まで崩れ


「心臓の弱い方、魂の弱い方は目を瞑っていただくようお願いいたします」


肩まで溶け出す


「当方の【恐怖】は底なしでございます」


グレイスの形がなくなった。


ただの黒いスライム状の塊がそこにあった。


『キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』


子供ような声と低くこもった声が同時に響いている。


『見捨てられ見放されお前は誰だ偽りだ全ては虚構で私は虚像みいんなまとめてだいなしだぁ♫』


黒い塊から飛び出してきたのは黒いドレスを纏ったグレイスだった。長い裾は黒い塊に繋がっている。


『家族はどこ?ママは?パパは?捨てないで捨てないで捨てないで』


黒い塊は変わらず言葉を吐き続ける。


「悪趣味ね、これが【恐怖(わたし)】だから仕方ないけれど」


グレイスが両腕を広げる


「みいんなまとめてさようなら」


ぐしゃり


肉が潰れる音がした。
































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