剛
帝国の外れのあばら家に剛とブレスの姿があった。
「……本当にやんのか」
「やるっ!!」
目をキラキラと輝かせながらブレスは剛を見つめている。
「言っとくがオレは容赦するつもりは全くないぞ?」
「だいじょぶっ!!」
「大丈夫ってお前なあ……」
ブレスの手には棒切れが握られている。
「なんでまた戦闘訓練なんて受けたいんだよ」
「つよくなるとすとぱぱうれしいでしょ?」
「いや、お前がどんだけ強くなってもオレが求めてるのとはちが……待て待て泣くな!?」
ブレスの大きな目に涙がたまり始めていた。
「だめ……なの?」
「いやほら、オレが求めてんのは強いやつだけどな。でもお前が無理にそうなる必要も無いだろ」
「……だめ?」
今にも溢れそうな涙。
この世の終わりのような表情。
あらゆる災厄を砕く剛であってもこれを跳ね除けるのは不可能であった。
「…………はぁ。わあったよ、やってやるよ訓練。ただし一度でも弱音を吐いたらそこで終了だ。いいな?」
「うん!!」
その時だった。
上空から笑い声とともに獣人が降ってくる。
「あははははははははは!!!!」
それは剛のすぐ後ろに着地した。
「どうしたの剛、そんな顔初めて見るよ」
剛は無言で自らの尾をその獣人に叩きつけた。
「わっ!?危ない!!」
そう言いつつも獣人は事も無げに平然と尻尾を受け止めていた。その際の衝撃と風圧で周囲の地面にヒビが入ったが本人は意にも介していない。
「……何しにきた太陽」
「面白そうだったから見にきた」
「わあ!!しゃいままだ!!」
「……シャイママ?」
ブレスが太陽へと駆け寄る。不意をつかれた太陽は自分の事だと気付かない。
「あらら、元気になったねー」
「うん。いまね、すとぱぱにくんれんしてもらうとこだった」
「ぶっ!?」
太陽が吹き出す。
「す……すとぱぱって……ねえ今「その反応はもう匠の野郎がやったんだよ!!」
顔を赤らめた剛が怒鳴った。
「おまえだってシャイママとか呼ばれてんじゃねえか」
「あ、そういうことか。ん?なんで性別見分けてんの」
「オレが知るわけねえだろ。双星か校長にでも聞けや」
「まあいっか、はーいあたしがシャイママですよ〜。おいでー」
「わーいっ!!」
太陽が両手を広げるとそこにブレスが飛び込む。
そして太陽は知ることになる。
【恋人】と人間のハイブリッドの力を。
「え?」
太陽の腕の中に収まったブレスの重さを感じながら太陽は知らず知らずのうちにブレスを撫でていたえ
絹糸の如き烏の濡れ羽色の髪が手に抗いがたい快感を与える。
「えへへ〜」
腕の中のブレスが太陽に笑いかけた。
至近距離で見たブレスはもはや被庇護者としての究極と言っていい。可愛らしさ、儚さ、それらが渾然一体となって太陽の庇護欲を誘う。
「この子うちの子にする!!」
「あーあ、心配すんなもうこいつはオレらの子供だよ」
「あ、そっか。恐ろしいくらい可愛いね」
そういう間にもブレスを撫でる手は止まらない。
「とりあえず離せ、さもねえと四六時中撫で回すことになるぞ?」
「んー、あたしもそうしたいんだけど。この手が離せなくてね。もしかして魅了持ってるのこの子」
「いや、そんなことはねえ。ただお前が離したがってないだけの話だ」
じりじりと剛が太陽へと近づく。
「んん?どうしたの」
「手伝ってやろうと思ってな」
「なにを?」
「そいつを手放すのだよ」
剛の拳が太陽の顔へめ目掛けて振るわれる。
「なにすんの、この子が傷ついたらどうする」
「あー、もうだめだな。しばらく返ってこねえな」
太陽の目は曇り、明らかに平常ではない。
「全くよ、害意には強くても善意にはとことん弱えなお前」
「うるさい、この子を脅かすならお前は敵だ」
太陽のそばに人と同じサイズのウサギのぬいぐるみが出現する、可愛らしい見た目とは裏腹にその手には凶悪な爪がついていた。
「出しやがったか。だけどな、そんな状態のお前ならどうとでも料理できるんだよ」
「黙れ」
ウサギのぬいぐるみが爪を剛に叩きつける。
「お前忘れたのかよ。現状の世界ではオレの身体に傷を付けることができる手段は3つしかねえ。一つはオレ自身の攻撃、もう一つは【貴不死人】の攻撃、最後はまあ……秘密だ」
「それがどうした、あたしの攻撃は通じるってことだろ」
「違うんだよ、【貴不死人】の攻撃っつたろうが。全力でもねえウサギの攻撃なんざ屁でもねえんだよ」
ウサギの身体が吹き飛ぶ、そして拳を振り切った剛。
「そんでだ」
剛の姿が霞む。そして爆発音に似た轟音。
「これがお前みたいな状態になった奴への対抗策っつって双星の野郎が送ってきやがった武器だよ」
太陽の背後に回った剛はいつの間にか手に紙を重ねて創ったような歪なものを持っていた。
「破理千だとよ。さっさと正気に戻りやがれ」
破裂音が響き渡る。
「いったああああああ!?」
「よう、気分はどうだ」
「どうって痛いよ!?ってあれ?あたしなんで剛を攻撃したんだっけ」
「とりあえずブレス降ろせ、話はそれからだ」
「はいはい」
すんなりと太陽はブレスを降ろしそしてはっとした顔をする。
「で?思い出したか」
「ああ……と。ごめん剛。助かったよ」
「全くよ、ただ可愛いだけで精神操作のまねごとまでいくんだから恐ろしいもんだぜ」
「いや、不覚としか良いようがない。まさかこんな簡単に……」
「ねえなんのおはなし?」
降ろされたブレスが興味津々なようすで問いかけてくる、おそらくなにか納得するまでは聞き続けるだろう。
「つまんねえ話だ。そうだなあっちの案山子に好きに打ち込んでこい、それが最初の訓練だ」
「わかったー!!」
ブレスは先ほどまでなかったはずの案山子に向かって走り出した。
「……速くなってない?」
「日頃遊んでるわけじゃねえんでな、お前の後ろに回る前に少し作っといただけだ」
「そんなに強くなってどうすんの、求道もほどほどにしないとやることなくなるよ?」
「今はそれは少し休憩だ、しばらくはあいつの世話をやる」
「へー、あの子を育てるの本当に良いことなのかもしれないね」
「はん、暇つぶしだよ」
「そういうことにしとく。ところであの案山子なにで作ったの?」
「あ?そりゃあ匠のとこからくすねてきた神鉄でちょちょっと……あ」
剛が案山子の方を向く。
「あががが……びりびりする……いたい……」
そこには案山子を力いっぱい叩いたせいで手を痺れさせたブレスがいた。
「しまった!?大丈夫かブレス!?」
「しっかりしてるのかしてないのかよく分からないね~」
ちなみに神鉄は鉱物のなかでも最高の硬度をもった金属でありそれを使って作った武器は神器と呼ばれるほどの性能を誇る。それに比例して加工難度も高い。それを素手で加工し人型に成形して地面に打ち込んだものを剛は用意しており言わば神器「案山子」を叩かせたわけである。神鉄製の道具は扱いが難しく下手すれば使用者を傷つけることもありうる。未熟もいいところなブレスが案山子を叩くのは危険を伴うのだ
「てがいたいよ……」
ブレスの手は幸い軽くすりむいた位で別状はなかった。少々血が滲んでいたが大事なかった。
「止血だ」
ブレスの手を剛の長い舌が舐める。ドラゴニュートの唾液には止血を促進する作用があるのだ。
「(うそだろ……ありえねえ!!)」
ブレスの血は非常に美味であり、一瞬剛の意識が持って行かれる程であった。
「ブレス……お前が傷つかないように徹底的に仕込んでやる。覚悟しろ」
「うんっ!!」
これ以上血を流すことのないように、もう二度とこの血を自分が目にすることのないように鍛え上げることを剛は決意した。
味を知ってしまった今、次どうなるかなど考えたくもないと剛は思っていた。